ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける 作:mzk_arachne
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あたしの心とは裏腹に、毎日は淡々と過ぎていきます。
学園生活にトレーニングにアルバイトに精を出し、グラムさんや同期の友達と遊びに行ったりと、けして無為ではないですが、本当にやりたい結果は出せない日々。
焦っても良い結果は出せない。
そう自分に言い聞かせながらの日々。
ゆっくりと痛みは減っており負荷は増やせていますので、回復はしている実感はあります。あとから見ればスケジュール通りにしっかり回復していっているのかもしれませんが、今の感覚としては回復していてもその速度はナメクジが這っているかのように遅々としたものに感じます。
こんなメンタルのままトレーニングジムや寮に籠っていても、後ろ向きの思いばかりが加速します。
牛がたかってくる蠅を追い払うように、頭をぶんぶんと振り回します。
「ダメです。よくない、よくないですよぉ!」
こういう時は無理やりにでも流れを変えるか、ネガティブな感情を追い出さなくては。身体が心に引っ張られて逆に調子を崩しそうです。
「そんな時こそバイトっしょ。体動かしてりゃ、余計なこと考えなくて済むべさ」
グラムさんの言う通り。
こんな時こそ、アルバイトです。仕事して、無理やりに思考を切り替えましょう。
学園に来ていたアルバイト募集ですが、建設、林業、水産のカテゴリーのが多く残っていました。
畑仕事が一番慣れてるんですが、なかなか求人がありません。あたしと同じように実家が農家のばんえいウマ娘は多いですから、需要が多くて取り合いになっているのかもしれません。
アルバイトは、去年の台風で倒れたままになっている倒木の撤去にしました。
これをやっとかないと、林道が使えなくなったままになってしまいますからね。大切なお仕事です。まぁ、大切ではない仕事なんてものは無いのですけれど。
倒れかけの木はチェーンソーで完全に切って、倒木からざっくりと枝を払って、曳く際に他の立木に引っ掛からないようにしたら、断面や側面に突カンをトビで打ち込んで突カンのリング部分にチェーンをかけます。ここまではお仕事先に勤めているプロの皆さんのお仕事。
ここから先が、あたしの仕事です。
レースで橇を曳くのと同じような装具を身に着けて、ドッコイと呼ばれる横長の板のような中継用の搬送具にチェーンを繋ぎ、また突カンからのチェーンをドッコイに繋いで倒木を曳きます。
昔から重種ウマ娘が生業としてきた、バ搬という奴です。東北の方では、地駄引きというそうです。
今回は、集材箇所までの木寄せだけ。
邪魔になる倒木をどかして集材しておいて、後で回収にくるそうです。トラクターが入れない場所や、機材を持ってくるには小規模すぎるケースでは、まだまだバ搬も捨てたものではありません。
風で折れるだけあって倒木はそれなりに細く、一本あたりはそこまでの重量ではないのですが、不安定な足場、急な斜面、バランスの悪い倒木、と足腰への負担はかなりのものです。
加えて、生きている立木の基部に当てると樹の皮が剥がれてしまうので、長い荷の端から端まで自分の手の内に収めるようにするのに神経を使います。
それでも頑張ってこなしましたよ。
お給料は、9,000円ほど頂きました。
だいぶ頑張りましたからね。良いトレーニングにもなりました。「トレセン辞めたらうちおいで」と言われました。あちらにはそんな意図がないとはっきり分かっていますが、それでもまるでお前にはレースの適性が無いと言われているかのようで、心の片隅がズキンと痛む。
今はレースに出る事で手一杯なあたしに将来なんて考えられませんので、まぁ考えさせて頂きますです。
バイト上がりのご馳走ですが、あたしとグラムさんの二人とも前にバイト代があらかたラム肉に化けたのを反省して、今回はジンギスカンは無しです。
帯広名物の豚丼で我慢しましょう。
豚丼は、基本的には甘辛いタレで味付けて焼いた豚肉をご飯に乗せた丼で、帯広発祥の料理です。ばんえい競バ開催中ですと、観光客向けにドンブリに盛った白米の上に焼いた豚肉が塔のようになるまで乗せに乗せた"ばんえいウマ娘盛り"を目玉として出すお店もありますが、残念ながらそういうのは観光客を呼び込むメニューであって、地元にいる腹ペコばんえいウマ娘向けメニューではないのであたし達帯広トレセン生は注文禁止にされています。いつか無事に引退したら喰ってやる、と食べられないが故に妙な意欲を燃やす子もいたり。
あたしは道南の出身で、地元のローカルフードではないので豚丼にはそこまで拘りはないのですが、ここ十勝を地元とするばんえいウマ娘達の豚丼への拘りは凄いです。
豚丼は、まず肉の焼き方からして、炭火焼、網焼き、フライパン焼きの三手法があります。さらに肉の部位でもまた分かれていて、脂身と赤身のバランスが取れた定番のロース、脂身が多くこってりとした甘みのバラ、脂身が苦手な人向けのあっさりとしたヒレ。
どれがベストかで寮のご飯に豚丼が出るたびに揉めています。寮の調理場には流石に炭火はありませんが、その時々で安い部位の肉を仕入れているそうで、出るたびに味が変わります。そして肉派閥同士が目を三角形にして揉めていますが、だいたい「旨さを教えてやる」「上等だ」の定番の掛け合いと共に、仲良く夜食を食べに行ってしまいます。
ここで長くなりそうだから適当に誤魔化そうとして「どれも美味しい」と答えるのは禁句とされています。オラが焼き方が一番だとばかりに食べ比べに連れていかれ、それぞれの焼き方の違いを食べながら説教されます。
結局、みんなお腹いっぱいになると「どれも美味しかった」という結論に行きつくのですけれどね。