先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
「ボス。アンタ……サルカズがクルビアで本当に受け入れられてると思ってんのか?」
クルビアで活動を始め、十年程。
「エルデル」のクルビア圏内の活動は順調に進んでいた。
同じく開拓地として注目されつつあるレム・ビリトンにも支部を置き、当初定めた「エルデル」としての役目を十分に果たしていると言えるまでになった頃。
きっかけはサルカズ戦士の言葉だった。
「……彼奴等が愛想よくしてんのは、俺達傭兵が、サルカズが都合の良い武装組織だからだろ?」
「異族共のサルカズへの扱いが、こんな生温いもんじゃねぇってのは……アンタもよく知ってるはずだ」
「ここに本気で居座るつもりか? ぬるま湯につかり過ぎて頭もふやけちまったのか?」
疑問。慟哭。
怒りを伴ったサルカズ戦士の意見に……スヴェルドフレムは不満を吐き続ける男から視線を外さずに口を開いた。
「そうだな。少なくともサルカズが受け入れられる日など……あと百年は来ないだろう」
「この都市の人々のサルカズへの扱いは、他と比べればはるかにマシだ。居座りたくもなるだろう」
スヴェルドフレムは街の景色を一瞥し、男へと視線を戻す。
これまでの活動により、サルカズへの扱いは――表面上は多少なりにも変わったようにも見える。
現に、構成員のうち数人はカズデルではない"家"を手にしたものも居る。
それらは祝福すべき事だろう。
しかしスヴェルドフレムは忘れていない。
「だが、」
「この穏やかな景色の裏で――或いは大地の何処かで、虐げられる同胞がいる限り」
「このぬるま湯に、頭まで浸かるつもりも、骨を埋めるつもりもない」
それは、この大地に根付く差別の現実。サルカズという種族が被る理不尽の具現だ。
隣人がどれほど善人であろうと、ふとした言動にサルカズへの無意識下の差別意識が混ざるほどに、この大地でのサルカズへの扱いは厳しい。
「お前の意見は正しい。私が腑抜けたと疑うのも無理はない。ここには少し……居すぎたようだ」
「この身は同胞の為に尽くすと……違えば私を殺しても許すと……この剣に誓おう」
腰に吊るした、旧いカズデルの軍旗を模した鞘を示す。
尚も沈黙を保つサルカズ戦士から視線を逸らさず見つめる。
「……そうか」
サルカズ戦士の言葉で、張り詰めた緊張の糸が解ける。
「……それがあんたの誓いなら、俺は口出し出来ねえな。……いいさ、あんたに従おう。これまでと同じようにな」
「……この答えで十分か? エーレマイオス」
「ああ。ボスなりの考えも、誓いも聞いたからな。今は満足してる」
名を呼ばれたサルカズ戦士は、臨戦態勢を崩してスヴェルドフレムの近くへと歩を進めた。
「で? これからどうするんだ、ボス」
不意にサルカズ戦士が尋ね、スヴェルドフレムは思考を回す。
「……少し待て。次の報告で、ユールからの報せが来てからだ」
クルビアのある移動都市にサルカズの男と少女がいた。
サルカズの男は、道で転んだリーベリの少女の手当てをしていた。
「……これで良し。もう痛くないか?」
涙で滲んだ少女の涙をハンカチで拭う。
ぽかんと開いた口に飴を放り込むと、ようやく笑顔を浮かべた少女に、安堵するサルカズの男。
恐れられている魔族への扱いを、この少女は幼さ故か知らないようだった。
魔族を知る他の移動都市ならば、こうも容易く少女の手当を行うどころか、近付くことさえできなかっただろう。
この移動都市ではサルカズは魔族と蔑まれるだけであり、争いにまでは至らない程度であるのが幸いと言えた。
それでも他者の目に晒されることを良しとしない男は、リーベリの少女の家の場所を尋ねた。
少女を家の前へと送り届け、少女の目線と重なるように身を屈めた男。
「ありがとう、おじさん!」
「ああ。今度は転ぶなよ」
扉を開け笑顔を浮かべながら、家の中へと戻った少女。
少女が去った後も穏やかな笑みを浮かべていた男だったが、最早用はないと立ち上がり……。
「「ボス」」
二人の男が立ち上がった男に声を掛ける。
「……報告か?」
億劫そうにそう告げれば、二人のうちの一人――サルカズ傭兵が言う。
「ボスが知りたがってた情報……ガリアのお仲間からだ」
ガリアの仲間。
その言葉に沈黙するサルカズの男。
ふと少女の家を一瞥し、無事明かりがついたことを確認すると、二人の男を連れて歩き出す。
「ガリアは……同胞からか? それとも、カズデルからか? グヴェンダ」
グヴェンダと呼ばれたサルカズ傭兵はそれに答えようと口を開き、
「そりゃ……「いいや。情報提供者からだ、ボス」言ったなお前!」
邪魔をしたもう一人であるサルカズ戦士――エーレマイオスに食ってかかる。
「ふっ。お前がいつも勿体ぶんのが悪い」
「ああ? 俺はユーモアの欠片もねぇお前に代わってボスの為になぁ……」
何時ものじゃれ合いを始めかけた所で、
「じゃれ合いの前にまともな報告を聞きたいんだが」
と告げれば、思い出したかのように姿勢を正す二人。咳払い一つしたサルカズ傭兵は、
「こいつが言ったみてぇに、ガリアの情報提供者からでな」
「……ガリアに動きありだそうだ」
サルカズ傭兵の告げたその国の名は、大国ガリア。
コルシカ一世の即位と同時に黄金時代を迎えたガリア帝国。
公用語たるガリア語は、外交官達が自国語よりも話す機会が多いと言われるほどであり、まさに大国と呼ぶにふさわしい国力を有している。
首都リンゴネスで開かれる国際交流の場では、『世界の社交場』と称されるガリア。
ヴィクトリアとリターニアに面しているガリアは、この新興国クルビアの独立にも関わっている。
かつてガリアはヴィクトリアに圧力をかけ、クルビア独立を支援した。
テラ歴1012年にガリアの皇帝、コルシカ一世の戴冠以降――ガリアの覇道は未だ衰えを知らず。
「移動都市が現実のものとなり、大国の多くが大地の至る所で覇権を争っている」
「ガリアだけではない――リターニア、ヴィクトリア、ウルサス、イベリア……これらの国々の目は、テラの大地に向けられている」
我らがこの中で最も注視すべきは、カズデルに近いガリアとリターニアの動きだ。
「かの巫王は強大な力を持つ一騎当千の術師だ。かの巫王一人で、小国ならば容易く滅ぼすことができる程度には」
「ガリアもまた、首都リンゴネスを中心に、高速戦艦を揃えつつある」
「考えうる限りの最悪の事態が起きた場合――」
「――カズデルは再び灰燼と化すだろう」
約百年前のカズデル侵攻により、カズデルと言う国は滅んだ。
魔族の巣窟はテラの大地から消え失せた。
テラの大地の人々はそう思っている。
だが我らは長い歳月をかけ、再びカズデルを再建した。
ヴィクトリアとウルサスの目を搔い潜り、
異族共がゴミだとのたまう廃材を集め、
彼奴らが見向きもしない荒野に運び、
どれほどの労力をかけて、今のカズデルを再建した?
異族共が生まれて死ぬまで――三、四世代程の時間を費やしたのだ。
幸運にも、カズデルは再建された今も、未だどの大国の目にも写らずにすんでいる。
「だが……戦争をきっかけに、カズデルが大国の目に映ればどうなる?」
サルカズを大地に蔓延る害虫とみなし、奴等は今度こそ我らを滅ぼすだろう。
「我らティカズには、帰るべき家が必要なのだ」
「今のカズデルが滅ぶような事態は、何としてでも防がねばならない」
「私の目的もまた、クルビアで果たした以上……次に向かう」
「ガリアのお仲間のことか?」
「それもあるが……。ガリアでの動きとリターニアの雲行きが怪しいとあれば……一度カズデルに戻る必要がある」
カズデル、と聞いたサルカズ戦士が言う。
「戻るのか」
「そうだ。テレジア殿下に、クルビアでの動向を報告しなければならない上に……ガリアの同胞の為に動く必要もある」
それを聞いたサルカズ戦士が辟易したように呟く。
「ったく……辛気臭えところを出たと思えばクルビアに行き、また戻んのも忙しいな」
「……我らの故郷だぞ、もっと喜べ」
「はっ! 今のカズデルなんて、前のと比べれば月と甲獣だろ」
「まぁ、あの炉の煙は……久々に見たいかもな」
カズデル。
我らサルカズの故郷。
ガリアに近いカズデルの地理上、周辺国に気を張る必要があった。
リターニアとガリアの間で事が起こりかねない以上、スヴェルドフレム達が戻るのは必然だった。
この大地を取り巻く大きな流れに、カズデルもまた飲み込まれようとしている。
歴史を語るのは容易いが、この大地を生きる人々にとっては『今』なのだ。
故に我らは……今を足掻くしかない。