先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
……魂の溶炉に火が入って百余年。
戦争があった。天災があった。移住も、放浪もあった。
ティカズの時代より、サルカズが背負い続けてきた苦しみは、何一つ途絶えることがなかった。
レヴァナントの憎しみは衰えることなく燃え盛り、真に消え去ることはなかった——。
大地がサルカズのものであったときから、サルカズは生まれ、そして死んでいった。
ティカズはサルカズとなり、同胞の裏切り、大地への憎しみを募らせながら歴史を重ねてきた。
彼らの目に映る「カズデル」もまた、時とともに移り変わる。
昨日、馴染み深かった景色も、記憶も、明日にはまるで別のものに変わっているかもしれない。
しかし、魂の溶炉だけは違った。
時代がどう流れようと、変わらずそこにあった。
この地の記憶に刻まれ、サルカズたちの心の奥底に残り続けてきた。
「故に、私たちは『カズデル』を故郷とし、『炉』はカズデルを指した。溶炉がある場所——『カズデル』こそが、彼らの、そして私たちの故郷なのだと」
「……炉がこれほどまでに燃え盛るのはいつぶりかしら。この距離でもレヴァナントの雄叫びが聞こえるわ」
テレジアは燃え盛る魂の炉を見つめながら、そう呟いた。
激しい風の唸り、空を厚く覆う雲。
雨風に紛れながらも耳に届いているその音は、彼方より迫る雷鳴。
テラの大地では、「天災」と呼ばれる現象が頻発している。
暴風や雪害、豪雨、洪水のみならず隕石の落下までも含むそれらの現象。
天災の発生率は非常に高く、規則性を捉えるのも難しい。
多くの文明が全都市から民衆を移動させることで天災を避けている。
天災が通り過ぎた後は源石がよく残されている事が知られていた。
やがて研究により、天災は源石の媒介者だということが明らかになった。
――その荒ぶる自然の猛威、「天災」がカズデルを呑み込まんと迫っていた。
否。より正確に告げるのならば、
「この都市はまもなく、天災目がけて全速前進する……」
「ネツァレムの援軍が駆けつけるまで、カズデルが再び天災を乗り越えるまで持ちこたえさえすれば――」
「テレシス、この都市の運命はどうなると思う?」
そう語るテレジアの隣には、片割れたるテレシスの姿があった。
「率直に言えば、現況を乗り越えられる希望は極めて小さい」
「カズデルが前回、命からがら天災をかいくぐったとき――移動構造はほぼ麻痺し、この巨物に再び全速を取り戻すだけでも十年近くを費やした」
「しかしそれでも、鉱区と城壁に蔓延する結晶の密林をこの都市から取り除くことは叶わず、結果として我らの長年にわたる都市計画は水泡に帰した」
「この都市が、まださらなる惨劇に耐えられるかはわからぬ。幸運というものは二度も続けて訪れぬゆえ」
何処までも現実的なテレシスの意見に、テレジアは薄く微笑んだ。
「私はこの都市を信じているわ、テレシス」
「幸運が訪れようが訪れまいが、この都市は私たちが手ずから築き上げたものよ。私は見捨てない」
――テラ歴1068年、リターニアの選帝侯の一人が、それまで日の目を浴びていなかった魔族の都市――このカズデルを見つけ出した。
一人の選帝侯の野心により、カズデルは危機へと晒される事となる。
それは「リターニア」という国がカズデルに牙を剥いた訳ではなかったが、それでも選帝侯の一人が持つ軍事力は侮れない。
派遣された艦隊は未だ発展途上のカズデルにとっては驚異的な兵力差があり、「移動都市カズデル」は撤退を余儀なくされた。
そして、テレジアは一つの決断を下した。
それは、迫る「天災」から逃れるのではなく、突き進むという狂気の沙汰。
この決断を、ヴァッサー領選帝侯が後日、なぜ失敗したかを評価した際、蔑むような語り口で説明した。
「天災に突っ込み自害しようという狂人どもが幸運を拾ったに過ぎん」
…………。
……。
「ナハツェーラーの王が築き上げた防御線は、かの戦艦の阻止に至った。だが、今も尚リターニアの兵は健在であり、完全な撤退にまでは至っていない」
「故に、私たちがなすべきことは、お前達もよく理解している筈だ」
始めは仰々しく喋っていたサルカズの男は、リターニアの兵が戦艦に引きこもっている様子を遠目から確認すると、舌打ちを鳴らした。
「ちっ、*サルカズスラング*。強欲な鹿めが……」
何時もは真面目に役をこなすサルカズの男も、流石の連戦で疲れ切っており、雑な対応になっていた。
その様子を部下達は「苛立ってんなー、ボス」と思いながら指示を待っていた。
やがて視線を戻したサルカズの男は、
「
「捕虜は捕るな。逃げた奴は放っておけ。リターニアのクソ共は殺せ。以上だ」
…………。
……。
「この軍艦の轍のそばに立ってみると、我々の矮小さが際立つな」
「そうね、驚くべき軍事兵器だわ」
放棄されたリターニアの戦艦の一つへ近付いたテレジアとテレシスは、「移動都市カズデル」とは比べ物にならないこの戦艦を見て語る。
「たった今変形者から返ってきた情報によると、地平線からこちらをにらみ付けていた軍艦は、すべて減速し始めているそうよ」
「彼奴らは諦めたのか?」
「いいえ。選帝侯は引き続き追撃せよと命令を下している。でも艦隊の指揮が減速命令を下したみたい」
「彼奴らの現状の前進速度からして、決戦は夕暮れ時だな」
「……十分よ、これだけ時間稼ぎができればね」
テレジアは振り返り、荒野で絡み合いながら勢いを増していく二つの嵐を見つめ、あの巨大都市の影を探した。
しかし、視界には何も映らない。カズデルは今、どこまで進んだのだろう?
まだ嵐の中を進んでいるのか?
避難所に身を寄せた住民たちは無事でいられるのか?
「二つの嵐が寄り合って、私たちの退路は完全に塞がれたわ。何がどうなろうと、決戦は避けられない……テレシス?」
ふと、何かに囚われたかのように何処かを見つめるテレシスへと声をかける。
「あなたが戦場でほうけるなんてね」
「……あれは何だ?」
「テレシス……?」
「あれは……」
嵐が怒り狂っていた。
幼子が年長者に向かって声高に挑みかかる。
生まれたばかりの嵐が雷鳴を伴いながら、瀕死の嵐へとぶつかる。
乱れた気流が二つの嵐の間で交錯し、やがて溶け合っていく。
狂乱が静寂を生み、その交わる地点には長き道が形作られる。
閃光が走り、雷鳴が大地を揺るがした。
「テレジア、いざ行かん。嵐によって道が拓かれた。生き残った者は別の道を選ぶこともできよう」
「行きましょう。みんなで」
彼らの命令はたちまち変形者によってその場のサルカズ全員の耳へと届けられた。
「……テレシス、見える?」
嵐のうなり声の中、幼い頃に見た夢の中の風雪の音が二人の耳に届いたようだった。
彼らは見た――。
……予言。
嵐の中央に痩せ細った影が現れた。
テレシスは一人の子供の姿を目にした。
テレシスはガントレットを外し、素手を煙の中へと差し入れた。
煙は散り、血で赤く染まった彼の手が子供の石の刃を握る。
小さな獣のような子供は、ひどく曖昧な発音で敵意を露わにし威嚇してみせる。
「この子は誰からも言葉を教わったことがないのね。通りがかった人たちの言葉を真似ているだけみたい」
テレシスは沈黙したまま、小さな命を見下ろす。
「……テレシス?」
やがて、子供の手のナイフを正しい形に握らせた後、告げた。
「いいだろう。我らと共に来い。サルカズの家は荒野にはない」
「名前はあるのか?」
「ならば、これよりお前に新たな名を与える」
「アスカロン」
主人公くんはすごく苛立つと傭兵時代の言葉遣いになります。荒っぽくなります。
この時は連戦の疲労と「エルデル」の連日の活動、嫌いなリターニア相手なのでめちゃくちゃ機嫌悪いです。
元は上流階級の生まれですが、テラの大地で生きるうちに歪んだ結果こうなりました。
これでも奥さんと出逢う前とは比べ物にならない程良くなりました。奥さんに色々注意されたので直しました。
まぁ奥さんを亡くしたあとは荒れまくったけど子供のためにと立ち直った過去があります。