ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける   作:mzk_arachne

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「グラムさん、久しぶりにアルバイト行きませんか?」

 グラムさんに声をかけます。

 寮の自室。

 既に夕食もお風呂も終わって、消灯時間までの自由時間。部屋にはホコホコとうっすら湯気を漂わせている湯上りばんえいウマ娘が二人。

 イレネー記念の疲れはまだ抜けきっていませんが、しっかりご飯を食べて、寮の温泉に入って、ぼちぼち本格的に動き始めた圃場実習で適度に身体を動かしているうちに調子は良くなってきています。それはあたしだけでなくグラムさんも同様。アルバイトに行くくらいなら、もう問題ありません。

「お、いいねぇ。そろそろシーズンも終わって春休みになるし、軍資金は欲しいっしょ」

「そうなんですよね~、あたしもちょっとお金が必要で。シーズン終わったら実家に帰ろうと思うので、妹達へのお土産代が欲しくって。あぁ、何買ってってやりましょうかねー」

 ばんえい競バのシーズンは、四月中旬から、翌年の三月中旬まで。

 その三月中旬頃、ばんえい記念が開催されます。

 毎年のばんえいウマ娘最強を決定すると共に毎シーズンの締めくくりを飾る、数あるばんえい競バのレースの中で最も栄誉があって歴史の深い重賞競走。

 それが、ばんえい記念です。

 ばんえい重量、実に5000kg。ばんえい競バの全レース中で最大の重さです。

 あたしが勝ったイレネー記念はジュニア級最強決定戦でしたが、ばんえい記念は帯広トレセン学園最強を、つまりは日本で最も強いばんえいウマ娘を決めるレースとなります。当然、グレードはGⅠです。

 それが終わると、その年のシーズンが終わります。

 シーズンオフの約一ヶ月間はレースがありません。帯広トレセン学園自体も春休みとなります。

 夏休みやお正月はレーススケジュールにあわせて帰省しない生徒もいますが、春休みですとだいたいの帯広トレセン生徒はそれぞれの実家に帰省します。そして、そのうちの少なくない生徒が実家の農作業手伝いで休みなどなく働きづめになります。何を植えるにせよ、春直前の圃場は目覚めの時期なので、仕方ないでしょう。

 あたしも帰省したら田んぼの準備が待っています。嫌という事は全くなく、子供の頃から慣れ親しんだ田んぼの仕事は、むしろ今から楽しみですらあります。

 そんな実家で待ち構えているであろう妹達への土産ですが、前に帰省した時のようにキーホルダー一個ずつにしてやると、文句が出るのは確実です。

 イレネー記念の時にわざわざ遠くから応援に来てくれたこともありますし、妹達が可愛くない筈がありません。

 ですが、それはそれとして下手に甘やかすと「お姉ちゃん寂しかったんでしょ~?」とか言ってきやがりますし、かと言ってお土産無しにしてGⅠ勝った癖にけちん坊な姉だと学校で言い触らされるのは腹に据えかねます。きっちり買っていってやらないと、たぶん妹達の事なので、やるでしょう。面倒くさい。

 そんな事が頭の中を巡っている最中にもシュッ、シュッっと優しい音が室内の空気をゆっくり震わせています。 

 背後から聞こえてくるのは、優しく尻尾を梳る音。

 それがウマ耳をくすぐると、頭の中で並べ立てていたお財布の中身とお土産候補達が、蕩けて消えていってしまいます。

 あたしの背の向こうでは、グラムさんがあたしの尻尾に櫛を入れて、漉いてくれているのです。

「はふぅ……」

 思わず、声が漏れてしまいます。

 尻尾を梳くのを一人でやると、どうしても自分の手の届く範囲まで尻尾を曲げて櫛を入れる形になるので、真っ直ぐにしようとすると思いのほか難しいのです。

 上手く左右均等に曲げて毛繕いしないと、右曲がりになったり、左曲がりになったり。

 誰かに後ろから梳いてもらえると、まっすぐ延ばした状態がキープできるので非常に助かります。

 特にグラムさんにお任せするとすごく丁寧に梳いてくれるので、とても気持ちいいです。実家では妹達の尻尾のケアはしてあげこそすれ、やらせると碌なことにならないので触らせませんでしたので、誰かに尻尾を委ねるというのは新鮮ですし、してもらうとなぜだか心が温かくなります。

 グラムさんに尻尾を預けるのは、信頼の形というか友情の証というか。

 あらためて言葉にしようとすると、くすぐったいですけど。

 あたしとグラムさんのように、同じ部屋の子に尻尾のケアを頼むケースは、わりと多いようです。みんなやってるべさ、とはグラムさんの言葉。

「スノウ、んじゃオイル付けんよー」

 グラムさんがわざと大きくボトルを振って、チャプチャプと音で伝えてきました。

 充分に櫛を入れて毛並みを揃えたら、テイルオイルを使います。この手の尻尾ケア用品は尾の絡まりを防いで、サラサラとした毛並みと艶をキープしてくれます。

 髪にも似たようなアイテムがありますが、ウマ娘用のテイルオイルはより保湿力が高くなるように調合されているアイテムです。寝る前にテイルオイルを尻尾につけることで水分と油分を補ってくれます。

 特にあたし達のようなレースを走るばんえいウマ娘は、トレーニングや過酷な天候などで乾燥や強い摩擦にさらされるのが常なので、しっかり尻尾ケアしないと使い古した箒さながらのだいぶ見すぼらしい見た目となってしまいます。年頃の乙女達としては、それは我慢できません。

 あたしとグラムさんは一つのテイルオイルを共同で使っています。共有品を増やす事で、広いとは言えない寮の部屋から少しでも荷物を減らそうと苦心した結果です。

 二人で選んだ上品なラベンダーの香りが、ふわりと部屋に広がって、グラムさんがオイルを出したことを知らせてくれる。

 学生が使うには上等な方のブランドですが、中央のレースとモデル業で活躍するゴールドシチーさんがCMに出ているような大人の女性向けブランドには手が出せません。尾花栗毛の金色の髪と尾を靡かせるCMが印象的なブランドは、いつかは使ってみたいものです。

「うひゃぅ……」

 ぬるりと来ました。

 ブラッシングした時と同じように毛先から真ん中部分、根本の順番。

 テイルオイルを載せたグラムさんの掌が撫でつけて、オイルを毛につけていきます。各部にオイルを載せたら、それを満遍なく、丁寧にゆっくりと引き伸ばしていきます。手のひらは大きく、繰り返されるトレーニングで指も関節も太いのに、その指の持つ繊細さは見た目とは正反対。

 ヌルリヌルリと尻尾の毛の中を這いまわる指使い。

 櫛で毛を梳かれる時とはまた違った気持ち良さが、弱い電流のように尻尾の先から伝いあがって背筋と延髄をぴりぴり痺れさせます。

「ん……ふぁっ」

 オイルで濡れた指が尻尾の中に潜り込みと、保温と保湿用にナイトキャップを被せたウマ耳が勝手にピク、ピクと動いてしまいます。まるで糸一本で操られるマリオネットにでもなったかのような錯覚。グラムさんが尻尾を手繰るたびに、あたしの身体が操られてしまいます。

 尻尾全体にグラムさんの二つの手のひらと十本の指が全て同時に這いずり回るようなイメージ。テイルオイルが丁寧に伸ばされて、揉み込みまれて、馴染まされていきます。

「ふひゃぁ……」

 お風呂上りと尻尾ケアのダブルパンチが気持ち良すぎて、寝惚けたような変な声が出るのが止められません。

「……いい具合に尻尾、仕上がってきたべさ」

「ふぁいかわらず、うみゃいでふねぇ」

 尻尾を編んだり飾ったりのヘアアレンジなら得意なのですが、尻尾ケアの腕前についてはグラムさんに負けてしまいます。

 いつもお互いにケアし合うのが常なのですが、グラムさん先手ですと、いつもこの有様であたしの番は飛ばされてしまいます。毎回申し訳ないのですが、いつもグラムさんは笑って「ウチが好きでやってる事だし、気にしなくていいべさ」と言ってくれます。

「とりあえず、明日にでも学生課にバイトの求人、見に行くべさ」

「ふぁい……そうひまひょう……」

 尻尾ケアが気持ち良すぎて、さっきまで入っていた温泉に浸かり直したかのよう。

 グラムさんの言葉に、あたしは舌ったらずな返事を返すのが精一杯なのでした。

 

【挿絵表示】

 

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