ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける   作:mzk_arachne

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最終回


#63

──63──

 帯広駅から、汽車で南千歳駅まで。

 甲高い汽笛とボゥロロロと重々しく唸るディーゼルエンジン。ゆっくりとプラットホームを離れていく特急列車の車内には、あたしと同じように里帰りするトレセン生徒の姿が、ちらほらと見られます。

 帯広トレセン生は帰省の時期が被るので列車は混みあいがちかと思いきや、特急と言っても普段からそんなに混んでいないので席はわりと余裕があります。

 席は余裕でも、乗客にばんえいウマ娘が多いので、見た目の圧迫感は結構なものがあります。何も知らずに乗ってきて、車内の様子に一瞬たじろぐ人間のお客さんの姿も、ちらほらと。

 列車の加速も一段落して、たくさんの荷物をどうにか押し込もうとしているざわめきも減って、じょじょに落ち着いてきた車内。

 あたしの隣ではグラムさんが、ハセコマで買っておいた北海道山わさびプレッツェルを開けています。

 隣にいてもなお飛んでくる、ツーンと鼻にぬける強烈な山わさびの風味。

 山わさびは、北海道で長く愛される薬味です。ホースラディッシュ、西洋わさびとも呼ばれる植物で、その名の通りに鼻にツンとくる爽快な辛みが特徴です。お刺身やお寿司で使われる本わさびよりも辛みが強くて、強烈な一撃は癖になります。ハセコマのプライベートブランドでもいくつか山わさびを前面に押し出した商品があります。"食べる催涙ガス"こと、山わさびラーメンはSNSでちょっとした話題になったりもしました。よくローストビーフに添えられたりしますが、みじん切りにして醤油に漬けた山わさびを白米に乗せて食べるのが最高です。実家のお米と合わせれば、それはもう丼ご飯が何杯でもいけます。

 プレッツェルを一本貰って、グラムさんと並んでポリポリ食べると、これが辛いのなんの。

 たっぷり振りかけられた山わさびパウダーが、一口ごとに鼻の後ろから殴りつけてくるかのようです。とてもじゃないですが一気に消費できないので、ジュースをちびちびと飲みながら長い時間をかけて食べるには最適です。

 持ち込んだお菓子を摘まみながら、大して中身のない、でもとても楽しい会話に花を咲かせます。

「今だから言っちゃうか」

 グラムさんが摘まんだ山わさびプレッツェルをふりふり、照れくさそうに笑います。

 その暗緑色の瞳には、今と同時に、昔を見ている気配があります。

「トレセンに入学した時はさー、正直、どんな子が同室になるんか不安だったんよ。けど、スノウと一緒になれてよかったさ。スノウ……ウチと一緒に走ってくれて、ありがとう」

「あたしこそ、グラムさんと一緒でとても楽しかったですよ。もちろん、今も、ですけど」

「なんもなんも。ただ、まさかウチも寮の同室がベソかきそうになりながら、人の布団に潜り込んでくる奴とは思わんかったっしょ」

 ボッと火がついたように両頬を赤らめるあたしと、その様子がおかしかったのか、悪戯がとびきり上手くいったいたずらっ子のようなニンマリとした笑顔を浮かべてあたしを見つめるグラムさん。

 一緒の年に入学して、一緒の部屋になって、グラムさんが言ったようにたまに一緒のお布団で寝て。一緒にご飯を食べに行ったりアルバイトしたり勉強したり。

 そして、なによりも、一緒に走っている。競い合っている。

 あたしの、いえ、お互いの一番の友達で、一番のライバル。

 たぶん、山わさびの風味が効き過ぎたのでしょう。笑い合う二人のばんえいウマ娘の目尻にはうっすらと涙が浮かんでいました。

 列車のシートに収まった二メートル近いばんえいウマ娘の体躯。満杯のコップから水が溢れ出るようにして、シートの隙間からはみ出た青毛と芦毛の尻尾が、ぱさりぱさりと揺れています。

 ちらほらと人家の見える牧場や原生林の真っただ中を貫いていく線路。その上を疾走する列車が体を震わせるたび、つられて揺れる尻尾も近づき、触れ合い、離れては、また近づき絡まる。

 あたしとグラムさんとの楽しい時間は、汽車が目的地の南千歳駅に着くまで途切れませんでした。

 グラムさんもあたしも、ここから一人旅。

 南千歳駅でグラムさんと別れました。彼女は函館本線で小樽まで行って、そこからバス。

 あたしは南千歳駅から、グラムさんとは反対方向に行く函館本線に乗って、新函館北斗駅まで。

 バスに乗り換えて、新函館北斗駅から江差ターミナルまで。

 

 トータルで七時間半。

 途中、南千歳駅での乗り継ぎ待ちはありましたし、特急を使いましたから鈍行の薄っぺらく硬いシートに座り続けるのを思えばよほど楽とは言え、こうも長い時間乗り続けていると、やっぱりお尻が固まってしまいます。トレーニングでギュッと岩のように引き締まったあたしの大臀筋ですが、今は別の意味で石になったような感じです。尻尾の付け根が強張っています。

 狭いシートにお尻と足を押し込めるように座って、山道で揺すぶられ続けた身体。そこには、まるでトレーニングした後のようなじっとりと粘るような疲労感がへばりついています。

 とにかく、お尻の肉が痛い。

 何もしていない筈なのに、妙に手足が重く、疲れました。トレーニングやレースで痛みや疲労には慣れている筈なのに、動けないだけだと言うのに、どうにも耐え難いです。

 強張った体と、みっちりと中身の詰まった大きなスーツケースを、バスから引っ張り出します。

 トレーニング用具とかは出来るだけ減らしましたが、実家へのお土産がどうしても増えてしまいました。妹達へのお土産は、帯広競バ場限定発売の、ぱかプチメムロボブサップです。メムロボブサップさんは現役最強と名高い先輩で、引退前から既に様々なグッズになっていて、それの一つが帯広競バ場でしか手に入らないぱかプチです。四体それぞれ別ポーズで、ぬいぐるみなのに妙に精度が高く、盛り上がった筋肉がきっちり再現されています。

 バスの中で、もう無理と泣き言を言っていた筋肉達が伸びて、手指の隅々にまで血が巡り始めます。簡単にストレッチして、狭いシートで丸め気味だったせいで固まった三角筋と広背筋を伸ばしてやります。

 夏に同じように長くバスに揺られて帰って来た時に比べると、ちょっとは盛り上がって育った筋肉の束。

 そこに血流を送り込んでやるために、大きな身振りで深呼吸を一つ。

 帰ってきた。

 一呼吸して、鼻からするりと入ってきた空気が、そう教えてくれています。

 北西から吹き付ける強い季節風の"たば風"に真冬の荒々しい勢いはなく、風は強いものの真冬に比べれば少しは優しげな雰囲気で潮の香りを運んできては、豊かな森から下りてくる湿った土と木の香りと混ざり合わさって、ここにしかない風の香りを作り上げている。

 心の奥をかき毟るようなのに、とても落ち着く久しぶりの香り。

 真冬に吹く、全ての熱を奪っていく風は既にいませんが、それでも春風というにはまだ遠い。それにも関わらず、そんなに風が冷たく感じないのは、切りつけるような冷たさをしたもっと厳しい風の吹く帯広で一冬を過ごして、寒さに耐性が付いたからでしょう。

 汽車に乗ったのは午前中だったのに、時刻は既に夕方。

 遠く水平線まで連なって見える雲と波。

 広い広い日本海を、沈みかけの大きな夕陽が鮮やかなオレンジ色に照らしだしています。日本海から山へと急激に立ち上がる地形の、海から山に繋がっていく間に広がるほんの僅かな平地。溶け残りの雪の白と枯れた草木の茶の混じったそこに、小石をばらまいたようにまばらに立つ建物。太陽から明るさは失せかけて、そんな家々の屋根や海岸線は既に黒いシルエットになりかけている。頭上には、夕方から夜にかけてのオレンジから黒に繋がる柔らかなグラデーション。

 帰ってきた。

 幼い頃から、それこそとねっ仔の時から数えきれないほど見た、愛おしくなるほど雄大で、鮮やかな夕暮れ。

 肘で大きく円を描くように、腕の付け根から回していた腕と胸のストレッチが、我知らず、途中で止まっていました。

 そんな感傷を、軽トラの気の抜けたクラクションが遮ったのでした。

「スノウ!おけぇりよー!とぉくっから、よぉけえってきたべさ!」

「あっ!おばあちゃーーん!」

 

 路線バスの永らくクッションを変えていないようなシートから、重種ウマ娘が使い込んで潰れた軽トラのシートに。

 同じような薄っぺらいシートの筈なのに、どうしてこうも違って感じるのでしょう。

 波打つようなアスファルトで跳ね上がるタイヤも、ばんえいウマ娘二人分の重量を支えていて効きの悪い独立懸架サスペンションも気になりません。

 スーツケースは軽トラの荷台に放り込んで、狭い運転台に体をねじ込んで、実家まで束の間のおばあちゃんとのドライブです。

「スノウよぉ、トレセンはどうじゃね?」

「んーー?」

 答えに困って、気のない生返事で時間をつなぎます。困ったのは答える事がないからではありません。その逆。色々あり過ぎて、何から話していいか悩んだからです。

 たった一年。

 なのに、降り積もった思い出は山ほどです。入学書類を無くして、あたふたしていたのが、はるか昔のよう。

「んーーと、そだねぇ……とってもいいお友達がたくさん出来たよ」

 日本海に沈んでいく夕陽が投げかけている熱の無い光。

 全てをオレンジ色に染めている陽が、あたしの横顔も同じ色に染めています。

 コツンとサイドウィンドウに頭をもたせ掛ける。

 色々な記憶を引っ張り出して並べていけば、脳裏に受かぶのは、いくつもの顔。

 トレーナーさん。シャコータングラム、クインルゴサローズ、モチモッツァレラ。アンデスレッド、インカアウェイクン、シーニーグローム、マネーマーケット、ビッグアイアン。他にもクラスのみんな。先輩達。教官達。ファンの方たち。

 ぽつりぽつりと口にしていくと、どう答えようか悩んでいたのに、どう言えばいいのか分からないと思えていた言葉達は後か後から、まるで最初から糸で繋がっていたように唇を押し開いては出ていきます。

 最初の一言が出てきた時から、ずっと聞き入っていて口を開かないおばあちゃん。

「夏に帰って来た時さ、一緒に田んぼの草刈りしたでしょう?おばあちゃんさ、あたしに『お前は競走バか?』って聞いたじゃない」

「おや、覚えてたかね」

 わざとらしくすっとぼけたような、どこか愉快そうな笑みを含んだおばあちゃん。

 あの時に聞こえたおばあちゃんの言葉は気のせいかとも思いましたけど、夏の空気越しに触れたあの感触は忘れられません。

 夏なのに背筋だけ真冬になったようなゾッとする感覚。腹の底にいきなり鉛でも詰め込まれたかのような、胃の底がズシリと重くなる感覚。

 あの気配が、どんな気配なのか今では分かります。一緒にコースを走って曳いて全力をぶつけ合って死にもの狂いで1着を奪い合った友達が、先輩達が、あたしに教えてくれていました。

「覚えてるよお……あたしは、トレセンで色んな人に、色んな事を教えて貰った。まだまだ分からない事だらけだけど、それでも少しは分かったの。帯広トレセンと、トレーナーさんと、一緒に走るたくさんのばんえいウマ娘が教えてくれた。走ることの楽しさ、負けることの悔しさ、勝つことの嬉しさ。あたしは、もっとコースに立っていたい。もっとレースをしていたい。もっと走りたい。もっと橇を曳きたい。そして、もっと勝ちたい。だから、あたしは競走バだよ」

 上ノ国の女傑。

 かつて、そう称えられた老いた競走バがカッカッカッと、とても嬉しそうに大きく笑いました。

「上等さー。それだけ分かってりゃあ、上等だべさぁ」

 うんうん、と何度も嬉しそうに頷きます。

「スノウ、お前、なまらい~い顔付きんなって帰ってきたべや」

 ハンドルを握りながら、おばあちゃんは一時、現役時代に戻ったかのようです。

「カミノクニスノウ、お前はたしかに競走バだよ。そいつは、お前のおばあちゃんで"無敵の華"と言われた、このカミノクニフラワーが保証してやる」

 気が付けば軽トラは海沿いの国道を離れ、山に向かっています。

 山裾は夜が降りてくるのが早い。

 軽トラの小さなヘッドライトが夜闇を払うようになり、久しぶりの家路を照らし出しています。

 それが導く先で待っているのは、懐かしい家と、お父さんお母さん妹達。

 軽トラは再会に向けて急ぎ足で走っていきます。

 その助手席で、あたしは呟きます。

「ねぇ、おばあちゃん」

 同じばんえいウマ娘。鋭い聴覚をもつウマ耳がある。

 あたしの呟きが聞こえている筈のおばあちゃんは、嬉しそうな微笑みを浮かべるだけで、何も応えません。

「あたしは競走バだよ。頑張って、いろんな人に支えられて、あたしは競走バになれたよ」

 

【挿絵表示】

 

 

 『ばんえいウマ娘』。彼女たちは、曳くために生まれてきた。

 ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで輓曳する――。

 それが、彼女たちの運命。

 

 この世界に生きるばんえいウマ娘の未来のレース結果は、まだ誰にもわからない。

 彼女たちは北の大地で、愚直に、ひたむきに駆け、曳き続ける。

 瞳の先にあるゴールだけを目指して――。

 

 

『ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける──ジュニア級編──』

 完




謝辞 ─後書きにかえて─
 カミノクニスノウのお話ですが、ジュニア級シーズン終了をもって一旦締めたいと思います。
 元々は、某所「 【ばんえいウマ娘】オリウマ娘が北の大地を駆ける」スレにて約四ヵ月にわたって展開していたダイス&安価SSなのですが、それをベースにダイス&安価の箇所をすべてSSとして編成し直し、加筆修正して一つのお話としたものが本編となります。
 初めての長編SS、そして私が把握している限り某所唯一のばんえいウマ娘と、初めて尽くしの挑戦でしたが、どうにか一つの区切りまでこぎ着けることが出来ました。
 これも様々なアイデアや感想をスレに書いてくれた方々、スレを保守してくれた方々、読者の方々のお陰かと思います。この場を借りて、お礼申し上げます
 シャコータングラム、クインルゴサローズ、モチモッツァレラを始めとした各キャラクターの名付け親となって頂いた方々、とりわけカミノクニスノウの名付け親となって頂いた方には、厚くお礼申し上げます。彼女が名を持ったお陰で、このお話はスタートすることが出来ました。ありがとうございました。
 きっかけは、2024年ゴールデンウイークにばんえい競馬を見に行って脳を焼かれた事でして、そこからなんとなく作ったダイスを使ったレースゲームを基にお話として展開していきました。
 私自身もわずかな期間でしたが北海道在住だった記憶を活かして北海道の文化・風習・観光名所なども盛り込むようにしたり、ばん馬にまつわる歴史・文化などを勉強したりと、私としては色々と挑戦し甲斐があり非常に楽しいひと時でありました。
 読者の方々に楽しんで頂き、また少しでもばんえい競馬やばん馬についての興味を抱かせる事が出来ましたのなら、作者冥利に尽きると言うものです。

 劇中で出たスノウの祖母の名前ですが、新しいオリウマwikiにて無敵の華と紹介されていましたので、それをもってカミノクニフラワーとしました。
 スノウの祖母に素敵な名を贈る事が出来まして、編者の方にはお礼申し上げます。
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