ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける   作:mzk_arachne

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 連日のケアで、激しいレースを走った後の身体に残る熱感や疲労感も抜けてきました。

 なんでか尻尾から腰にかけて妙に力が入らない感じはありますが、身体も戻って来ている途中の今なら仕事でヘマはしないでしょう。

 約束通り、グラムさんと一緒に学園の学生課に来ました。

 さて、現在、学園に来ているアルバイト募集ですが、なにが来ているでしょうか。

 クジ引きの箱に手を突っ込む前にも似た期待感が手足を軽くしてくれます。

『何があるかな?何があるかな?それはサイコロまかせよ~』

 胸の中の期待に、放課後という解放感も加わって、思わず替え歌でデュエットもしようというものです。道内でひたすら再放送を繰り返している、あの伝説的番組の、あのフレーズは幼い頃から繰り返し見ていたあたし達の脳に焼き付けられたかのように刻み込まれています。

 

 あたしとグラムさんは、どうしようもなく、学生課の掲示板の前で立ち尽くしていました。

「すっかすかですね……」

「……やられたっしょ」

 シーズンオフ目前。

 帰省前。

 と、くれば、お財布の中身を心配するのは誰だって同じことでしょう。

 その結果が、目の前にある求人票がほとんど貼られていなくて表面の緑のクロスが見えている、学生課の求人掲示板です。

 一手遅かったようですね。

「一手かぁ?ホントに一手だけですむかぁ?」

 イレネー記念のレース明けで碌に動けない期間。三月上旬が過ぎた頃までには、めぼしいアルバイトは売れ尽くしていたのでしょう。ほとんど選択肢がありません。

 めぼしい募集が軒並み喰い荒らされている中、辛うじて水産関係で一件ありました。

 勤務先は、車で三十分もかからず、自分の脚で走っても帯広トレセンから四十分くらいで着く場所で、内水面漁業のお仕事。つまりは海ではなく河川での水産関係。ロードワークを兼ねて行って帰ってこれなくもないくらいの近場なのは非常に魅力的です。

 さけ・ます人工ふ化場で、孵化してある程度大きくなり、飼育池に移されて放流間近となった鮭の稚魚のお世話です。

 どうして、こんなアクセスがいい仕事場の募集が手つかずで残っていたのか。

 発注元が怪しい場合は、そもそもトレセン事務で弾かれますし、けして作業内容がブラックだからではありません。一般社団法人という身元のしっかりした組織からの募集ですし、アルバイト代もきっちり出ます。そして、学校の勉強の点数も付いてきます。

 なぜ残っていたのか。

 それは、これが座学付きかつレポート提出義務付きの短期インターンシップだからです。点数がついてくるからこそ、誰も手出しせずに今の今まで残されていて、おっとり刀で訪れた二人にお鉢が回ってきたのです。眼前に突き付けられるのは、甘い目論見の代償。

「うぐぐぐ、いきたくねぇべさー……普通に働かせてほしいっしょ」

「あたしもいきたくないです、半分くらい授業だからバイト代が安い……くっ、背に腹は代えられません」

 呻くばんえいウマ娘が二人。

 しかし泣こうが呻こうが求人票は増えません。いつもの眼鏡の事務員さんはこちらに一瞥をくれただけ。机の中からとっておきの素敵なモノが出てくる気配はありません。選択肢の無さが、あたしとグラムさんに求人票に手を伸ばす事を余儀なくさせたのでした。

 

「お疲れ様。いやいや、君ら二人があのアルバイトを引き受けてくれて助かったよ」

 初老の担当教官が、見た目同様の柔らかな口調でレポートを受け取ってくれました。

 まだ本格的なトレーニングが出来ないので、やけくそ気味にたっぷりと時間をつぎ込んだレポートはかなりの自信作です。

 やると決めた以上、お仕事は頑張りました。お給料は、千円札が六枚ほど。学生の身にとってはけして安すぎるお給料ではありませんが、他でしたらもっと頂けた筈というちょっとしたガッカリ感は否定できません。

 お財布への賞金加増が少ない以上、せめて点数はがっちり毟り取ってやるという意気込みと鬱憤晴らしがたっぷり詰まったレポート。元々勉強は苦手ではないのと時間と後ろ向きな情熱を注ぎ込めただけあって、かなりの高評価を貰いましたし、それこそ鬼気迫る勢いをレポートにぶつけていたグラムさんはほぼ満点の評価を貰っていました。

「帯広トレセンにある学科とは関連の薄い水産関係だし、時期も時期だったからね。なかなか引き受けてくれる生徒がいなくて困ってたんだ。お互いにインターンやりましたって実績はあげときたいし、それにこういうのは一回でも伝手が切れちゃったら再開がなかなか難しいもんでね。これで互いにコネを確保しておける。ありがとう」

 一礼して、あたしとグラムさんは教官室を後にしました。

 

「教官かなりぶっちゃけてたべさ。いいんかな、あれ」

「良くも悪くも半端に取り繕おうとしないのが、この学校のいいとこなんじゃないですかねぇ。世の中の仕組みも勉強するのが学校だーってトレーナーさんも言ってましたよ」

 廊下をぶらぶら歩きながら、取り留めのない会話に花を咲かせます。

 実際、人と人との繋がりは力です。

 とは言え、あたし達がそれを使うのはだいぶ先。それこそレースを引退した後の話にはなるでしょうけれど、なんの心構えも無しでいきなり使うのが当たり前の環境に放り出されるよりかは、少しはマシでしょう。たぶん。

「お父ちゃんらの仕事を見ちゃいるけど、今んとこ大切だって実感は沸かないしょ」

「それは確かに」

 放課後とあって人影はまばら。

 練習場の方からは、トレーニングに精を出すばんえいウマ娘達の騒めきが微かに風に乗って聞こえてきます。

 パキパキと身体を伸ばしながら、二人、並んで歩きます。

「あ!そうだ、グラムさん、部屋に帰ったらちょっと服を見立ててもらっていいですか」

「ん?いいけど、どしたん?」

 怪訝そうなグラムさん。

「トレーナーさんがですね、勝ったお祝いでホテルにディナーを食べに連れてってくれるそうなんですよ!ただ、そこが結構いい所みたいで。制服じゃマズいですし、私服もそんなに持ってないですし上手くあわせられるか心配なので、ちょっと一緒に見てもらいたいなって」

 合わせ具合では、バッグとか小物も貸してもらえると嬉しいです。

 服そのものは、あたしとグラムさんではちょっとわずかに少しだけ主に胸の辺りのサイズが違いますので、そちらは借りられません。

「……どこで食べるって?」

 妙に冷たい風が、どこかからかヒュルリと吹きました。

 廊下にいるのに、まるでそこだけ窓の外で吹いている、まだまだ冷たい三月の風が首筋を撫でたかのよう。

 誰かが窓を開けっぱなしにしたのでしょうか?

「アイオーンの近くに観光客向けの大きなホテルがあるじゃないですか、あそこです。美味しかったらお土産買ってきますね」

 イレネー記念優勝の祝勝会の意味も勿論あります。

 それと同時に、GⅠに勝った以上、今後はメディアの対応などであたしも引っ張り出される可能性もあるとか。どこに出ても恥ずかしいことをやらかさない程度にはテーブルマナーを覚えておく必要があるので、そちらの練習も兼ねて今回のお店のチョイスにしたそうです。

「……スノウと、トレーナーが?……二人きり?……ホテルで、ディナー?」

「あれ?グラムさん?」

 並んで歩いていたのに、気が付いたらあたしだけが廊下を歩いていました。

「は?!」

 グラムさんの足は、第2障害手前まで来た時のように、ピタリと止まっています。

「はぁーーーー?!」

 そして、グラムさんの素っ頓狂な声が、あたしの頭の後ろから飛んできました。

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