ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける 作:mzk_arachne
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あたしは、寮の自室のベッドに寝転がりながら、手にしたスマホに表示されているカレンダーを眺めました。
ばんえい競バは平地競争に比べると重賞がかなり少なく、ジュニアやクラシックなどの各クラスでの三冠くらいしか重賞がありません。
シニア級になっても、ほとんど増えません。数が少ないのはバ場とコースが一択ですし、あとは、まぁ予算の問題でしょうか。ぽんぽんと重賞を設定できるほど、ばんえい競バは潤ってはいません。グレードの高いレースを開催しようとすれば、それだけ手間もお金もかかります。
ばんえい競バの本番と言われるシニア級二回生以上――オーバーシニア級と通称されます――になってくると、ようやくレースの選択肢が増えてきます。実はオーバーシニアの先輩達が走るレースへの出走資格自体はだいたいクラシック級からありますが、資格があるだけで、出れたとしてもまず勝てません。重種のばんえいウマ娘は身体が出来上がって脂が乗り始める時期が軽種のウマ娘の子達よりも遅く、オーバーシニア級になってからが本番なのです。その為、クラシック級から二歳離れるだけ強さが段違いになるのです。
ジュニア三冠は、BGⅢのナナカマド賞、BGⅡのヤングチャンピオンシップ、BGⅠのイレネー記念。Bは"ばんえい"のBです。略されたりもします。
その中でもヤングチャンピオンシップには、トライアルレースがあります。
トライアルレースは、全道を五つの地区に分け、その地区を出身地とするウマ娘だけで争う特別競走。あたしの場合、上ノ国町は檜山振興局管内なので、南北海道特別だけにエントリーできます。
そうして各トライアルレースの上位二人がGⅡのヤングチャンピオンシップの出走権を得られることから"ばんえい甲子園"なんて呼ばれています。
ジュニア三冠の開催時期は、秋から冬にかけて今年度のシーズンオフ目前まで。
まだ焦る時期ではない、と言いたいところですが。
ばんえい競バはトゥインクルシリーズに比べると重賞の数が少ないわりに、出走ペースは異様に早いのです。頑健な足を持ち、回復の早いばんえいウマ娘なら二週間に一回はレースに出ますし、一ヶ月に一回の出走はごく普通です。
重賞が少ない、つまりは大きいレースだけを狙うという事が出来ないのでコンスタントに出走して、同格戦を繰り返してはこまめに勝ち星と収得賞金を集めてランクを上げます。レースに出走すること自体をトレーニングの一環と見たりもします。なお、収得賞金なんて言われていますが実際にお金は貰えません。ランキングを上げる為に貯めるポイントを、そのように呼んでいるだけです。
早くレースに出て収得賞金を積まないと、出走条件に届かなくなるかもしれない。
焦ってはいけないと思えば思うほどに、心は言う事を聞かず。
どうしたって、焦りは募ります。
「はぁ……」
思わず溜息がこぼれます。
そんな焦る心を誤魔化そうとしているのか、身体が勝手に尻尾を梳いていました。指と指の間を、艶やかな芦毛が流れていきます。
「スノウさぁ、なしてウチの尻尾いじってるのさ」
同じベッドの中で、あたしに背を向けて寝転がっているシャコータングラムさんの声が、彼女の頭越しに聞こえます。
そう。
ここはあたしのではなく、寮の同室の子、シャコータングラムさんのベッドです。
我ながら子供っぽいにも程があると思うのですが、気分が落ち込むとどうしても寂しくなってしまい、どきゅーとタイシンが居ない今はついつい彼女の身体を求めてしまうのです。むろん、それは性的な意味ではありません。
ふい、と頭を上げます。
「イヤでしたか?」
「いいいイヤってわけじゃないし?誰だって落ち込むのはあるっしょ?したっけ、スノウの気がそれで晴れてくれれば別に問題ないっつーか?」
うなじを刈り上げるほどベリーショートにまとめた芦毛の先、左耳に耳飾りをつけた彼女の髪と同じ芦毛のウマ耳が忙しなく向きを変えます。そのウマ耳はけして絞られてはいません。ウマ耳は口ほどに物を言うとは、良く言ったもの。
あたしはグラムさんの背中に、ぴとっと額をくっつけます。
グラムさんはあたしよりも頭半分は背が高いです。軽種のウマ娘に比べると肩も脚も、特に腿から下がガッシリしていて全体的に太く厚く、如何にも重種のばんえいウマ娘といった風情。特に胸は学年どころか学園でもトップクラスのサイズで、鍛えた大胸筋のせいもありますが、後ろから両手を広げて抱きついても手を回しきれないほどです。それでいて腰はスマートで、同級生に「えげつない」とすら評されるメリハリの利いたボディ。ロケットや飛行機の先端のように重力に抗って大きく突き出した胸を支える胸筋とバランスを取る背筋もオーバーハングした岩壁のようにたくましい。
くっつけた額から、グラムさんの落ち着かなさげにハイテンポで脈動する心音と、僧帽筋の微かなうねりが伝わってきます。
そうして、ひたすらに彼女の尻尾に指をいれては梳いてを、無心に繰り返していました。