先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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【閑話】サルゴン出身のサルカズ傭兵から見た主人公(他者視点)

 

 俺は死んでいた。否、死にかけていた。

 あの時――サルゴンの都市国家で、名も知らぬ権力者による“使い捨て”の刃。それが俺だった。

 目論見は外れ、逃げ場のない砂漠の地であのフェリーンの女には、最後の一太刀すら届かなかった。

 それでも目を覚ました時、俺はまだ生きていた。

 スヴェルドフレム。そう名乗った男が、俺を拾ったという。

 

 そこは、かつて“子供騙しの伝説”と聞かされた、サルカズの故郷だった。

 カズデル――かつて170余年前に侵略により滅び、再建された瓦礫の国‥……いや移動都市。

 かつての栄光はなく、貧困と鉱石病が支配するこの地に、俺は連れられてきた。

 街は源石が蔓延し、街路には咳き込む老人が座り込み、若者は怒りに目を燃やしていた。

 だが、サルカズであるという理由だけで石を投げられることは、ここでは無かった。

 ここでは魔族と忌まれ、角を隠して生きる必要はないのだ。

 泥を被り、武器を振り回して生きてきた。

 権力者の目の届く範囲でしか生きられない、哀れなサルカズだった俺は。

 雇われ、利用され、裏切られ、壊されていく同族を何度も見た。

 それが俺たちサルカズの運命なのだと、いつからか諦めていた。

 ただ、いずれ燃え尽きる火種のように――どこで誰に殺されるか、ただそれだけの違いだった。

 だが。

 同族のための組織があると聞いたとき、俺は鼻で笑った。

 そんなものがあるはずがない。夢物語か、ただの方便だと。

 それが、俺を拾ったあの男――スヴェルドフレムが率いる組織だと知ったとき、初めて心が揺れた。

 あれほど多くの血を見てきたこの目に、まだ涙の乾く余地があったのかと、自分でも驚いた。

 俺は何も信じちゃいなかった。だが、あの男の背は、信じてもいいと思わせる何かを纏っていた。

 非情な傭兵であり、使えないやつは同族でも容赦なく殺してきた俺が――。

 スヴェルドフレム……あのボスのもとで、初めて「見捨てない」という選択肢を知った。

 サルカズの命の価値なんて、契約金の額で決まると思っていた。それ程までに、俺達はどこまでも使い捨ての道具だった。

 俺は血でしか語れないと思っていた。けど、あの男は違った。

 あいつは血と共に、生きる道を選ばせる。

 ……そんな生き方もあるのか、と。

 そう思ってしまった自分を、今でも時々、殺したくなる。

 

 ボスは俺に「学ぶ」ということを教えた。

 知ることも、悔いることも、変わることも、すべては学びだと。

 振るった刃の重みも、奪った命の意味も、ただ無視して生きることはできた。

 けどあの男は、それらを背負ってなお、前を向けと言った。

 

 昔の俺なら笑っていた。

 同族を切り捨てることに躊躇なんてなかったし、助けを求める手を踏みにじることも厭わなかった。

 けど――。

 今の俺は、あの背中に倣ってしまう。自分でも、何が正しいのか分からなくなるほどに。

 

 ボスは俺に力じゃない「誇り」の持ち方を教えた。

 そして、俺がまだ何かを変えられる存在だって、信じてくれた。

 

 スヴェルドフレム……ボスは何も語らない。何も押しつけない。ただ、黙って生きる機会を与えてくれた。

 あの人の背に、未だ答えの見えない問いが揺れている気がする。

 だがそれでも、あの背は、俺を“捨てられなかった命”から、“意味を持つ命”へと引き上げてくれた。

 俺はまだ、ここで何をすべきかを知らない。

 けれど、今はそれでいい。

 この地でなら、俺は俺の名を、俺の角を、誰にも隠さずに生きていける。

 

 ボスは不思議な男だ。

 

 サルカズが都市内で暇を持て余していることはさほど多くないが、幸いにも皆毎日体力があり余っているため、ケンカに興じることだってできる。

 理由なんていらない。ただ視線が気に入らなかったとか、昨日の飯の取り分が少なかったとか、あるいは単に退屈だったとか。

 実に馬鹿げた理由で、殴り合いが起こる。

 どれも、鉱石病と貧困でくたびれた街の中じゃ立派な娯楽になる。

 盛り上がりを見せる喧嘩だと、周りの奴らが賭けに興じて更に勢いづくなんてこともあるくらいだ。

 そして面白いことに、ボスはそれを止めたりはしない。

「牙を持つ者が、牙を見せないでどうする」とでも言いたげに、いつも横目で眺めているだけだ。

 そういう時はボスも目で見て喧嘩を楽しんでいる。時折、あそこはああしたほうがぶっ飛ぶとか蹴りでも入れれば勝てるぞ、なんて言ったりな。

 無論、度が過ぎれば止めに入るが――その基準は、素人から見りゃ分かりにくい。

 基本ステゴロのみで、流石に刃物やアーツユニットなんて持ち出した輩は、しっかり成敗している。

 正直、お堅いように見えるボスが、ああいう下卑た喧嘩を楽しむとは意外だった。

 

 だが――あの人は、ただの暴力を奨励しているわけじゃない。

 爪を研ぎ、牙を交え、己の限界と他者との距離を測る。

 そうやって自分を知り、仲間を知り、敵を見極めることが、生きる術になると信じているのだろう。

 口下手な奴も、頭の切れる奴も、喧嘩の場じゃ平等だ。

 殴り合ったあとに笑い合うこともあれば、どちらかが這いつくばったまま、二度と顔を出さなくなることもある。

 怨恨が残らないよう調整しつつ――暴れ足りない輩がいる時は、暇を余した「エルデル」の誰かが相手することもある。

 それでも、ルールは守られる――「刃物とアーツはなし」。それだけは、どんな奴でも破れない。

 破った奴らは、翌日にはボロ雑巾のように道端に捨てられているからだ。

 喧嘩を見物して楽しむ奴は幾らでもいるが、あのボス自身が一番楽しそうに見えるのだから、イメージってのは当てにならねぇもんだな。

 まぁその後、見物していたのがバレてたが。

 わりかし真面目なエーレマイオスの奴に、説教つーかグチグチ言われてたのには笑っちまったが。

 

 

 

 多言語を操り、薬学から戦術、果ては歴史や詩文まで知るボスの姿に、俺は最初こそ呆れたもんだった。

 他の組織員の噂じゃ、ブラッドブルードを超えるほど長生きだとか、下手すりゃあのナハツェーラーの王とタメなんじゃねえかなんて言われてる。

 俺に言わせりゃ、喧嘩と逃げ足、あとはサルゴン語とヴィクトリア語の二か国語を話せりゃ、それで生き延びるには充分だったからだ。

「これ以上覚える必要なんざあんのか?」

 だが、ある日ボスは俺にこう言った。

「お前はもう、今日の生活さえままならないサルカズではないのだから」

 その言葉が、妙に引っかかった。

「……はっ、俺がお勉強だって?」

 拾われた直後の俺なら鼻で笑ってたはずだ。

 けど、そのときの俺は、知らずに拳を握ってた。

 腹が立ったわけじゃない。ただ――そう言われたことが、悔しくも、嬉しかったのかもしれない。

「まずは文字だ。知ることは恥ではないし、文字を覚えれば様々な知識を得るのに役立つ」

 そう言って、ボスは俺に古い新聞の切れ端とペンを渡した。

 

 俺は文字を覚えた。

 少しずつ、ゆっくりと、時には喧嘩よりも頭が痛くなるほどに。

 けど今では、書かれた指示を読み取れるし、他所の連中の契約書に隠された細工にも気づける。

「あ? これって俺もインテリ連中にはいんのか?」

 ……まさか俺が、勉強のありがたみなんて考える日が来るとはな。

 けど、あの言葉は今も覚えてる。「今日を生きる」だけの俺じゃないって、改めて俺は――実感したんだ。

 もっと先を、生きてみてもいいのかもな。

 

 

 





主人公くんは基本的に平和主義ですがこういう「見物」を楽しむこともあります。先史文明時代は喧嘩のけの字も知りませんでしたが、ティカズ、サルカズとして過ごす内に慣れました。
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