先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
グローバルだとまだまだなのかな?取り敢えず久々にログインしました。
ヴィクトリア、移動都市ロンディニウム。
空を覆う雲は厚く、陽光を遮っていた。
高く聳える建造物の輪郭は灰色に沈み、遠くから聞こえる都市の駆動音さえ、どこか鈍く響いている。
アーミヤは足を止め、空を見上げていた。
その小さな背中に、ドクターが歩み寄る。
「ドクター」
彼女は振り返らなかった。
「私、夢を見ました」
静かな声だった。
「暗雲がこの都市を覆っていて……血に塗れたサルカズの旗が、すべての建物の上ではためいているんです」
「都市の外には、源石の結晶が見渡す限り広がっていて……まるで、大地そのものが病に侵されてしまったみたいでした」
一度、言葉を切る。
アーミヤは夢の続きを思い出すように、ゆっくりと目を伏せた。
「そして、錆色の玉座が大地にそびえ立っていました」
「人々はそこに跪いて、黒い涙を流していたんです。玉座に座る人が、ほんの少し腕を振るうだけで……叫び声が空全体を貫きました」
風が吹いた。
彼女の長い耳が、わずかに揺れる。
「でも、不思議だったんです」
「玉座の影の中で、人々は震えながらも、ゆっくりと頭を上げていました」
「その時、彼らの感情が私の中に流れ込んできたんです」
アーミヤは胸元に手を添えた。
「どう表現したらいいのか、分かりません。とても混沌としていて、重くて……息が詰まるような感覚でした」
「私に判別できたのは、その中でも表層に浮かび上がっていたものだけです」
ほんのわずかに、声が震える。
「苦しみと……」
「……憎しみだけでした」
沈黙が落ちた。
ロンディニウムの空は、相変わらず暗い。
「……」
アーミヤは、再び空を見上げる。
「玉座の上にいた人は、誰だったのでしょう?」
問いかける相手はドクターだった。
けれど、その答えを本当に求めているのかは、彼女自身にも分からなかった。
「これは、サルカズの魂たちが予見した未来なのでしょうか。それとも――これが、魔王の使命なのでしょうか」
魔王。
その言葉を口にするたび、彼女の中にある何かが静かに応える。
それが何なのか、まだ理解できていない。
「テレジアさんも、この夢を見たのでしょうか?」
彼女は視線を落とした。
「もしかして……これこそが、彼女の望んでいる光景なのでしょうか」
その問いに、ドクターはすぐには答えなかった。
アーミヤもまた、返答を急かそうとはしない。
やがて、彼女の口から別の名前がこぼれた。
「ケルシー先生も……」
その声には、先ほどまでとは違う色があった。
「まさか、ケルシー先生があんなに深い傷を負う日が来るなんて、思ってもみませんでした」
アーミヤは自分の手を見つめる。
「ケルシー先生は、いつも余裕を持って問題を処理していました」
「どんな状況でも、私たちに必要な助言をくれて……どれほど難しい問題でも、先生なら何とかしてくれると、そう思っていたんです」
彼女にとって、ケルシーはいつもそういう存在だった。
厳しく、時に冷淡で、何を考えているのか分からないこともある。
それでも、ロドスが進むべき道を見失いそうになった時、必ずそこにいてくれる人。
「だって、あの人はケルシー先生なんです」
声が少しだけ強くなる。
「彼女が疲れている姿すら、私は見たことがありません。一度も、ないんですよ……」
そこで言葉が途切れた。
アーミヤは唇を結ぶ。
目の前にいるドクターへ、何かを伝えようとしているのかもしれない。
あるいは、自分自身に言い聞かせているのかもしれなかった。
「それなのに、今……」
最後まで言葉にはならなかった。
彼女の視線の先には、灰色の空が広がっている。
魔王として背負うべきものがある。
ロドスのリーダーとして果たすべき責任がある。
そして、救いたい人たちがいる。
けれど、そのすべてを理解しているはずの少女は、今、一人の大切な人が傷ついたことに戸惑っていた。
誰かを守るために前へ進むことと、自分が守られてきたことを忘れないこと。
その二つは、必ずしも同じ方向を向いてはくれない。
「……ドクター」
アーミヤは、ようやく顔を上げた。
「私たちは、進まなければなりませんよね」
「アーミヤ」
名を呼ばれ、アーミヤは顔を上げた。
そこに立っていたのはアスカロンだった。
いつからそこにいたのか、彼女の足音には気づかなかった。
黒衣の裾がわずかに揺れ、暗がりの中でも、その視線だけははっきりとこちらを捉えている。
「お前たち。今は重傷者に付き添っているよりも、優先すべき仕事があるだろう」
咎めるような口調ではなかった。慰めるつもりもないのだろう。ただ、今ここで立ち止まっている時間はないと告げている。
アーミヤは一度だけケルシーのいる方を振り返り、それからアスカロンに向き直った。
「何かあったんですか?」
「クロージャからの伝言だ。都市防衛軍司令塔のデータ解析が完了したそうだ」
その報告に、ドクターが顔を上げる。
「それと、クロヴィシアが会議を招集している。今後の行動について、協議する必要があるそうだ」
アスカロンはそこで一度言葉を切った。
「我々は、ロンディニウムの情勢をもう一度見直さなくてはならない」
都市防衛軍司令塔の解析結果。
それは、これまでロドスが把握していた戦況を根本から変える可能性がある。
これまでの計画をそのまま進めることが正しいとは限らない。
得られた情報を整理し、各勢力の動向を改めて確認する必要があった。
「ちょうど、新しい組織の人間とも合流できたからな」
アスカロンの言葉に、アーミヤはわずかに目を細めた。
新しい組織――エルデルのことだろう。
軍事委員会の監視下にあるロンディニウムで、彼らがどのように動いているのか。
ロドスが把握している情報だけでは、まだ見通せない部分も多い。
「わかりました。すぐに向かいます」
アーミヤは小さく息を吐き、ドクターへ視線を向けた。
先ほどまで胸の内を占めていた不安が消えたわけではない。
けれど、それを抱えたままでも進まなければならない。
今の自分たちには、立ち止まっている余裕などなかった。
ミュトロゴスは、目の前の幼い魔王を眺め、ふと首を傾げた。
おや、と。
彼の数千年に及ぶ長い放浪の中で、幾人もの魔王を見てきた。
王庭に連なる者も、そうでない者も。時代ごとに異なる名と姿を持ち、それぞれがサルカズの歴史に刻まれてきた魔王たち。
その中に、異族の魔王は一人としていなかった。
もっとも、彼の興味を引いたのは、その事実だけではない。
目の前の娘は、まだ魔王として目覚めたばかりだ。
力も、その役割も、十分に理解しているとは言い難い。
何より、その在り方には幾重もの制限がかけられている。
それでもなお、彼女は自分の足で立ち、自らの意思で物事を考えている。
その姿は、彼がこれまで見てきた魔王たちと比べても、ひどく地に足がついていた。
「へぇ。子ウサギかと思ったんだけど、君も立派な魔王なんだねぇ」
気負いのない声だった。からかうような響きの奥に、確かな感心がある。
これも、殿下の養育のおかげかな。
ふと、かつて千里眼を通して垣間見た光景が脳裏をよぎった。
かつてテレジアの戴冠を見届けた夢魔は、カズデルを離れた後も、ミュトロゴスは時折、彼方の出来事を見ていた。
意図して覗くこともあれば、望まぬまま視界に映り込むこともある。
あの時、彼が見たものは――。
――新たな魔王が■だったら、■たんだけどなぁ。
その記憶の続きを、彼は口にしなかった。
代わりに、ミュトロゴスはアーミヤへ向き直る。いつもの軽薄な笑みを浮かべたまま、しかし、その眼差しには紡ぎ手としての古い威厳が滲んでいた。
「幼き魔王よ。僕は君を祝福しよう」
それは、彼が長い時を生きてきた者として贈る言葉だった。
「安心すると良い。僕はただの紡ぎ手さ」
そこで、彼は視線をわずかに横へ流した。
「……彼らは別だけどね」
異格ケルシーとクロージャ確保できたのでしばらく源石集めです。
ミュトロゴスについては"テラ産夢魔術師"の作品を見ればフンワリわかります。
【種族――夢魔】
彼は厳密に言えばサルカズではなくティカズである。血魔の様に角を持たず、支配するのは夢である。自在に対象の夢に入り浸り、悪夢や善い夢を見せたりする。
ジャールとは似て非なる種族だが、現在まで純血が残っているジャールに対して、夢魔の存在は歴史から消えて久しい。もはや夢魔と呼ばれるものは彼しかいない。
「そう。私は正真正銘最後の純血と言う奴さ。……親愛なる彼と違ってね」