先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
首輪付きでしたが上司を○して逃げ延び、一介のサルカズとしてその後を生きました。
本人的には「裏で動くよりも戦士として前に出て戦う方が気が楽」なので傭兵として活動してしましたが、テレジアに出会ってからは裏で活動することが増えました。
テラ歴107■年――カズデル地区。
影から飛び出した刺客の一閃が、折れた剣の先でテレシスの胸元をかすめた。
しかし彼はわずかに身をひねり、斜めに一歩退くと、まるで舞うような動きで手を翻す。
その瞬間、逆に刺客の首筋には彼の刃が静かに当てられていた――すべてが一瞬の出来事だった。
「今の時間はちょうど、沈む太陽が通り全体に影を落とす頃合いだ」
「この時をずっと狙っていたな」
「確かに今の状況なら、姿を潜め敵に接近するという、お前の強みを最大限に活かせられる。だが昼夜が入れ替わる特別な時間帯は、敵もまた環境の変化に対し敏感になるものだ――」
「アスカロン」
テレシスの指摘に、名を呼ばれた刺客――アスカロンが返事を返す。
「そうか、覚えておく」
「午後から今まで、合計で七回も攻撃を仕掛けたのに、一回も上手くいかなかった」
アスカロンの言葉に、テレシスは淡々と答える。
「相手が私でなければ、とっくに成功していただろう」
「だが、今の攻撃で私の胸元のベルトを切ることはできた……しかも私に折られた剣を使ってな」
「今日はここまでにしよう。続きはまた明日だ」
そう言ったテレシスに、アスカロンは呼びかけた。
「……昨日、酔った傭兵が二人、我々の執務エリアに押し入り、活性化した源石粉塵の入った酒瓶を投げ捨てていった」
「その時ちょうど、殿下はホールで二人の子供に傷の手当てを施していた」
「あれは偶然なんかではない」
その言葉に、テレシスは視線を向けることなく答えた。
「そのことなら把握している。すでに対処済みだ」
だがアスカロンはその答えに納得することはなかった。
「――似たようなことが、どんどん増えてきている」
「軍事委員会は……師匠は殿下とバベルを守り切れていない。それは本当にもう手を尽くしたのか、それともわざと見逃しているのか」
「……アスカロン、お前は私にそのような問いを投げかける立場にない」
「何がサルカズにとってより良いことであるのか、そのことは私のほうがお前よりも理解している」
そう告げたテレシスの言葉に、
「だが、師匠……」
「もし本当に殿下の命が危機に晒された時、師匠は助けにきてくれるのか!?」
「殿下をその手で殺すよう、他の者に迫られた時、師匠は本当に手を下すのか?」
沈黙が二人の間を流れる。
だが、それぞれの答えはもう出ていた。
「今のが師匠との最後の稽古だ」
「まだ完全に納得したわけではないが……明日からは私が殿下のそばについて、守り抜いてみせる」
「本来なら、師匠が持つべきだった思いとともに」
それだけ言うと、アスカロンは無言で先ほどテレシスに叩き落された剣と、そのそばに落ちていた戦利品であるベルトの切れ端を拾い上げる。
そして、振り返ることなくその場を立ち去った。
その後ろ姿を、テレシスは見つめながら呟いた。
「お前が選んだのはその人であって、その人の足元に続いている道ではない」
「何のために進んでいるのも分からないのなら、同行者を失う苦しみをどのようにして受け入れるつもりなのだ、アスカロンよ」
十余年後。
――テラ歴1086年、カズデル地区。
倒れた刺客の姿を確認したマンフレッドは呟いた。
「また傭兵か。これで何人目だ?」
その刺客を始末したアスカロンは興味なさげに答えた。
「そんなもの、覚える意味もない」
「君は一人を、二人を――果ては百人をも殺せるかもしれない。だが絶えず依頼を受けて向かってくる傭兵たちを全員殺せるのか?」
マンフレッドは忠告を口にした。
「この者たちは、ただ我々に忠告したいだけだ。皆あまりに長く現状に甘んじていると」
その言葉にアスカロンは反論する。
「……バベルの者たちの命でもってか? 誰に対する忠告だ?」
「あの男はかつて、殿下にバベルに対する『厳格な保護』を約束したが、現状はどうだ? 私が目にしているのは、際限のない監視と傭兵への放任だけだ」
「……アスカロン、言ってはならないこともある。特に君には」
「不満があるのなら、私を捕らえればいい」
「お前が奴のそばで成長したのかどうか、見せてもらうとしよう」
そう言って挑発するアスカロンに、マンフレッドは溜息を吐いた。
「私が将軍のおそばで学び得たのは暴力よりも重要なことだ、アスカロン」
「それに、客観的に見て、人を殺すことしか知らない処刑人は果たしてどちらだ?」
「……いずれ、我々は理解せねばならない」
「選択をしてきたのは殿下でも、将軍でもないのだ」
ノックの音を耳にしたオッダは、思わず身構えた。
「バベル」所属だというアスカロンの言葉と――父の遺品を手にしたばかりのオッダは、扉を開けることを躊躇した。
父の死を唐突に知らされた彼には、心の余白がまだ存在していなかった。
扉の外にいるのは誰だろう?
父の知り合い……いや、先程知ったばかりなのだ、では「バベル」の関係者だろうか?
或いは、何時ぞやのように見知らぬ傭兵の襲撃もありうる――。
しばらく深呼吸し、気持ちを整え、平静を装う。
護身の武器を懐に隠し、オッダは扉を開けた。
「あ……こんにちは」
「こんにちは。……久しいな、オッダ」
大柄なサルカズの男が立っていた。
その胸元には、「エルデル」の印が輝いている。
低く穏やかな声音は、オッダの警戒を緩ませるには十分だった。
一度見知った人物だということもあるだろう――オッダは目の前の人物を少しだけ知っていた。
「お久しぶりです……スヴェルドフレムさん」
そう言ったオッダを一瞥したスヴェルドフレムは、部屋に目を向けると、ある物に目を留めた。
「……お前の父は」
「あ……いえ。俺も、さっき知ったばかりなんです」
顔を俯かせたオッダに、スヴェルドフレムは目を細め、ただ呟いた。
「――そうか。お悔やみ申し上げる」
「実は父には久しく会っていないんです。これだけで……十分です」
「……これでもう待ち続ける必要がなくなりました。ずっと……帰ってくるのを待つ必要が」
そう告げたオッダの言葉に、スヴェルドフレムはかつて交わした約束を告げた。
「もし何か手助けが必要であれば……『エルデル』は援助を行うが――」
と言い切る前に、オッダはハッとしたように顔を上げ言った。
「もし可能なら……今の母さんについて、知らせてくだされば」
「お前の母親についてか?」
スヴェルドフレムが知る「オッダ」について――既にカズデルを離れ、バベルと交流のあった、他国の医療施設で治療を受けていると聞いている。
このオッダが、もう一人のオッダに会うには――カズデルを離れる為にとてつもない労力を要するだろう。
「オッダ。お前は、母に会いたいか?」
「……はい。けど、今の俺には――何もありません」
仮に「エルデル」が援助したとして、現状のきな臭さのあるカズデルでは、もう一人のオッダに会うことは困難を極める。
「エルデル」に所属すればカズデルに縛られてしまうだろうし、「軍事委員会」と「バベル」の衝突が強まっている以上、どちらも勧めがたい。
「だが――全てはお前の意思次第だ」
「オッダ、お前が庇護を求める限り援助しよう。このカズデルを離れたとて、その契約は有効だ」
「お前がどんな道を選んだとしても、我々は一人の同胞のより良き未来を願っている」
「……分かった。可能な範囲で、我々はできる限りのことをしよう」
「ありがとうございます……! あ……申し訳ありません、ついしゃべりすぎてしまいました」
「 お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」
「いや。……お前の父の事は、残念に思っている。もし何かあれば、『エルデル』を頼ってくれ」
「ではな、オッダ。――さようなら」
「ありがとうございます、スヴェルドフレムさん。――さようなら」
扉が閉じてしばらくした後、部屋の奥から微かに嗚咽が漏れ聞こえてきた。
だが、スヴェルドフレムの胸に悲しみが湧くことはなかった。
この都市では珍しくない出来事であり、彼自身、幾度となく似た情景を見てきたからだ。
けれども、殿下がかつて描いた理想の都市には、こんな光景はひとつもなかった――本来あるべき姿とは、まるで別物だったのだ。
4月24日に公式設定資料集、大地巡旅が発売されるみたいですね……!一万近くしますが欲しいな……!