先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
次話は閑話一話挟みます。
ケルシーへ
手紙をありがとう。君もバベルで元気にしているといい。
伝えておきたいことがある。
二ヶ月前、事故車からアーミヤという女の子を助けた。残念ながら両親は亡くなり、彼女自身も鉱石病に感染していた。
当初はどこかに預けて旅を続けるつもりだったが、鉱石病患者が見捨てられる光景を目の当たりにし、彼女を連れて行くことにした。今では大切な同行者だ。
正直、彼女の世話には慌てることばかりだけど、サベージという頼れる女性も加わってくれて、ずいぶん助かっているよ。
この地のあちこちに、命の息吹が感じられるのが嬉しい。見知らぬ世界なのに、どこか懐かしい――まるで幼い頃に読んだ物語の中にいるようだ。
古びた機械が再び大地に立ち、現実が伝説になっていく。きっと今の私たちも、いつか誰かに語られる物語になるのだろう。
「君が驚かせたから、余計に興奮しちゃったみたいだ、アーミヤ」
「大丈夫です、ドクター。私に任せてください! サンドビーストには、天敵の鳴き真似が効くって両親に教わったんです」
「チューチュー……シューシュー……あれ、違ったかな? アオーン? ポッポー? うぅ、なんだったっけ……」
「大丈夫、アーミヤ。今度は私がやってみるよ」
ドクターが指笛を吹く。サンドビーストたちは驚き、地中に消えていく。
「すごい……私もやってみます!」
アーミヤは口笛をうまく鳴らせなかったが、何度も挑戦し顔を赤らめながらもようやく音が出る。
「よく頑張ったね。でも……まだ泣きそうな顔をしてる」
「教わったのに思い出せなかった……ドクターを守るって言ったのに、助けてもらっちゃって……それに、手のケガも……」
「もう痛くないよ。それに、鳴き真似のヒントは君からもらったんじゃないか」
「ちゃんと眠らないと頭の回転が遅くなって、結局色んなことを忘れてしまうんだよ」
「でも……寝るのが少し怖いんです。夢に、あの時のことが出てきそうで……」
「けれど夢の中で、ご両親に会えるかもしれない。少し休もう。迎えが来るまで時間はあるよ」
「……はい。ドクター、そばで寝てもいいですか? 起きた時に、一番にドクターの顔が見たいんです」
「もちろん。じゃあ、お礼に物語を聞かせよう」
「昔々、とても賢い科学者がいてね……彼女は、大切な人たちを守るため、大きな決断をしたんだ――」
本来、自分はこの世界に関わる存在ではなく、ただ通り過ぎるだけのはずだった。
だから距離を置いてきたのに、気づけばこの地に立つ自分を当たり前のように感じていた。
ケルシー……なぜこんな気持ちになるのかはまだわからない。
けれど、あの子の手の温もりが心に火をつけ、胸が締めつけられるほど痛むんだ。
「ドクター、本当に炎国に行かないんですか?」
「ああ。まずは君の病気を治療できる場所に向かう」
「 でも……鉱石病はどうしようもないって……」
「目的地の名はバベル。信頼できる人々がこうした病を根絶するために奮闘している場所だよ」
「 我々も、彼らと共に頑張ってみよう」
「 じゃあ……その場所に長い間いないとダメなんですか?」
「 しばらくは時間を要するだろう。だけど君と一緒に遊んだり、お手伝いしたりしてくれる人ならたくさんいるから心配しなくていい。無論自分もいる」
「ドクター……どうしても行かなきゃダメなんですか?」
「レム・ビリトンの外に治療しに行った子はたくさんいるけど、誰も戻って来ないし……」
「鉱石病だって、少しも痛くないです」
「ドクター、お願い……いい子でいるから。サベージお姉さん、私、これまでもずっといい子だったよね?」
ケルシー、アーミヤを連れてバベルへと戻ることにした。
ここまでサベージがアーミヤのためにいくつも薬を調達してきてくれたが、この環境ではこれ以上の治療をしてやることはできない。
アーミヤがそれほど特別な子供でないことも、バベルが複雑な危機にあることもわかっている。しかしそれでもこの子を連れて帰ろうと思う。
「アーミヤ、何が起きてもすべてを尽くして君を治してみせる。前に約束した通りだ」
「しかしサベージの言うことも一理ある。加えて、バベルがある地域も絶対に安全な場所とは言えない」
「もし君がレム・ビリトンを離れたくないなら、これからはサベージお姉さんについていってもいい」
「こんなに幼い君に選択を迫ることになって、本当にすまない……しかし君は強い子だ。我々は君の考えを尊重するよ」
「私……!」
「……ドクターを、信じます!」
「私も……未来がほしい。大きくなったら、サベージお姉さんと旅行したり、ドクターと本を読んだり……私……」
「ドクターの提案が嫌だったわけじゃないんです……ただ……少し不安で……」
「ありがとう、アーミヤ」
旅の中で多くの人と出会い、助けられ、旅費に悩むこともあった。久しぶりに心から驚く体験もした。
今はというと、車列が故障したので、牧者に導かれ、ボーリングマシンとエンジン音を背に、駄獣で荒野を進んでいるところだ。
「うわっ、駄獣さん暴れちゃダメ!」
「 ドクター、つかまって!」
「うわあああっ!」
駄獣が急に走り出し、他の駄獣たちもつられて突進。湿地に飛び込むと水しぶきが舞い上がる。
「 ドクター、手を掴んで!」
ドクターは必死に毛をつかみ、アーミヤも手を伸ばすが――、
バランスを崩し、水に落ちてしまった。全身びしょ濡れ、鼻に水が入り、むせる。
それでも――
この瞬間、自分がこの大地に生きていると強く実感した。
命が脈打つ音が、はっきりと聞こえたよ、ケルシー。
………………
…………
「重要なのは、この船に一切の予想外があってはならないということだ」
「脅威はドクター自身ではない」
「今は、君が知る必要はない。それと、ドクターの乗船記録は抹消しておいてくれ。彼とテレジアが答えを出すまで、他のメンバーには知られるべきではない」
「クロージャ、探っても何も出ないぞ」
「それと……例のドクターによって助けられた子だが、彼女の生い立ちについては?」
――調べ直しても問題なし。レム・ビリトンの記録も軍の内通者からの情報も一致してる。
両親は輸送任務中の事故で亡くなった。感染もその時のもの。偶発的な事件で、陰謀ではないよ。
「乗船後の検査と治療は、私が担当する」
……やっぱりあの子のこと信用できないの?
「信用できないのは、彼女の身体の状態だ。感染後まともな治療を受けていない」
「ドクターの善意が彼女の治療を遅らせたとなれば忍びないし……テレジアなら『あの子には未来を選ぶ権利がある』と言うだろう」
………………
…………
小さな体が、優しく抱きしめる腕の中で安らかに眠っている。小さく細い腕は、まだ夢の中にいるのか、しっかりと首に回されたままだ。
彼女はその背中をそっとトントンとあやしながら、傍らに立つ疲れた表情の人物へと顔を向けた。
「あなたも万能というわけじゃないのね。少なくとも子守りに関しては、まだまだ学ぶことがありそう」
「……その通りだ」
「ずいぶんと変わったわね。旅は、どうだったかしら?」
「多くを見て、学んだ。この地で目にしたものはどれも興味深かった。そして何より……彼女に出会えた。あの事故から救えたのは、まさに奇跡だ」
「ええ。手紙で聞いていたより、ずっと可愛い子。境遇は気の毒だけれど、運に恵まれているとも言えるわね」
「ああ。病状の進行を考えると、このままにはできなかった。治療のために、連れ帰るしかなかった」
「こちらの方は……問題もあったけれど、今すぐ手が回らないというほどではないわ。長い旅だったでしょう。まずは休んでちょうだい」
「本当に、ありがとう……。――アーミヤ、おうちに着いたよ」
「ん……呼ばれましたか……私、寝てたんですね……?」
「起きたのね」
「もうそろそろテレジアも腕が疲れてきた頃だろう。降りられるかい?」
小さな少女は素直にうなずくと、腕の中から跳ねるように飛び下り、その勢いで何度かぴょんぴょんと跳ねた。
「それじゃあ……手、握ってくれる?」
「えっ……ドクター……?」
「大丈夫。彼女は信頼できる人だ。これからは、君と長く一緒に過ごすことになる」
「……はい。えっと、ここが……バベル、ですか?」
「そうだ」
「すごく大きい……採鉱区画よりもずっと大きい……ドクターは、こんな場所に住んでたんですね」
「そうだ。とても長く、ここで暮らしていた」
「じゃあ……ここが、ドクターのおうち?」
「……」
「ええ、そうよ。ここが、彼が長く過ごしたおうち。そうよね?」
「……ああ、そうだ」
「これからは、ここがあなたのおうちにもなるの。私たちも、一緒に過ごしていいかしら?」
「はい。ドクターがいるなら、私もここに住みたいです」
源石クラスターが敷き詰められた荒野を長時間歩いたあと、訪問者の目の前に、突如として現れたのは小さな花畑だった。
破滅の只中にありながら、夕焼けも星空も届かないような無名の大地で。
一面に広がる白い花は、まるでこの世界とは隔絶された聖域のように、その場所だけを静かに守っていた。
荒れ果てた風景とは明らかに異質で、吹き荒れるはずの風さえもどこか穏やかになったように感じられる。
まるで、時に取り残された温室が遠い過去の姿のまま出現したようだった。
人類が初めて神の火を盗み、夜空の一角に灯りをともした瞬間のようでもあった。
白い花の一輪を、両手で掲げながら彼女は言った。
「これが、私たちの源石に関する最も深い研究よ」
「花……なのか?」
「いいえ。これは、“源石”よ」
「……」
「気づいているはずよね。これはただの花を咲かせる術なんかじゃない」
「……源石内部の情報、そして内なる宇宙の反転による現象……君たちの研究は……ここまで進んでいたのか? 一体、いつの間に……」
「サルカズは源石を最も深く理解する種族。けれど、それでも知れているのはほんの一部だけ」
「あの者の協力を得て本質に迫ろうとしても、全てを掴むには至らない」
「私たちが尽力し、心血を注いだ結果が……この手のひらに乗る活性源石を、花畑に転化させること、それだけ」
「それでも、小さな希望には違いないわ。この白い花は、努力がわずかに実った証。でも、これだけじゃ足りない。あなたの手も必要なの」
「……」
「この花の海が、カズデルの断崖や谷に流れ込み、大地いっぱいに咲きこぼれる……そんな景色をこの目で見たいの」
「……」
「その未来は、どんな危険を冒してでも、追う価値があると思うわ」
「見ての通り、この国は長い戦いに沈んでしまっている。
だからこそ、私は源石の力を使って、侵略を受けることのない故郷を築きたいと思っている」
「人々が安らかに暮らせる場所。家を探してさまようことも、戦場に身を置く必要もなくなる」
「そしてさらに先……源石を完全に制御できる日が来れば、大地そのものの姿が変わるわ」
「天災が起きても、空から降るのがあの冷たく光る破片じゃなくて、ふわふわとした雲だったら――」
「感染者の身体に、もう二度と石が芽吹かなくなったら――……なんて、そんな夢みたいなこと、誰も真面目には考えないわよね」
「……君は確かに、他とは違う」
「大地いっぱいに咲く白い花……それは、生きる力に満ちた景色になるだろう」
ドクターは、脳裏に過った言葉を口には出さなかった。
――それは……■■の道だと。