先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
原作にはない架空のサルカズ部族が出てきます
十年強。
それがこのクルビアで積み上げた活動の年数だ。
スヴェルドフレムら『エルデル』は、他方勢力とのパイプ繋ぎの為だけに訪れた訳では無い。
魔族。
サルカズの蔑称であり、異名となりつつあるその名には、異族からの畏怖と侮蔑が込められている。
カズデルではごくわずかに存在する異族が差別されているのに対し、大地の殆どでサルカズは差別される。
かつてのカズデル侵攻で難民となったサルカズの多くが、その後を暗がりを生きる人生を生きている。
そうした同胞の援助も、「エルデル」は行っている。
開拓地に建てられた粗末な小屋に入れば、そこは鉱石病を恐れる開拓者たちが建てた隔離部屋だ。
「今戻ったが………生きているか? ユール。」
「げほっ……ああ、ボスか」
その声に導かれるように小屋の中を歩けば、スヴェルドフレムが診ている患者の姿があった。
開拓移民の腕には、黒々とした鉱石が浮き出ている。
よく見れば顔にクマがあり、痩せたようだった。
ユール。
かつてそう名乗った開拓移民の男。
数週間前に鉱石病を患っていることが周囲にバレてしまい、こうしてこの小屋に押し留められてしまった。
粗悪な環境での、マトモな鉱石病治療など行えない開拓地で、彼はスヴェルドフレムが再び姿を現すまで耐えていた。
スヴェルドフレムが行うべきは、この同胞の治療であった。
ユールという開拓移民の、その額からは、鋭く突き出た一本の角が生えている。
その姿はまさに、極東に住むという種族――オニだった。
はるか昔の書物でしか存在を読み取れないオニと呼ばれる彼らを、スヴェルドフレムはよく知っていた。
彼らは同胞であり、はるか昔、魔王クイロンについて行った果てに東へと住み着いた者たちの子孫だと。
だが、開拓移民のユールはその子孫ではない。
初対面時、彼はカズデル出身だと告げたのだから。
神話と語られるほど太古に、魔王クイロンが西方の同胞への迫害を認識し、一部の同胞と共にカズデルを離れ西へ向かった。
だが、後にオニと呼ばれるようになる一部の同胞達は、クイロンと共に向かうものとカズデルへと残るものに分かれた。
ユールは、カズデルに残った同胞の子孫だ。
サルカズ部族の中でシュラと呼ばれる部族は、やがてカズデルの門番の役目を果たす家系となった。
だが約百年前のカズデル侵攻により、一族の殆どが侵略者に討ち取られた。
六大英雄の活躍によって、連合の軍勢が撤退した時には、数百いた一族はその半数にまで数を減らしていた。
ユールのいたシュラ一族は、荒廃したカズデルを前に、数千年続いた門番としての役目を放棄することを決めた。
ガリアを渡り、クルビアへと流れ着いたユール達一族は、開拓移民として生活を始めた。
ユール自身もまたカズデルへの郷愁を捨て、開拓移民として生活していた。
「そこに、アンタが来たんだ、ボス」
「俺は一目見て、アンタが只者じゃないと分かった」
「まさか、こんな辺鄙な所に、来るなんてな」
「俺たちを助ける組織があるなんて思わなかった」
ポツポツと呟かれるユールの言葉に沈黙で答えるスヴェルドフレム。
その間にも手際良く処置をこなし、鉱石病の痛みを抑える鎮痛剤を医療用鞄から取り出す。
「(サルカズ語)……『サルカズはサルカズを差別しない』」
「『エルデル』は同胞の為に、同胞への援助を惜しまないだけだ」
そう言って鎮痛剤を打った後に、家の周囲の見回す。
「……ここの環境は劣悪だ。例えサルカズと言えど、長く留まればまた別の病を呼びかねん」
「ふっ……ボス。アンタ、鉱石病以外に、恐ろしいもんが、あると思うのか?」
皮肉げな笑みを浮かべるユールに、スヴェルドフレムは淡々と
「かつての時代、我らに降りかかる苦難の中で、鉱石病が最も無害といわれたこともある」
「なんにせよ、対処できるのならばそれをこなしたほうが得だろう」
そう言うと詰まらなそうな顔をしたユールだが、
「……へぇ。所で、あの時言ったこと覚えてるか? ボス」
「……ああ。私の下につきたいという話か?」
それはスヴェルドフレムからすればずいぶん前のように感じた。
そもそもユールと最後にあったのは、この男が隔離部屋に押し込まれるよりも数カ月前のことだ。
その後、組織運営の関係でレム・ビリトンでも活動を行っていた為――クルビアへと戻ってきたのはほんの数日前のことだった。
「……あの時のお前の言葉は何処か薄っぺらく感じたが……今回は本気らしいな」
興味深げにスヴェルドフレムが尋ねると、ユールは頭をポリポリと掻きながら頷いた。
「あんたに出会ってから、故郷を思い出したのさ」
彼は独り言のように告げる。その表情はいつものように笑いはしないものの何処か和らいだ様子だった。
「俺の故郷が、あんな瓦礫の山になったなんて信じられなかった。ひどく惨めで、虚しくてな。だから、俺は忘れるようにクルビアで働いた」
まるで懐かしむように目を細め、静かに語る――その顔に暗い影はない。その目は前を見据えていた。それは彼が初めて見せた顔だったかもしれない。
スヴェルドフレムはその変化に驚き、同時に嬉しく思った。
そして彼は静かに告げる――それは彼の決意であり覚悟の表れでもあった。
「いつしか俺はカズデルの景色を思い出せなくなった。それで良いと思った。俺はクルビアの開拓民なんだ、一族の奴等も同じ気持ちだろうってな」
「……鉱石病を隠す暮らしにも慣れたと思っていた。もう何十年もそうしていたから、このまま暮らせると思っていたんだ」
「けど、クルビアでも俺たちはただの流民で、働いても貧しいままだ。一族についてきたサルカズの同胞への迫害も変わらなかった」
「こうしてこの小屋に隔離されて、改めて俺は――この大地を恨んだ」
「けど仕方ないって諦めてたのさ、俺は。慣れちまったんだ、慣れるしかなかったんだ。……こうして腕に石ができるまではそう思ってた」
「鉱石病がバレてからは、それまでの場所よりもクソみたいな開拓地送りにされて、症状も進んじまった」
「で、あんたのことを思い出した。あんたには力がある。意思がある。……俺たちが忘れちまった怒りを、持ち続けてる」
「今日……治療してる所を見て、あんたについていきたいと思った。俺たちは慣れちゃいけないんだ、この大地の悪意に」
「それを思い出させてくれたアンタに……感謝を伝えたかった……それだけさ」
そう伝えたユールの言葉に、スヴェルドフレムは目を細めた。
「どうやら、お前の身に起きたあらゆる変化は、良い方向にもたらしたらしい」
「もとより同胞の願いを断りはしない。……『エルデル』は同胞を歓迎しよう」
「だがひとまずは、鉱石病の進行が落ち着いてからだ……小屋からの引越しも考えなければな」