先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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時代の幕開け②

 

 スカーモールの支配者たるサイクロプス……スカーアイを前に、双生の魔王の片割れであるテレジアは交渉……説得を試みていた。

 

「周囲の傭兵は撤退させて構わないわ。あなたの事だから、最も頼りになる精鋭部隊をいざという時のために潜ませているんでしょう?」

 周囲にはスカーモールの支配者とテレジアを除き、人の気配はない……ように見える。

 両者の間には――そうした信用も信頼も存在し得ると断言できる程の関係性はない。

「こいつは魔王に対する敬意だ。あの将軍を除いて、あんたの本当の考えを理解できる奴なんていねぇからな」

 スカーアイの語る「敬意」がこの密会の結果を左右する訳では無いが、テレジアはその敬意を認めた。

 

「あの辛勝の後、私たちは一からあの移動する都市を建てた。あれはサルカズの土地をもう百年余りも走り続けている……」

 

「地平線ではとうに嵐が渦巻いていたというのに、私たちは気付くのがあまりに遅すぎた。まるで、いつまでも立ち上がって歩き出すことの出来ない老いた駄獣のようにね」

 

 それが何を指すのか、スカーアイには理解できた。

「リターニアとガリアの例の戦争のことだな」

「ええ。戦争が今どの程度まで発展しているかは、きっとあなたの耳にも届いているんでしょう」

 

「客観的に見て、これらの国家が持つ力は、百三十年余り前に私たちがカズデルのすべてを尽くして勝利した敵よりも遥かに上よ」

 

「あの時ですら、多大な犠牲を払ってやっと得た勝利だったわ。もし今のカズデルが当時以上の窮地に追い込まれたとしたら、どんな結果が待っていると思う?」

 

 ――テラ歴1029年夏。

 動員完了したガリアがリターニアに正式に宣戦布告。

 先鋒部隊が殲滅されたことをきっかけに、ガリア対リターニアの戦争が開始。

 翌年である1030年、ヴィクトリアのフレデリック三世が議会にて参戦を決定。

 これにウルサスも参戦を決定し、四皇会戦へと発展。

 

 テラの大地における「戦争」の定義は、今まさに変わりつつある。

 どの大国の目に写っていないカズデルと言えど、この大きな流れに飲み込まれない保証は無い。

 

「それで、あんたらはその『カズデル軍事委員会』とやらを作りたいと」

「街での贅沢な生活を手放したくねぇ旧王庭派の連中は、自分たちが享受してる特権をあんたらが侵そうとしてる、なんて見当違いの不満を抱いてるぞ」

「それで、ここのどこにあんたのような御方がわざわざ足を運ぶ価値があんだ? スカーモールも底辺の人間が楽しみにふけって暮らしてる、一種の『王庭』だとでも?」

 その問いに、テレジアはただ微笑みで答えた。

「殿下、そいつはつまり『脅迫』と『粛清』をやろうってことか?」

 旧王庭派の処分の是非を尋ねるスカーアイに、

「すべてを根絶やしにする必要はないわ」

「それにこの仕事は、……私の信頼する彼らにもお願いするつもりよ」

 

 テレジアは否定しなかった。

 

「スカーモールは王庭のようにはいかねぇぜ。俺らは利益で結びついてるだけだからな。金がなけりゃ、俺も連中を説得できないぞ」

「……報酬? 昔、スカーモールは無数のサルカズの戦士に庇護と生存の道を提供している、なんて言っていたわよね……でもこの深い谷には、あなたが彼らの骨を噛み砕く音がずっと響き渡っているわ」

「スカーアイ。あなたもサルカズ。カズデルの一部なのよ」

 テレジアの言葉にスカーアイは答えなかったが――しかしその感情は、彼女の戴く黒い王冠の下にさらけ出されている。

 テレジアが彼の感情に見たのは、狂気と血への渇望のみだった。

「……はっ」

「それを知っていてなお、異なる種族を無理に一つにまとめて『サルカズ』と呼んで、『カズデル』なんていう巨大な的を建ててやる必要があるのか?」

 テレジアは答えず、ただ微笑みながら目の前のサイクロプスを見つめただけだった。

 あぁ――「スカーアイ」はふと気付いた。

 目の前にいる魔王は、いかなる王庭にも属さず、特定の血統を象徴する存在でもなかった。

 彼女は、カズデルという概念が築き上げられることを信じておらず、そのために罪を犯すサルカズたちを、ただ言葉で諭そうとしているに過ぎない。

 

 ……だが、そんな彼女が、あの惨劇を越え、彼が目にした結末から逃れることなどできるのだろうか?

 

 そんなスカーアイの疑問を遮るように、テレジアが告げた。

「あなたはさっき、カズデルは的だと言ったわね。それで、あなたたちは別の方法を用いて大地の諸国に取り入りたいと」

「それじゃあ、あなたは遠見でカズデルの破滅を視たのかしら?」

「私の死、テレシスの死、それとあなたが腹立たしく思うものの破滅は視たかしら?」

 

「……あなた自身のことは? あなた自身の死はどのような景色だったかしら? 鉱石病の苦しみの中で命を失う? それとも異郷の地の戦場や、陰謀に溺れて逝くの?」

 

「ここを離れ、今のカズデルを見たことはある?」

「あなたは本当に『未来』を見たことはあるの?」

 スカーアイは、テレジアの言葉の答えを用意しなかった。

「……俺の予言は安売りしねぇんだ。もちろん、あんたになら割引を考えなくもないがな、殿下」

 仮面の下の感情が曝け出されていることは承知の上で、サイクロプスは答えた。

「良い度胸ね。どうりでこの不毛の地で傭兵の楽園を再建できたわけだわ」

「でも、予言は結構よ」

「予言と運命には何の価値もないもの」

 そう言うと、テレジアは最後の挨拶を告げた。

「もうこんな時間ね、あなたたちがカズデルに戻るその時を楽しみにしているわ」

 

 彼女が去るのを見送り、足音も聞こえなくなってから、「スカーアイ」はようやく息を吐き出した。

 

 ほとんどのサイクロプスは、一度は己の目に映った運命に抗い、災厄や死を阻止しようと試みるものだ。

 しかし結局のところ、自らの行動こそが引き金となり、運命を早めてしまったことを思い知らされるのだった。

 

 つまるところ、スカーアイは己の死に怯えていた。

 ――彼は今朝にはもう、棺の用意まで終わらせていたのだから。

 

 

 

 

 

 スカーモールの裏出入り口付近にて、テレシスは片割れに尋ねた。

「先ほどから何故黙っている、テレジア」

「迷っているのか?」

「いえ、あなたならば成し遂げてくれると信じているから。戦争議会の再編も必至だと思う、ただ……」

 テレジアの目は、このスカーモールを離れ、既にカズデルへと向けられていた。

「あの都市の未来について考えていたのよ。戦火はガリアに留まりはしない。私たちの歩みは随分と遅れているわ」

 

 コルシカ一世の配下には無敵の巨艦と近衛隊がおり、リターニアの狂気の王がガリアの先鋒を打ち砕いたのは、彼のアーツの力によるものだけではない。

 

 そしてウルサスとヴィクトリアが大規模な戦争の中で見せた工業力は、双生の魔王の想像をはるかに超えていた。

 

「いまだ百余年前の例の大戦と現在の戦争を同列に認識しているのであれば、それは戦争が帝国や強権を育む速度をあまりに見くびっているというもの」

「つまり、これこそ我々が軍事委員会を必要とする理由だ」

「理由はそれだけじゃないでしょう、テレシス」

「……わかっている」

 来たる日が訪れた時、サルカズが生き残るためには、あちこちが軋む脆い都市だけでは――。

「まるで足りないわ」

「ケルシーと一緒にこの都市の計画を立てていた時、私が提案したことを覚えている?」

 

「やがて訪れる危機に備えてカズデルに力を付け、サルカズを万年苦しめてきた飢えと疾病の解決を試み、全テラに向けてメッセージを発信するの――」

「未来が来たらんとする時、私たちは共に立つべきであり、サルカズもまたテラの運命の一部なのだ、と」

 テレシスが彼女の考えを聞くのはこれが初めてではない。

 幾年も前にカズデルの移動都市建設に参画した後に去っていったあの緑髪のフェリーンを除けば、この魔王の真意を知る者は彼ただ一人だった。

「覚悟はできているのか?」

「当初の私の回答のように、そなたに反対する者は他を顧みる余裕がない国々だけでなく、カズデル自身、そして恨みを捨てきれぬサルカズをも含むのだぞ」

「その者たちに妥協や諦めを強いるのは残酷だ。サルカズに対する迫害は過去形で表すものではなく、歴史でもない。いまだ多くの者たちが古き恨みを抱きながら、今日まで生き延びてきたのだ」

 覚悟を問うテレシスの言葉に、テレジアもまた意志を告げる。

「私は魔王よ。すべての責任を負い、彼らに生きる道を指し示さなければならないの」

「……よかろう」

「ならば、望むようにやればよい」

 そう告げたテレシスの表情は、肉親に向ける柔らかいものへと変化していた。

「テレジア、やはり私はそなたの考えに賛同できぬ。しかし、そなたの決定を支持しよう。未来の軍事委員会も同じように支持するであろう」

「そなたの視線が、足元を顧みられないほどに遠くを見据えているのであれば、私が歩みを阻む障害をすべて取り除こう。これまでと同様に」

「ええ」

 テレシスは君主守る剣として、テレジアはサルカズの君主として。

 かつて互いに平等であることを、己の道を定めた。

「行こう。帰る頃合いだ。これよりカズデルに起こるであろう事態には、まだ我らが必要なのだから」

 二人の目はサルカズの故郷、カズデルへと向けられる。同時に、テレジアがふと思い出したように告げた。

「そういえば、スカーアイが去り際に、またあの予言の話をしたわ……」

「悲観的な運命の予言を」

 その言葉にテレシスは動じることなく、片割れに尋ねた。

「そなたの考えは?」

「気にしていないわ」

「私もだ」

 

 

 

スヴェルドフレムは、眼下の光景をどう始末するか悩んだ。

 指令を受けて王庭軍の一部隊として紛れ、ある貴族を殺害することがスヴェルドフレムの命だった。

 スヴェルドフレムが信頼する部下達と共に屋敷に踏み入り、その命を絶つことには成功した。

 無抵抗だった者は命までは取らず、あくまでもこれは関係者のみ粛清対象と見なされていたからだったが、既に屋敷の中は空だ。

 とは言え、至る所に抵抗の跡は残っており、血の匂いも隠せない程には漂ってしまっている。

 スヴェルドフレムとしては「汚く殺す」つもりも、『綺麗に殺す』つもりも無かったが、「粛清」という面からやはりそれ相応の戦闘はあった。

 あとこの屋敷に残っているものは、スヴェルドフレム達が私怨を持つ貴族一人。

 偶然だったが、粛清対象に含まれているそのもう一人の貴族がこの屋敷を訪れていた。

 既にその身は拘束され、まな板の上の魚のように生殺与奪の権を握られている。

 ……偶然だといったが、この命を下した本人はそれすらも知り得ていた可能性が高い。

 ――もしあなたの想定外が起こり得たとしても、私はあなた達の行動を許すわ。

 あの王冠の下では、サルカズは一切の隠し事を許されない。テレジア殿下は語らず、ただ頷きを見せた。

「……やはり、貴方は恐ろしいお方だ。テレジア殿下」

 復讐するも良し、放置するも良し……否、スヴェルドフレムがしなくとも、この貴族の命は刈り取られるが。

「わざわざこのような機会を下さるとはな」

 そうしみじみと呟くスヴェルドフレムを遮り、喚く部下の一人がいた。

「*サルカズスラング*! ボス、良いよな、はやく! こいつのせいで俺は……! おい聞いてんのかボス!」

 あまりにも興奮している為か、『隊長』呼びではなくいつものボス呼びになっていることに、本人は気付いているのだろうか?

「……そう急ぐな、グヴェンダ」

 グヴェンダ、と呼ばれた元サルカズ傭兵は、王庭軍の鎧に身を包みながらも、元の荒々しい雰囲気が滲み出ていた。

 今のサルカズ傭兵は、かつて己の右腕を『娯楽』で落とした仇を前に冷静では居られていないらしい。

 ――やはりこいつは「■■」には向いていないな。

 ――とは言え、奴の立場を考えれば……そう否定できん。

 内心そう評価を下しながら、溜息を吐いたスヴェルドフレムは、

「……いい加減黙れ、グヴェンダ。そのまま喚くつもりなら、てめぇの顎を切り落とすぞ」

 長らく使っていなかった傭兵時代の口調で言えば、ピタリと止んだ。……彼がこの口調を使う時は、『二度目はない』の意味だからだ。

「……お前が騒がずとも、テレジア殿下からお許しは頂いている。正当性のある復讐を、私は否定しない」

 そう説得を終えた所で、スヴェルドフレムは眼下に縛られたまま転がされている貴族に目を向ける。

「さて……(あるサルカズ貴族の名前)。貴様の罪を、我らはとうに知り得ている」

「今のカズデルで、百年前の功績で堕落した生活を送る貴族が、どれ程居るか知っているか?」

「少なくとも貴様のような貴族は、今後生まれることも、生き長らえることもあるまい」

「ああ……それと貴様には、魔王殿下を害した罪もある。魔王に剣を向けるとは、サルカズの恥だな」

 長々と口上を語りながら、お膳立てされたこの任務について考える。

 そもそも、この場にいる部下は今回の貴族に恨みを持つ者だけで構成されている。

 長年の鬱憤、貴族への恨み、闘争への渇望……ここの所、「穏やかな」任務が多かったからか、そうした気質がある者達から文句を言われることが多かった。

 あくまでも文句だけで、行動を起こすまでには行っていないことが救いか。

 とは言え、不満はたまる。消えぬ憎しみの炎というのも……また存在する。

 今回の任務は、何もスヴェルドフレムが受ける必要はなかった。だが、彼らにそれを告げた時……確かにその眼には、消えぬ炎があった。

 スヴェルドフレムの中にある消えぬ炎は、最早永遠に消すことの叶わないものだ。

 だが、彼らの中にあるものは……少なくともこの炎だけは、叶うかもしれない。

 まぁこの貴族の場合、彼ら以外にも多くの「被害者」がおり、「粛清した場合の利点」から選ばれたのだが。

 そして同時に、平民や貧民を気紛れに娯楽と称して害するこうした貴族の多くは、未だ存在している。

「サルカズの恥たる貴様は、最早同胞とは呼べぬ」

 スヴェルドフレムは、そうしたサルカズを、同胞とは認めない。

「これからのカズデルは、貴様らのような旧い王庭貴族の力は最早必要ないのだ」

 

 

 





「*サルカズスラング*、街でいったい何が起こってるんだ?」
 おびえていた奴隷は、スカーモールから無事逃げ延び、平民街付近にある住処へと戻ってきた。
「どこの家も扉を開けっ放しで、ボロボロの家具が散らばってやがる……」
 周囲を見回す奴隷に、声を掛ける平民がいた。
「プルタブ!? 帰ってきたのね!」
「お前か、久し振りだな! なにやってんだ? その抱えてる彫刻はどうしたんだ?」
 何一つ知らない奴隷……プルタブに、平民は事情を教える。
「街で大変なことが起きたのよ。あまり見かけない王庭貴族が、急にやって来た傭兵に囲まれて殺されたの。でも街の衛兵たちは知らぬ存ぜぬって感じでさ」
「それで、空き家になった貴族の家からこっそり色々拝借しちゃってるってわけ!」
 そう言って戦利品を自慢する平民。
「にしても、よく生きてたわね? 街を出て生きる道を探すって聞いたけど……もう野垂れ死んでるだろってみんなで言ってたのに」
『あの』スカーモールから生き延びた奇跡に驚く平民に、プルタブは自慢げに語る。
「へへ、運が良くてな。まだ死ぬなってことだろうよ。飢えと渇きで死にかけたかと思えば、スカーモールに連れて行かれて……結果どうなったと思う?」
 
「なんと、テレシス将軍に命を助けられたんだぜ! そんで帰り道で今度はトランスポーターを自称する光輪付きに出くわして、そいつが都市の外まで護衛してくれたんだ」

「だから、その幸運にあやかって今日から俺は『グッドラック』って名乗ることに決めたんだ。これまでのへぼい名前は忘れてくれ」
 そんな嘘くさい自慢話に、平民の目が胡乱げなものになる。
「チッ、光輪付きってサンクタ? というか将軍に助けられた? 嘘がうまくなったわね、『グッドラック』さん」
 呆れた目を向けられても、プルタブ……『グッドラック』は凹まなかった。
「信じる信じないは好きにしろよ。とにかく今日から俺はやり直すんだ。まずは鉱員になって――」
 『グッドラック』は一通り夢を語ると、周囲をもう一度見回す。
「里帰りっていいもんだな」
 グッドラックが通りでごった返す人々を一瞥する。   
 見慣れた生活がそこにはあった。
 彼が生きたいと思えば、この都市は彼に生きる道を与えるだろう。


※本文の後半空欄部分に血生臭いオマケ描写あります
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