先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

101 / 101
認識

アーミヤではなく蘇生させられたテレジアの魔王としての力が、ロドス部隊のサルカズ達を襲う。

二百年前の都市の滅びが流れ込む。

六名の英雄が廃墟の中から立ち上がる。

彼らは燃えるカズデルの旗を掲げ、目の前の大軍へと突き進む。 甘んじて死を受け入れるサルカズなど、誰一人としていない。

たった今倒れた幾万というサルカズたちの叫びが陣太鼓となり、英雄たちの足音に続いて敵軍へと向かう。

答えよ、仇敵よ!

お前は何者だ、なにゆえカズデルは滅ぶべきと定める?

お前は何者だ、なにゆえカズデルの行いを裁くのか――。

数多の怨嗟の声に、部隊の守りが崩れかけた。

その隙をつくように、アーミヤを、いや彼女を庇おうとしたドクターをテレシスの一閃が奔る。

 

しかし。

 

ケルシーの身体が、深く裂ける。

白く焼けた空気の中で、赤が飛び散る。

だが彼女は崩れない。

崩れる暇すら、与えない。

 

「ケルシーッ!」

 

ドクターの声が、戦場の底に落ちる。

それは怒声ではない。

ただ、間に合わないと知りながらなお伸ばされた、手の届かぬ名の呼び方だった。

 

ケルシーの血が、白く焼けた地面へと滴った。

裂かれた傷口は深い。だが彼女は痛みを顔に出さないまま、ただ一つの判断だけを即座に下す。

 

「Mon3tr――」

 

低く、短い命令。

 

巨大な影が応じるように躍り、ドクターとケルシーの身体をまとめて持ち上げた。

空気が一瞬で引きちぎられる。

アスカロンの刃が、まさにその“空白”を貫こうとしていた。

 

一拍、遅れた。

 

いや、遅らされた。

 

そのわずかな遅滞を、アスカロンは見逃さない。

しかし、見逃したのではなく――押し込まれたのだと気付いた瞬間には、もう遅い。

 

テレシスの首筋へ、影のように迫る刃。

かつての師であろうと、斬り切る覚悟。

その決意は、刃先の震え一つにも宿っていなかった。

 

「……」

 

テレシスの瞳がわずかに見開かれる。

だが、首が裂かれる刹那――

 

「やはりお前は甘い」

 

金属が擦れ合う耳障りな音がした。

 

アスカロンの刃は、斬ったはずのものを斬れていない。

彼女の術で姿をぼやかした身体が、衝撃ごとほどけるように霧散する。

刃は確かに肉を捉えたはずだった。

だが、その一閃は“そこにあるはずだった敵”を掠めただけだった。

 

「っ……!」

 

息を呑むアスカロンの背に、さらに別の気配が重なる。

 

凶刃を防いだのは、炎だった。

 

金属のように硬く、しかし焔のように揺らぐ剣。

その一撃が、アスカロンの刃をわずかに逸らし、彼女の術式の重心を崩す。

 

背後に立つ男が、静かな声で言う。

 

「戯れが過ぎましょう、テレシス殿下」

 

それは叱責ではない。

親しい者に向けるものでもない。

ただ、秩序を壊しかけた者へ告げる、冷え切った忠告だった。

 

アスカロンは即座に距離を取る。

彼女の目は、炎の男を見ていた。

その顔を、ではない。

その立ち方を。

剣を持つ位置を。

呼吸の速度を。

 

――知っている。

 

だが、あの所作だけは忘れようがない。

 

「……お前は――」

 

アスカロンの声が低くなる。

驚きと、警戒と、かすかな動揺。

 

その男は、炎をまとった剣を下ろしもせず、ただ淡々と返した。

 

「戦場で名を呼ぶのは、あまり賢明ではない」

 

テレシスの前に立つその背中は、揺るがず、なお一歩も退かない。

 

テレシスは、その横顔を一瞥した。

わずかに眉を寄せる。

 

「……出遅れたか?」

 

男は短く息を吐く。

それが、謝罪の代わりだった。

 

「申し訳ありません。別件が少々長引きまして」

 

アスカロンの目が細くなる。

あの声。

あの間合い。

そして、あの皮肉な丁寧さ。

 

やはり、そうだ。

 

けれど、今は確認している暇がない。

彼女は再び、刃を構える。

 

この男が誰であろうと、今は敵。

テレシスへ向けた一撃を防がれた以上、次はもっと深く喉元へ届かせる。

 

だが、その前に炎の男がわずかに顎を上げた。

 

それだけで、彼女の動きが僅かに止まる。

 

「……今は引け」

 

「何を――」

 

「これは、お前の戦いではない」

 

その声には、抑えた熱があった。

命令ではない。

懇願でもない。

ただ、同じ火を知る者だけが分かる、静かな制止だった。

 

アスカロンは、答えない。

だが、ほんの刹那だけ、視線が揺れた。

 

その隙を逃さず、テレシスの前に立つ男が剣をわずかに構え直す。

 

戦いは、もう一段深く落ちる。

ケルシーの傷は開いたまま。

ドクターはMon3terに支えられたまま。

アスカロンは次の一手を探し、テレシスはその背後で静かに状況を見ている。

 

そして、炎の男だけが、まるで最初からここにいたかのように立っていた。

 

「……続けるなら、こちらも相応に応じよう」

 

その言葉は穏やかだった。

穏やかすぎるほどに。

だからこそ、次の一撃は容赦がないと、誰もが理解する。

 

戦場の空気が、さらに冷たく張り詰めた。

火蓋は、落ちたのではない。

最初の衝突で、もう一段深く“開いてしまった”のだ。

 

アスカロンと対峙するスヴェルドフレムが放った一撃は、彼女の胴を捉えた――かに見えた。

 

だが、刃が肉を裂く感触はない。

 

次の瞬間、その姿は霧が散るように掻き消えた。

 

「幻影のアーツ――」

 

スヴェルドフレムは剣を構えたまま周囲を見渡す。

 

「まさかお前も居るとは」

 

戦場の瓦礫の上。

 

ゆらり、と。

 

まるで最初からそこにいたかのように、一人の術師が姿を現した。

 

欠けた角を持つ端正な顔立ちのサルカズ。

 

穏やかな笑み。

 

だがその瞳の奥には、決して底を見せない深淵があった。

 

ミュトロゴスだった。

 

「やあ」

 

彼は肩を竦める。

 

「旧友との再会は喜ばしいものだが、僕達には目的があるからね」

 

その声音には敵意がない。

 

だからこそ不気味だった。

 

まるで散歩の途中で偶然顔を合わせた友人に挨拶するような気軽さ。

 

「退かせてもらうよ」

 

彼が杖を軽く鳴らす。

 

刹那、風向きが変わった。

花畑を思わせる甘い香りが広がる。

どこか懐かしく、どこか心を緩ませる香気。

しかしスヴェルドフレムの表情は変わらない。

むしろ鋭くなる。

 

「息を止めろ! これは――」

 

周囲のサルカズ戦士たちへ警告を飛ばす。

 

だが遅い。

香りは既に戦場を覆っていた。

視界が揺らぐ。

瓦礫が歪む。

敵味方の位置が曖昧になる。

嗅覚だけではない。

肌に触れた瞬間から浸透する。

精神へ直接干渉する特殊なアーツ。

 

感覚そのものを書き換える類の術。

 

視覚と嗅覚がイカれる代物か――。

 

スヴェルドフレムは目を細める。

 

周囲にいたロドスの隊員たちは、既にその隙を利用して撤退を開始していた。

 

残るのは幻影だけ。

揺らぐ残像だけ。

 

「……申し訳ありません、殿下」

 

彼は剣を納め、静かに戦況を見届けていたテレシスへ。

 

 

「構わぬ」

 

テレシスの声は低く落ち着いていた。

 

「そなたは役目を果たした」

 

彼の視線はロドスが消えた方角へ向く。

 

「奴らも暫くは動けまい」

 

「焦ることはない」

 

テレシスは立ち上がる。

 

黒い外套が風に揺れた。

 

「我らには、既に次の手があるのだから」

 

その言葉に、スヴェルドフレムは顔を上げる。

 

彼には分かっていた。

 

テレシスが言う「次の手」とは単なる作戦ではない。

すべてを含めた盤面そのものを指している。

チェス盤の上で駒が一つ逃げた程度で、摂政王は動じない。

 

ロドスは希望を繋いだと思うかもしれない。

スヴェルドフレムは知っている。

この戦争はまだ序章に過ぎない。

 

そして己もまた。

 

その盤上から降りることを許されていない。

 

予言された炎の結末へ向かいながら。

 

 

 

 

 

 

戦場の揺れが、まだ身体の奥に残っている。

戦場から引き剥がされたはずの空気は、なおも熱を失わず、誰もが無言のまま座り込んでいた。

 

ケルシーは治療台へと移され、Mon3terの補助を受けながら最低限の止血処置を受けている。

血は止まらない。

だが、今この場で止めねばならないのは出血ではなく、あの一瞬に焼き付いた光景のほうだった。

 

アーミヤは、ようやく口を開く。

 

「フローガ将軍……確か彼は、新任だと言っていましたね」

 

その声は、かすかに震えていた。

あの仮面。

あの立ち方。

あの剣の持ち方。

全てが、どこか“知っている”と告げていたのに、正体だけが掴めなかった。

 

「仮面に施されたアーツは、認識を阻害するものでした。ですがあれは、魔王の権能を防ぐほどではなかったようです」

 

アーミヤは、自分の中でほどけかけた糸をもう一度結び直すように、静かにそう言った。

 

ドクターが顔を上げる。

 

「アーミヤ、彼が誰なのか分かったのか?」

 

問いかけは短い。

だが、その短さの奥には、あの戦場で感じた違和感がまだ生きている。

ドクターもまた、見えていた。

あの将軍が、ただの敵ではなかったことを。

 

アーミヤは、少しだけ目を閉じた。

先程、あの男と向き合った時に流れ込んできた感情を、一つずつ思い返す。

 

親愛。

罪悪感。

敵意。

期待。

 

それらは矛盾していなかった。

むしろ、ひとつの意志から生まれた感情の束だった。

 

彼は知っていた。

ロドスアイランドのことを。

ドクターのことを。

サルカズの魔王のことを。

ケルシーのことを。

そして、軍事委員会が何をしようとしているのかも。

 

彼の胸の奥にあったのは、単なる将軍としての命令ではない。

自分が作り上げた組織の行方を案じる、もっと深い責任だった。

ロドスに向けた期待は、利用価値への期待ではない。

何かを託す者の、痛みを伴う視線だった。

 

そして何より――

彼は、敬愛する主君に忠誠を誓っていた。

 

だが、その忠誠は盲目的なものではなかった。

自らが何者であるかを知ったうえで、なお役割を引き受ける、苦い覚悟のようなものだった。

 

アーミヤは、もう一度息を吸う。

 

「彼は……この戦争での己の役割を理解していました」

 

ドクターは、黙って聞いている。

 

「私たちに親愛を向けていました。けれど同時に、敵意もありました。

 罪悪感も、期待も、ありました。

 その全部が、ひとつの人として成立していたんです」

 

その言葉に、車内の空気が少しだけ変わる。

誰もが、あの男の姿を思い出している。

燃えるような瞳。

丁寧すぎるほど整えられた物言い。

そして、最後の最後まで退かなかった背中。

 

アーミヤは、ゆっくりと言い切った。

 

「あの将軍は……彼は、エルデルのリーダー、スヴェルドフレムさんでした」

 

その名が落ちた瞬間、沈黙が深くなった。

 

ケルシーは治療を受けたまま、目だけを僅かに動かす。

ドクターは、何かを思い出しかけたように視線を落とした。

車内には、まだあの剣戟の音が残っている。

あの炎の一閃が、確かに戦場を変えたことを、全員が理解していた。

 

アーミヤは、最後に小さく付け足す。

 

「彼は……私たちを止めるために来たのではありません。

 少なくとも、それだけではありませんでした」

 

そして、膝の上で手を握りしめる。

 

「彼は、見届けようとしていたんだと思います。

 この戦争の行方を。

 私たちが、何を選ぶのかを」

 

車内は静かだった。

ただ、エンジンの振動だけが淡く続いている。

 

誰もが、あの男の名前を口にしたまま、しばらく動けなかった。

スヴェルドフレム。

その名は今や、敵でも味方でもない。

見届ける者の名として、ロドスの記憶に深く刻まれていく。

 

そしてアーミヤは、ようやく顔を上げる。

 

「……だからこそ、次に会う時は、きっと話せることがあると思います」

 

その言葉は、戦闘の終わりではなく、次の再会を前提にしたものだった。

まだ終わっていない。

誰も終わっていない。

 

ただ、ひとつだけ確かなのは――

あの炎魔の将軍が、もう“名無しの敵”ではなくなったということだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

挽歌の後は晩御飯(作者:シカルニ)(原作:アークナイツ)

転生バンシーがアエファニルの中の男児を解き放ってしまったり、▼魔王を見殺しにしたり、▼エリオペに懐いて迷子になったり、▼本人不在のロゴスの部屋に閉じ込められてエロ本を探してみたり、▼流れでS.W.E.E.P.入りして上司に可愛がられたり、▼第二回スツール滑走大会を最前列で応援したりする話(予定)。▼恋愛フラグは立ちそうで立ちません。外野が誤解したりくっつけよ…


総合評価:5111/評価:8.96/連載:58話/更新日時:2026年05月28日(木) 09:05 小説情報

北天に輝く(作者:ペトラグヌス)(原作:アークナイツ)

狂った世界で生きる「W」の終わりと始まりの話▼いつも余裕綽々なWちゃん好き▼ブチ切れて余裕のないWちゃんも好き▼デレたり曇ったりするWちゃんを見たかった


総合評価:5801/評価:9.3/完結:33話/更新日時:2026年02月09日(月) 02:58 小説情報

明日の方舟よ、良い旅を(作者:アルパカ戦士)(原作:アークナイツ)

 もしテラの大地に転生者がいて▼ 転生先がウルサスで▼ 原作開始前で▼ ・・・レユニオンを救いたいハピエン厨だったら▼というわけで、ロドス制服を纏ったフロストノヴァが見たすぎて自給自足します。▼二次創作どころか小説書くの初めてだから許して?▼※「にしみやあき」様に挿絵を描いていただきました。タイトルに【挿絵あり】と載っています。ありがてえ!


総合評価:12567/評価:9.12/連載:121話/更新日時:2026年05月25日(月) 20:16 小説情報

感染転生者の活動日記(作者:ゆう31)(原作:アークナイツ)

アークナイツの世界に転生した鉱石病感染済み少女の日記。▼なお、タルラとは友人同士とする。▼※アークナイツの小説少ねえ!書いたろ!って感じの小説、気分で書くので不定期、自己発散用。▼それとある程度捏造とか入れるのでご了承して下さい。▼偶に百合百合するかも知れん。▼※本編完結


総合評価:5004/評価:8.96/完結:13話/更新日時:2021年08月04日(水) 21:16 小説情報

パラドックスはアーツか否か(作者:霊藻)(原作:アークナイツ)

▼北欧の戦略SLG大手、パラドックスインタラクティブが販売するゲームの色々なシステムが能力として使えるようになった。▼当面は能力を応用して生き残り、後で街を作って力と富を拡大して豊かさを獲る。そんな感じにできたらいいなぁ…▼なんてこった!戦争が起きる!▼人間は、衣食住が充当すれば大抵の事は耐えられる。▼しかし、圧倒的な豊かさと莫大な富の流入は時として、既存社…


総合評価:6474/評価:8.65/連載:42話/更新日時:2025年06月12日(木) 10:04 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>