先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
サイドストーリー「遺塵の道」の一部のストーリーネタバレ有り。
テラ歴1076年――サルゴンの地で、銀の箱をめぐる争いがあった。
砂塵舞うサルゴンの地に、ひとつの「箱」が持ち込まれた。
サルカズの古代遺跡から発見された遺物――「銀の箱」と称されるそれ。
それは、莫大なエネルギーを秘めた兵器になりかねない代物であった。
その正体を知る者として、万年の使命を背負うケルシーはサルゴンへと向かった。
彼女はウェスティン警備会社の上級顧問として雇われ、この危険な代物を巡る争いの渦中に身を投じた。
事の発端は、技術支援の名を借りてクルビア軍部が送り込んだ精鋭部隊「サンドソルジャー」。
同時に、かのソーン教授らによって設計された銀の箱が、密かにサルゴンへと輸出された。
それは平和のための技術ではなかった。
クルビア軍部の狙いはただひとつ――戦火。
銀の箱を酋長の一人と取引し、サルゴンに内乱を引き起こすことで、国家の秩序を崩し、搾取の構造を築き上げようとしていたのだ。
クルビア管理局は事態の深刻さに気づき、ウェスティン警備会社に箱の回収を依頼。
依頼を受けたケルシーは、自ら傭兵を率いてクルビアに潜入する。
だが、彼女に従うはずの傭兵たちは二心を抱いていた。
スタウトハンマー小隊はクルビア軍部に、リバーブレード小隊の隊長は警備会社内部の裏の命により、それぞれケルシーを裏切った。
ケルシーが箱を手にしたその瞬間から、裏切りの連鎖と追跡が始まる。
情報が漏れたのか、あるいはわざと流されたのか――酋長たちが兵を挙げ、銀の箱を求めて血の泥沼に突入する。
それに加わる形で姿を現したのが、帝国中枢から派遣された官吏、「パーディシャー」であった。
各地を世襲で治める酋長とは異なり、パーディシャーはサルゴン帝国そのものの意思を代行する存在。
その中でも、イバト地区を預かっていた男――ムラド・パーディシャーは、サルカズ傭兵団を従えて争乱に介入した。
彼の軍勢は、銀の箱に最も近づいた勢力のひとつとなった――。
砂塵が舞う大地で、ケルシーを守るように体をくねらせるMon3tr。
立ちはだかるサルカズ傭兵団を前に、威嚇するように唸り声を上げる。
「サルカズ人よ……お前たちはイバト首長に雇われたのか?」
追手として放たれた、サルカズ傭兵団と対峙したケルシーは告げた。
「答える義理はねぇな――」
傭兵団が少しでも動きを見せると、
「――(とあるサルカズ部族の言葉)」
ケルシーはサルカズの――古の呪術を用いてその動きを牽制した。
「あれはサルゴンを滅亡に導く引き金だ。ムラドパーディシャーは科学者でも何でもない、あれがもたらす損害を彼が理解することはできない」
そのケルシーの警告に、サルカズ傭兵は口角を釣り上げた。
「パーディシャーが理解する必要はねぇ、俺たちもな」
傭兵らしい男の言葉に、ケルシーは目を細めながら尋ねた。
「サルカズ……お前の故郷はサルゴンか?」
「……ああ、物心ついた頃から、サルゴンで暮らしていた」
かつてのカズデル侵攻で各国に散ったサルカズのほとんどが、その生を暗がりで生きている。
起源が異なるからか、例えばサルカズとキャプリニーはその姿を一目見ただけで互いの相違を本能的に理解できる。全く異なる種であっても、その角が見られればサルカズのものだと悟られてしまう。
サルカズの中には、生活のため自ら角を削り、種族を偽る者も少なくない。
「俺たちは、角を隠して暗い路地の中を逃げ回り、一番汚ねぇ場所で生活した」
「なぁに簡単さ、俺たちは生まれつき感染者みてぇなもんだ。武器を振り回すことが飯の種。殺らなきゃ自分が殺られるだけだったよ」
ありきたりなサルカズの半生を語ったサルカズ傭兵は、舌打ちを鳴らす。
「チッ――で、お前は何が言いてぇんだ?」
「(サルゴン語)ヴィクトリア語かサルゴン語で話せ! でなけりゃ総攻撃を仕掛けるぞ!」
「あの言語は、サルカズ呪術の一種だ。強固な意志を持ったサルカズだけが古代語の暗示から逃れられる……お前の意志はどこから来ているんだ? 使命か? あるいは欲望か?」
苛立たしげな様子を隠そうとしないサルカズ傭兵は、奇妙なフェリーンの女の問答に付き合う己に、「呪術」の効果を認めた。
「……お前の暗示は確かに効果があるようだ。その証拠に、俺は今もまだ攻撃命令を出していない上、怒りを抑えてお前と会話までしてるんだからな」
「戦に参加したすべての小隊を殲滅した。その中に傭兵を装った首長たちの部隊がなかったはずはない」
「莫大な貢ぎ物や税金と、サルカズの殺し屋数名の命、両者を秤にかけたときムラドパーディシャーはどちらを選ぶと思う?」
フェリーンの女の説得に、サルカズ傭兵は苛立たしげに答えた。
「そんなことはもちろん俺たちもわかっている……だったら今お前を見逃しゃ、俺たちはもっと多くの金を得られるのか? それとも、すぐに鉱石病の治療が受けられるようになるのか?」
サルカズは、サルカズという生まれそのものが呪われていると言う者がいる。
それがただの偏見であれ、迷信であれど――サルカズの迫害が数千年にわたって続く「現実」であることは確かだ。
「勘違いするな、俺たちはパーディシャーの目の届く範囲でしか生きられねぇ魔族だ。選択肢などない」
そう告げた傭兵に、ケルシーは言葉を連ねた。
「私なら、お前たちに選択肢を与えてやれるかもしれない」
「――(サルカズのとある部族の言葉)」
放たれた言葉は、確かにサルカズ傭兵の血へと語りかける何かを感じた。
「くっ――俺たちに、寝返って忠誠を尽くせってのか――」
「――しかも見たことすらねぇ……カズデルに?」
サルカズ傭兵は生まれてこの方サルゴンの地で生きてきた。泥を被り、血と汗にまみれ、暗がりを抜け出す日々を何度も夢見た。
大多数のサルカズと同じく、ただサルカズというだけで全てを否定するこの大地を憎んでいる。
だが、「現実」はサルカズの命ほど軽いものはない。使い捨ての道具として生きる選択肢しか与えられなかった俺が?
「カズデル」から来たというこのフェリーンの言葉――そんな子供騙しの伝説が、実在するというのか?
この女について行って――カズデルに、自由を手に入れられると?
目の前のフェリーンの女はただ者ではない――しかしそれを信用するには、サルカズ傭兵の半生と時間が彼を待たせてはくれなかった。
「この術師め、ふざけんじゃねぇぞ! サルカズの国だと? そんなもん廃墟にすぎねぇ。つまりこの大地は『カズデル』だらけだ! お前みてぇなインテリ野郎が誰よりも分かってるはずだろうが!」
吠えるサルカズ傭兵の慟哭――同時に戦闘態勢に移る傭兵団に、ケルシーはMon3trへと指示を出した。
「残念だ、交渉決裂のようだな」
サルカズ傭兵はこのフェリーンの見透かすような目が気に入らなかった。
半生で何度も向けられた侮蔑や罵倒よりも、サルカズに向けられる憐れみを何よりも嫌っていた。
「そもそも交渉にすらなってねぇんだよ――チッ、何だよその憐れむような目は? 今囲まれてるのはテメェの方だぜ!」
「確かに……お前は大層な手段を持っているかもしれねぇ。けど、明日までにパーディシャーが望む結果を出さなけりゃ、俺たちゃ全員死から逃れられねぇんだ」
サルカズ傭兵は己の命が使い捨てだと分かっている。だが、抗ったとして一介のサルカズが権力者に消されるだけだ。
「さっきも言ったように、俺たちに選択肢はねぇのさ」
サルカズ傭兵は唇の端を吊り上げた。死への恐怖よりも先に浮かぶそれは――。
「お前は本来、他人の道具などに落ちぶれなくとも済んだはずだ」
その言葉に、サルカズ傭兵は皮肉げな笑みを浮かべた。
「俺はただ、生きたいだけだ」
「今までも、そしてこれからもずっとそうだ。サルカズが遠大な理想なんざ持つべきじゃねぇ」
血と源石火薬の匂いが混じる戦場で、サルカズ傭兵は荒れた呼吸で血で汚れた口を動かした。
「ハァハァ……チッ。パーディシャーが俺たちを殺す手間が省けたってわけだな……」
「教えろ、術師、お前の言うその――カズデルは――どんな姿だ?」
「まだひどい有り様だ。だが、サルカズたちは懸命に故郷を造り上げている」
サルカズ傭兵はハッ、と弱々しい笑い声を上げた。
「故……郷だと? 魔族が……感染者が……そんなものを手にできるなんてな……グッ……」
「俺はサルゴンを離れたことがない……」
「『故郷』の定義は人それぞれで異なる。だが、今作られようとしているカズデルは、この言葉の本来の意味に最も近いかもしれない」
「『ティカズ』たちには、己に属する家があるべきだ」
「 チッ、そりゃなかなか……」
「 ……悪くねぇな……」
弱々しい呼吸が絶えるのも時間の問題だろう。
だが、ケルシーはこの場に留まるわけには行かなかった。既に新たな気配が近づくのを感じていた。
それが、どういった目的の者なのかはわからないが――追われる立場である以上、すぐにここをたつべきだ。
……ケルシーの勘としては、知己のような気がするが……願わくば、善人であることを願った。
砂塵が周囲を覆うように舞い上がり、一人のフェリーンの姿を掻き消した。
…………。
……。
「ボス。アイツを追わなくて良いのか?」
「……奴の目的は、『バベル』に関わるものではない。だが奴に死なれると面倒ではあるからな――監視はつけておけ」
「遺物争いにおける万が一を想定していたが……」
「今代のパーディシャーは欲深い。奴の離脱を確認出来次第、我らもサルゴンから離れるべきだな」
語りながらボスと呼ばれた男は、砂漠にひれ伏す傭兵たちの中から、生存者の容態を確認する。
「大方こちらに気付いた上で、あのサルカズを放置したな? チッ……*サルカズスラング*」
「ボスもお優しいこった……同族とは言え刺客だぞ?」
「……俺とて、ただの刺客ならば放置していた。だが――」
――教えろ、術師、お前の言うその――カズデルは――どんな姿だ?
――故……郷だと? 魔族が……感染者が……そんなものを手にできるなんてな……。
――そりゃなかなか……。
―― ……悪くねぇな……。
「目の前の現実を生きるだけだった同族が、死の間際にようやく未来に想いを馳せた」
「半生への悲嘆ではなく――わずかな希望を抱いたのだ」
「死にゆく命が、最後に見るのが絶望でなく希望であること。それだけで、どれだけの罪が、救われるのだろうな」
サルカズが使い捨ての道具として生を終える――、
「俺達サルカズにとって、生きながらの別れも、死がもたらす別れも、すべて普通のことだ」
「だがサルカズというだけで、数千年間――サルカズの運命は弄ばれ続けている」
ため息をつくように、腰を落とす。
サルカズとしての頑強な生命力が命を繋いでいた。
瀕死のサルカズの火は、まだ消えていない。
自分もまた、そんな微かな火を捨てきれない者のひとりだった。
「……その未来を壊すには、あまりに惜しい」
「それに同胞を、名もなきサルカズの運命と切り捨てては『エルデル』の名が廃れるだろう」
「随分と肩入れするんだな? ボス」
「かつては俺も首輪付きだったからな。切れない糸ほど己を縛るものはない――」
「幸い、物資は十分にある。何処ぞの勢力から"調達"できたものも含めれば――同胞を救えるだろう」
まだ、この同胞は生きている。
ならば、半生とは異なる道を選び、生きることができるだろう。
――――――――――
エリオットは復讐のため、恩師の仇である権力者が支配するサルゴンの地へと身を潜めることを決意した。
当時、まだ13歳。並外れた頭脳と理論構築力を武器に大学へ飛び級合格を果たした彼は、研究者としての未来を嘱望されていた。
だが、恩師が命を落としたあの日、彼の未来は静かに狂い始めた。
その言葉を胸に、エリオットは学者としての名を捨て、身分を偽り、サルゴンの街に溶け込んだ。
人に見つからぬよう振る舞いながら、権力の中枢に食い込む機会を窺う日々。
知識と理性を復讐の刃へと研ぎ澄ましながら、彼は少年の面影をゆっくりと脱ぎ捨てていった。
牙を研ぎ、サルゴンの一部として溶け込みながら、エリオットは闇市の支配者としてのし上がっていく。
最初はただの小さな情報屋だった。学び舎で得た論理と観察力を活かし、商人や密売人の裏取引に介入することで信用を買った。
やがて、流通網に手を伸ばし、需要と供給を操る才を見せつける。
武器、薬品、禁書、あらゆるものが彼の手を経て売られ、買われ、闇の秩序を形成していく。
その正体を知る者は少ない。だが皆、彼が敵に回せない相手であることだけは理解していた。
――恩師の仇に刃を届かせるためなら、手段を選ばない。
エリオットの瞳に燃えるのは、理想でも正義でもない。
ただ、静かに、深く、濁りなき怒りだった。
やがてサンドソルジャーと名乗るようになった彼は、ある日一人のサルカズの男と接触した。
「……ムラトパーディシャーの暗殺。サンドソルジャー、お前と私の利害は一致している」
両者の利害の一致により手を組んだ。
エリオット一人であっても、彼はその執念から復讐を遂げる事ができただろう。
だが二十数年後、その機会を得た彼があそこまで鮮やかに復讐を遂げる事が出来たのは、「エルデル」のリーダーによる協力もあってのことだろう。
その後、エリオットは彼と再会した時感謝を告げた。
「お久しぶりですね、――さん。私の今の名は……どうかパッセンジャーとお呼びください」
主人公くんは気を許してる相手だと一人称が「俺」になります。先史文明時代は誰でも「私」呼びでしたが、荒んだテラの大地で揉まれるうちに「俺」と言うようになりました。サーミでの暮らしは割と穏やかだったので昔の一人称に戻ったりしてました。
組織の代表として行動する時や、敬愛する相手の前だと「私」になります。
二人称は「お前」呼びで、嫌いな相手や敵対する相手は「貴様」呼びです。