先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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私が正気だと誰が保証してくれるのか。記憶か?人格か?
――果たして私は本当に私と言えるのか?




極寒の大地より来たるサルカズ②

 物心ついた歳に、私は全てを思い出した。

 ――湧き上がる無数の記憶に耐えきれず、知恵熱を出したその時に、己が異質な存在だと理解したのだ。

 

 スクミングが今日に至る全ての記憶を取り戻した頃、既に両親とは死別していた。

 普通の子供であったなら、スクミングは両親の顔を知らず、親の温もりを知らぬままサーミ人として育っただろう。

 だが幸か不幸か、スクミングはすべてを知ってしまった。

 

 父母が感染者であったこと――感染者だと知られ、土地から追い出されたことを。

 流浪の身に落ちた父母は幼い私を連れて、古い親族を頼りにサーミを訪れた。

 父母は一流の戦士でもあったが、貧困故の栄養失調と疲労――幼い私を連れての旅が祟り、裂獣に襲われた際に判断を誤り負傷した。

 父が囮となり私は母に連れられるも――、

 繰り返し襲いかかる裂獣を、業火のアーツで対処し続ける母の姿。

 ようやく致命傷を負わせた裂獣を見送る頃には、手足が冷たく青白くなりかけた母の顔が見えた。

 

「(サルカズ語)貴女の名前を、忘れないで」

「(サルカズ語)……未来を見届けられなくて、ごめんね『 』」

「(サルカズ語)……大丈夫。炎の血をここで絶やさせはしないわ。私の可愛い子……どうか……生きて……生き延びて……」

 

 目的地にたどり着くことなく、母は力尽きた。

 だが最後に放った古の巫術が、サーミ人の目を引き――私は助けられた。

 家族の愛を受けながら、それを失ってしまった。

 これまでの"私"の記憶もまた、そうした犠牲によって生き延びてきた。

 私は両親のために涙を流した――泣かぬ子供と言われた私が泣いたのだ。育て親たるサイクロプスが慌てていたのには少し笑った。

 ……かつての記憶を思い出した時点で、私は私ではなくなった。物事の捉え方が、考え方が変化した。しかし同時に私はスクミングでもあり、『――(サルカズ語)――』でもある。

 スクミングという名を与えられた時点で、私はサーミ人として生きるのだろうと思っていた。

 カズデルのことは常に頭の隅にあった。だが北の災厄を思えばそう去ることもできない。

 そう思っていた所に、サイクロプスの予言を聞いた。

 サイクロプスの育て親がサーミから去ることを許した。

「お前のような若造が、一人抜けたところでこのサーミは揺らがないさ」

「……災厄は今日明日の話ではない……お前がカズデルに向かう程度の時間はある」

 ……スクミングの心はもはやサーミにはなく、カズデルへと向かっていた。サイクロプスの育て親もそれを分かっていたのか、ただ餞の言葉を送った。

 

 

 

 

 

 スクミングが以前見たカズデルは、移動都市ではない要塞じみた場所であった。

 【放浪者】と呼ばれた魔王イレーシュが築き上げたそこは、少なくとも国としての最低限の体裁は整えられ、サルカズ達が己の故郷と呼べるほどには安定していた。

 男の知る無数のカズデルを思えば、魔王イレーシュの治世は平凡であれど安寧ではあった。

 

 それが、今のカズデルはどうであろうか?

 

 あの侵攻により、かつて存在した堅固な城壁は崩れ去り、カズデルは文字通り瓦礫と化した。

 六大英雄と呼ばれた英雄達の尽力で、カズデルは復興の兆しを得た。

 百年近く労力を捧げ続け、カズデルは移動都市として形を成した。

 進めば進むほど、移動都市を為す為の部品が零れ落ちるようなそれを、都市と呼べるのならばの話だが。

 作り上げられた城壁も――巨大なパイプを積み上げてできた高台を城壁と呼べるのであれば。

 源石の棘が絡み合い作り出した「ジャングル」は、足元をすくった者の命をあっさりと奪う危険な場所だった。

 

 だがその一方で、盗賊や傭兵にとっては隠し財を守るためにうってつけの場所でもあった。

 

 密輸業者や浮浪者たちは、薄暗い地下道を歩き、鉱山区や工場の地下通路、時には排水管を使って外界をうかがいながら、都市の隅から隅へと身をひそめて逃げていった。

 

 貧困にあぶれた者が行き交う無数の区画が入り混じり合うそれは、長い年月によってさながら迷路のように複雑に入り組んでいる。

 

 貧困窟を抜ければ、平民の住む住宅層があり、そのまた先には王庭の主やそれに連なる血族達が住む貴族街へと繋がっている。

 一見して他の都市と変わらぬように見えるそれは、よく見れば都市全てに鬱屈とした貧しさが漂っている。

 

 カズデル。

 一見すると馴染みがないようでいて、どこか親しみを感じさせる名。

 この大地に生きる多くの者にとって、そこは「魔窟」と呼ぶにふさわしい場所だった。

 魔族が罪を刻み込んだ地獄であり、容易には近づけぬ恐怖の大地。

 

 そしてサルカズにとっても、カズデルという名は単なる地名以上の意味を持つ。

 

 彼らの間では、サルカズの故郷はカズデルにあるのだと、世代を超えて語り継がれてきた。

 

 だが、その「カズデル」とは、この都市だけを指すのだろうか?

 

 それとも、この大地全体を指しているのか?

 

 その答えを知るのは、おそらく彼ら自身だけなのだろう。

 

 

 

 一人の流浪のサルカズがカズデルを訪れたとて、気に掛ける者は居ない。

貧民窟に最も近い平民街の端――貧民窟の一部と言えるほど荒れた場所に、スクミングは居を構えた。

 治安が悪く傭兵も通りかかるようなそこが投げ売りされていたところを、スクミングが路銀で買い取った。

 

 やがて私はスカーモールの傭兵として依頼を受けるようになる。

 同時期に、傭兵仲間から名前を変えたほうが良いと忠告を受ける。

 

「あんた、その名前はやめとけ。一発でよそ者の名前だってわかるからな。ここじゃよそ者は嫌われる。……他所生まれのサルカズだって例外じゃねぇ」

 

 確かにここはサーミではなく、今の私もまたサーミ人ではなく一介のサルカズに過ぎない。

 ふと、母の最期の言葉が脳裏をよぎる。

 名前。両親がくれた名前を、これまで一度も名乗っていないことを思い出す。

 サーミ人としての私は『スクミング』だ。

 なら、サルカズとしての私は……。

 

「そうだな……あんたの忠告を受け取っておこう。……次会うときは、スクミングじゃなくなってるだろう」

 

 そうして私はサーミ人(スクミング)として名乗ることをやめた。

 サルカズとしての、両親のくれた『スヴェルドフレム』と名乗ることを決めた。

 

 

 彼は遠くで赤々と燃えている炉を眺めた。数え切れないほどの労働者が源石を、鋼鉄を、土石をその中へと運び入れている。

 溶炉の炎はカズデルが移動するための動力を提供し、流れ出る鉄の水が、再びこの都市の一部となる。

 百年間絶えず吐き出され続ける黒い煙が、灰燼なのか源石粉塵なのかを知る者はいない。それをレヴァナントたちの恨みや叫びだと言う者もいる。

 空高くに掲げられた巫術の祭壇は時折まばゆい光を放った。

 

 カズデルに住まう者はそれらにまつわる都市伝説をいくつか聞いたことがあった。

 その中でもっとも恐ろしいものは、王庭の術師が日夜祭壇の上から巫術で都市の人々の一挙手一投足を監視しているというものだ。

 

 ――そうした話を知る人々のほとんどは、それを躾の為の御伽噺だと言う。

 レヴァナントや王庭術師と出会う機会のない人々にとっては、確証のない話よりも日々の生活が優先されるものだ。

 魂の炉を通して吐き出される煙は、百年近くの月日が経とうと変わらずそこにある。

 

 

 




サルカズの角って生え直したりするのかわからないです……削ったり切り落としたりする伝統もあるらしいし、磨いたりするらしいので一生モノなのかなと。
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