先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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生まれ出た道②

「先生、あれ見て! 溶炉がまた燃え始めた!」

 興奮したサルカズの女は、燃え盛る溶炉を見てバベルの医者にそう叫んだ。

「う、動いてる? 都市がついに動き出したの? 痛っ……」

 興奮のままに立ち上がりかけ、痛みに身じろぐサルカズにバベルの医者が注意する。

「ちょっと気をつけなさい! 手当てしたばかりの傷が開いちゃうわよ……」

「先生、急いで溶炉を見に行かないと。炉が再び燃え上がって、カズデルは歩みを止めてない。つまり……」

 興奮するサルカズは、高揚を抑えきれずに言った。

「リターニアのならず者たちは、私たちを殺せなかったんだ!」

 その言葉に、バベルの医者の動きが一瞬止まる。

「あっ、えっと、あんたのことを言ってるんじゃないよ、先生」

 興奮するサルカズはハッとしたようにそう言い、手当てされた傷を抑えながら、バベルの医者の手を握った。

「一緒に見に行こう。あんたも生き残った戦士と同じ栄誉を分かち合うべきだよ」

「私は……サルカズじゃないわ」

 そう告げる医者の反応も構わずサルカズは言った。

「今は誰もそんなこと気にしないよ。先生、あんたたちだって英雄なんだからさ」

「両殿下の指揮下でゴリアテが支える傾いた溶炉を、壊れたコアをハンマーで直す時の空に舞う火花を見に行こう!」

「バンシーの挽歌だって聞けるはずさ。そして死んだ英雄の亡骸は炉に入れられて薪になるんだ!」

 バベルの医者の手を取りながら、サルカズは語る。

「これまではサルカズしか参加できないようなお祝い事だったかもしれないけどさ、今はもう違うんだから!」

「行きたいところだけど、今夜はまだ多くの負傷者が手当てを待っているから」

 医者の言葉に、サルカズは溜息を吐いた。

「……はぁ、わかったわかった! じゃこうしよう。こっそりお酒と新鮮な果物を持ってくるから、ここでささやかなお祝いを……」

「だとしてもダメ。外傷はともかく、鉱石病の病状はもっと深刻なんだから! それにあなた、お酒全然飲めないでしょ!」

「はぁ……まいったわ。一人でお祝いに行ってきたらいいじゃない」

 まるでめげない怪我人の姿に、手を焼いたバベルの医者は溜息を吐いた。

 バベルの医者をものともしないその怪我人は、

「あんたがいないと、いまいち盛り上がりきれないんだよ」

「……でも……私はリターニア人よ」

「とにかく、一人で行けばいいわ」

「前線で戦う兵士がリターニア人と仲良くしてくれるなんて思えないもの……」

 そう告げたバベルの医者に、サルカズの女は過去を振り返る。

「そりゃあ私だって、小さい頃に父さんがリターニア人に下水道の入り口に吊るされて辱めを受けてた時は、まさかキャプリニーのお医者さんと仲良くできるなんて思わなかったさ」

「あの時、私たちに優しくしてくれたのは、感染者か貧しい連中だけだったからね……」

「さてと、これ以上ダダはこねないよ。ちょっと見たら戻ってくる」

 そう言って、軽快に去っていったサルカズの女を眺めながら、バベルの医者は呟いた。

「まったく……ここしばらくの間で、どうしてサルカズは誰も彼もこんなに軽口を叩くようになったのよ……」

 そう呟いたバベルの医者には、穏やかな笑みが浮かんでいた。

「とにかく、ふぅ……カズデルが動き出したなら、何もかもいい方向に進むはず」

 

 そうしてバベルの医者は医療テントに戻ろうと踵を返したところで、ふと気付いた。

 アーツによるものと思われる火傷を負ったサルカズの男が、ふらりと立ち寄っていたことに。

「リターニア人がやったんだ。俺の息子は死んだよ。あいつらは俺の目の前で、息子を生きたまま焼き殺しやがった。生き残ったのは俺一人だ」

 錯乱しかけている男に、医者は冷静に告げる。

「……傷を見せて」

「生きたまま焼き殺されたんだ。あいつはずっと叫んで、悲鳴を上げてたよ。アーツで宙ぶらりんに浮かされて、焼け死ぬ姿を全員に見せつけながらな」

「兄弟も、隊長も死んだ。リターニア人が高い所に陣取って優位な立場から見下ろしながら、アーツユニットを高く掲げる姿はまるで……」

 精神が錯乱しかけた様子のそのサルカズは、医者が隅に置いていたリターニアのアーツユニットを見つめている。

 彼女がすでに見捨てた故郷、それはいまだ象徴的なシンボルマークという形でアーツユニットに刻まれている。

 医者はそのサルカズから敵意は感じなかった。

 しかし傷口を覆う服をめくると、彼女は悪寒を覚えた。

「あなた、医療キャンプに武器を持って……」

「外の警備はどうしたのかしら……手荷物検査は……?」

 サルカズの男は答えず、ただ行動で意思を示した。

 

 ――ある医療テントの明かりが、ひっそりと暗くなったことに気付く者は居たのだろうか。

 

 

 

 

 テレジアは一人のサルカズの男を前に、たたずんでいた。

 サルカズの男のうわ言を耳にしながら、同時に王冠の下でその感情をも暴いていた。

「……あなたは一人の医者に危害を加えた。カズデルのために何年も尽くしてくれた鉱石病の医者をね」

 錯乱したサルカズの男は、聞く耳を持たなかった。

「カズデル? 医者? いえ、殿下、きっと何かの誤解です」

「私はリターニア人にしか手を上げませんから」

 そう告げたサルカズの男を、同じく見ていたテレシスが尋ねた。

「テレジア。此奴の感情を感じたか?」

「苦痛、混乱、狂気。彼は痛ましい記憶をすべて避けて、自らを狂気へと追い込んでいる」

「自分がどんな罪を犯したのかさえわかっていないわ」

 

「衛兵は他のサルカズと殴り合う此奴を発見したそうだ。割れた酒樽からこぼれた質の悪いアルコールに火がつき、それは医療キャンプ全体にまで燃え広がった」

 

「……駆けつけた部隊による消火活動によって、火は収まったものの……」

 言い淀んだテレシスの後を、テレジアが語る。

「医療物資のほとんどはその火事により焼失……負傷者の中には火傷による後遺症が残ると言われた者も多い。……その中には、『バベル』所属の医者である彼女も含まれているわ」

 

「皆が魔王の答えを待っている。だがそなたに手を下させるわけにはいかぬ」

 

「テレジア、私に――」

 そう告げかけたテレシスの言葉を、テレジアが遮る。 

「いいえ。……この任は、志願した彼に」

 そう言ったテレジアの視線は、後方に控えていたあるサルカズの男へと向けられた。

「……両殿下。どうかその者の処罰は私めに」

 双生の魔王へと傅いたサルカズの男を、テレシスは知っていた。

「スヴェルドフレム。そなたがこの任を負うと?」

 問うたテレシスの言葉を、サルカズの男は肯定した。

「はっ。……我が身が剣である限り、抗う理由などございません。この剣は、殿下の御心が望むままに振るわれましょう」

 その言葉に秘められた意図を察したテレシスは、テレジアの忠臣を褒め称えた。

「……そうか。そなたは、このカズデルの現状をよく理解しているようだ」

「ならば良い。此度の任、そなたに任せよう」

 

 ――殿下、将軍、私はリターニア人に勝ったんです。そのためにすべてを捧げたんです!

 ――なぜです、私は何か間違えたのですか? 殿下!

 

「――奴を連れてゆけ」

 

 テレジアは連れられていくサルカズの罪人を見つめながら、彼の経歴を思い出した。そして今回の件の裏側についても。

 

「彼はアーツがほとんど使えないはずなのに、守衛たちはアーツによる催眠を受けていた……背後で扇動している者がいるわ」

「軍事委員会は一人紛れ込んだよそ者を洗い出すためだけに、いま一度苦難を乗り越えたサルカズたちを調査したりはせぬ」

 テレジアの意図を悟りながらも、テレシスは警告を口にする。

「そして、バベルもそうであることを望む」

「そうするよりほかない。戦争はたった今終わったばかりなのだ」

「思うに、しばらくの間、バベルはいかなる軍事行政にも参与せぬ方がよかろう」

 そうしたテレシスの提言に、テレジアもまた次の行動を決意した。

「……それなら、バベルの活動可能な範囲を定めるわ。医療、教育、科学技術分野での建設――バベルはこれらに集中して取り組む」

 

「うむ。軍事委員会の彼奴らに対する保護は依然有効である。しかしできるだけ衝突を避けることが上策であるのは間違いない」

 

「募った恨みはいつの日が爆発する。一度その時が来たなら、たとえ我々でも……たとえ私でも打つ手はなかろう」

 

「とにかく、カズデルはできるだけ早く変革を迎える必要があるわ。だからこそ私たちはいち早く……源石がもたらす問題を克服しないと」

 

「だがそれであらゆる問題を解決できるわけではない、テレジア」

 

「そんなの、初めからわかっているわ、テレシス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 件の事件から数日後。

 スヴェルドフレムは、隣に立つ部下に吐露した。

「あの同胞の処罰を引き受けたのは、俺なりの慈悲……同情と言えるだろう」

「へぇ。そりゃまた、珍しいな、ボス」

「……とは言え、これもただの感傷に過ぎん。結局、俺の行いは、かつての傷を抉るようなものでしかなかったがな」

「ん? 詳しく語る気はないのか? ボスの昔の話ってのも悪くはねえと思うんだが」

「……はっ。俺の部下に話したが最後、酒の肴に言い触らされるのがオチだろう。てめぇらにゃ話さねぇ……こいつは決定事項だ、諦めろ」

「ちっ。無駄に気になるような事言うボスも悪くねぇか?」

「聞きたければ単独で俺に勝つことだ。以前のようなズルはするなよ? 罰として拷問訓練で爪剥がすからな」

「げぇ……。容赦ないな、あんた」

 

 そう話していたスヴェルドフレムだったが、暫くして、ふとした瞬間に話題を切り出した。

 

「……今回の件について」

「罪人の男の処罰もそうだが――」

 

「軍事委員会から今回の死傷者に関する報告が届いた。その中には子供も多く、ほとんどが学生だったという」

「生き残った子らの両親も、バベル所属の異族の教師に預ける気はないようだ。……もっとも、バベルに属していた多くの教師も、恐怖心からすでに去っているのだが」

 

「……事件から数日経ったとは言え、それらの痕跡は未だ多く残されている」

 

「鼠退治までは行かずとも、足跡までは追えるだろう」

 それを聞いた部下――グヴェンダは、視線をスヴェルドフレムに戻した。

「へぇ。そいつは中々、滾るな。奴さんの見当はついてんのか?」

「……薄っすらとは。だが、奴等の目的が掴めん。或いは、明確な敵などいない可能性もある」

「あん?」

「殿下が『バベル』の理想を掲げた時点で、既に少なくない数の組織が敵対している」

「このカズデルは変革の時を迎えている。だが、その方向性によっては……」

 ふと、脳裏にあの予言が思い出された。

「……両殿下を分かちかねない、新たな道が生まれる可能性もあるということだ」

 そう告げたスヴェルドフレム。

「へぇ? ま、俺は学がねぇからな。考えんのはあんたの役割だろ、ボス」

 傭兵らしく考えることをやめたグヴェンダに、スヴェルドフレムは溜息を吐いた。

「今度の勉強は、語学詰めにしてやろうか? グヴェンダ」

 

「おっと、そいつは勘弁してくれボス。俺は頭が痛くなると寝ちまうからよ」

「んで、これからどうすんだ?」

 

「……鼠共の足跡探しだ。或いは、このカズデルの現状を洗い出す。無論、お前達にも働いてもらう」

 

「理解したのならば先に向かえ。時間は尊いものだからな」

 

 グヴェンダが去り、無人となった部屋で、スヴェルドフレムは懐から煙草を取り出した。

 指で軽く挟み口へとくわえ、アーツで火をつけた。

 久方振りの煙草の味に、意図せずして禁煙していたことを思い出した。

 スヴェルドフレムの脳裏に過る、今回の事件について……或いはその後起きた様々な出来事について、記憶を反芻し、拭い去り難い奇妙な感情に苛まれていることに気付く。

「ふっ。下らん感傷は、俺自身が一番嫌っていた筈なんだが……疲労か? 或いは……老いたと?」

 そうして暫く煙草を吹かしていたが、煙が途絶える頃にはスヴェルドフレムの表情はもとに戻っていた。

「煙草を美味いと感じる暇もなかったとは」

 煙草の匂いを確認し、残った煙草が入った箱を見つめる。

 そんなスヴェルドフレムだったが、何事かを考えた後、煙草の箱ごとアーツで灰にしたのだった。 

 






「父さん、僕たちもう家の前でずっと立ってるけど、どうして入らないの?」
 無垢な子供の疑問に、グッドラックは沈黙で応えた。そして、目線を合わせるように身をかがめ言った。
「母さんはとても重い傷を負ったんだ。一人でゆっくり休む必要があるから、邪魔しないようにだよ」
 それは子供を思ってのことであり、苦い感情がにじみ出ていたが、混乱する子供は母を恋しがった。
「でも母さんに会いたいよ……」
「父さんもだ。でも今はダメだ……俺が用事を終えて帰ってきたら、一緒に家に帰ろう」
「用事ってなに?」
 その言葉に、グッドラックは何かをこらえるような表情をした後、
「街を出て、母さんを傷つけた奴らに代償を支払わせてくる」
「 お前はひとまず、ここで父さんの帰りを待っているんだ」
「どうしても行かなきゃダメ? ここに残って、母さんが良くなる方法を一緒に考えようよ……」
 グッドラックは暫く目を瞑り、子供に語りかけた。
「 なぁ、母さんの名前は好きか?」
「 うん、好きだよ。素敵な名前だよね……オッダって」

「これからはそれがお前の名前だ」

「オッダ、父さんが戻ってきたら、母さんの武器でどうやって悪い奴をやっつけるか教えてやる」
 その言葉に、子供……オッダは元気よく答えた。
「わかった。母さんを傷つけた悪い奴らをやっつけてやる!」
「でも、悪者をやっつけて、母さんの傷は良くなるのかな……」

「オッダ……お前はまだわかってないんだ。いつかきっと理解する日が来る」

「 ……俺の帰りを待っていろ」
 グッドラックは身をひるがえして家から離れると、結晶の密林で覆われた城壁を見やる。
 彼が今この都市で気にかけるのはオッダだけ。
 ――二人のオッダだけだった。





「本当に抜けるつもりか、グッドラック。お前は……息子を置いて、傭兵に戻ると?」
「アイツのことなら、ボス……『エルデル』が見てくれるだろ。俺は、もっと大金を稼げる所に行きてぇだけだ」
「……」
 目の前のサルカズの男の本音がそうではないことは理解していたが、この男が退くつもりもないことも察していた。
 復讐は憎悪しか生まない、と言うのは陳腐な説得であり、スヴェルドフレムにとってはそうした偽善など下らないと一笑するものでしかない。
 そして、この男が、最早覚悟を決めた勇士の目をしていたことも、スヴェルドフレムは説得を諦めた理由の一つだ。
 この男は、安定した生活ではなく、復讐を取った。
 ……仮に説得できたとて、恐らく間もない内に自ら姿を消すだろうことも悟っていた。
「良かろう。お前の息子が庇護を求めるのならば、我々『エルデル』は援助することを約束しよう」

「何処へなりとも行け。貴様は最早、この組織の一員とは見做さない」

 あのサルカズの男の妻は、「バベル」所属の医者だったという。あの事件の後遺症による火傷、鉱石病による侵食で半ば寝たきりの生活だと聞いた。
 現在「バベル」で治療を受けているが、
「ままならぬものだ」
 あのサルカズの男が復讐を取った理由も理解できる。
「……このカズデルの行く末は、何処へ向かうのだろうな」
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