先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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双生の魔王の決別

 

 双生の魔王の一人、テレシスは静かに計画を進めていた。

 目指すはヴィクトリアの中枢都市、ロンディニウム。サルカズの未来を、他国への侵攻という現実の中に見出したのだ。

 彼はキャベンディッシュ公爵の信頼を巧みに得て、傭兵として都市へ潜り込む算段を整える。略奪と征服——それはスカーモールの傭兵たちにとって、分かりやすい希望の形だった。

 テレジアよりも一歩早く、テレシスはカズデルのサルカズたちに進むべき道を示した。たとえそれが、血にまみれた道であったとしても。

 

 

 

 

 

 テラ歴1091年、カズデル地区。

 傭兵達の市場、スカーモールにて。

 

 無数の傭兵を背にした二人の人物に、テレジアは目を向けた。

 一人はこのスカーモールの支配者たるスカーアイ。

 そしてもう一人は、白い角を持つ特異なサルカズの男。

 聴罪師と呼ばれた白い角のサルカズは、テレジアに再会の言葉を告げた。

「お久しぶりでございます、テレジア殿下」

 にこやかに告げるサルカズの男に対して、スカーアイとその背後の無数の傭兵達の表情は――重々しいものだった。

 彼らの意向を理解したテレジアは、意思を確認するように尋ねた。

「そう、そちらはもう決めたのね」

「それがテレシスの意向なの?」

 聴罪師はにこやかに答えた。

「左様でございます」

 

「つまり、私たちの都市を放棄すると決めたのね?」

 

 その言葉を聴罪師は否定し、

「ただ一歩前へと踏み出し、家を離れて遠征するだけです。どうして放棄するなどと言えましょう」

 さらに続けた。

「殿下は長きにわたり我々を古き殻に閉じ込めていましたが、我々は……一歩でも前に進むことを渇望しているのです」

 

 沈黙するテレジアに、様子を見ていたスカーアイもまた、聴罪師に同意を示した。

「六十数年前、あんたとテレシス将軍が一緒にスカーモールに来た時のことはまだ覚えてるぜ。あんたらが肩を並べてたら、運命でさえビビって迂回していきそうなもんだった」

 

「あんたは依然『魔王』の身分でもってサルカズ全員に命令できる。俺たちを皆殺しにだってできるだろう。だが、あんたの理想に付いていきたいって奴がいるかどうか、まずは聞いてみたらどうだ?」

 

 巨大なスカーモールに昔日の喧噪は少しも見られず、散漫とした傭兵たちは武器をしまい、うやうやしくこうべを垂れて立っている。

 

 彼らの目は何も語らないが、魔王には一人一人の心の声がはっきりと聞こえた。

 

 困惑、興奮、渇望、憤慨。

 

 テレジアは彼らの心の言葉に目を伏せ呟いた。

「……ほとんどの人が、もう決めたのね」

「なら私が止めても意味はないわ」

 

 ――殿下ッ!

 

 一人のサルカズが唐突にひざまずいた。

 

 彼は考えを変えるつもりも、テレシスの魅力的な計画を放棄するつもりもない。

 彼はただ……カズデルを築き上げたテレジアを、六英雄の一人を、彼らの魔王を裏切ることが……慚愧に堪えなかったのだ。

 

 そのひざまずく音が、まるで号令のように鳴り響いた。

 次々と、サルカズたちが地に膝をつく。

 それは服従の意思ではなく、彼らが抱える複雑な感情、決して断ち切れぬ過去への礼節――。

 いや、敬意と決別の入り混じる、最後の儀式だった。

「……もう、誰の命令でもなく、この道を選ぶというのね」

 サルカズ傭兵が震える声音で告げた。

「俺たちの魔王は、貴方だけです、殿下……ですが、今は貴方の理想が……俺たちの現実ではないのです」

 

 サルカズの万年にも上る歴史において、魔王に付き従い遠征に赴くことは戦士の栄誉であった。

 彼らはもがき、輝き、血と泥に塗れた地から幾千回も立ち上がってきた……。

 魔王が彼らの前に立ち、自らの民を見捨てなかったというただその一点を支えに。

 魔王が指し示す先に故郷があり、そこに都市が立ち上がった。

 

 しかし今、彼らは自らの魔王を見捨てたのだ。

 

「わかっている。だからこそ私は、止めない。あなたたちが何を選んでも、私は――あなたたちを誇りに思うわ」

 

 彼らは決して心の中で裏切りを選んだわけではない。しかし、現実がその選択を強いた。

 彼らの中には、テレジアに忠誠を誓い、共に歩むことを誇りに思ってきた者も多かった。しかし、テレジアが示す理想の未来と、今彼らが直面している過酷な現実との間には、深い溝が横たわっていた。

 

「魔王……いえ、テレジア殿下。それが、俺たちにとっての戦う理由でした。しかし、今の俺たちにとっては、未来を作るために戦う理由は……違うものとなりました」

 

 その声には決して軽薄なものはない。ただ、重い現実を背負いながら、あえて選び取った言葉があった。

 彼らは、テレジアの名の下に戦ったことに誇りを持っていた。しかし、今となってはその誇りだけでは前に進めなかった。

 理想を掲げても、彼らが求める「現実」の中ではその理想が果たせないことを、どこかで理解してしまっていた。

 

「そう……それが、あなたたちの選択ね」

 

 声は静かだったが、その目には深い確信が宿っていた。

 彼女は決して怒らなかった。誇り高いサルカズたちが、自らの道を選んだことを受け入れていた。

 そして、彼女自身もまた、その道がどこへ続くのか、分かっている。

 ただ、今はその決断を見守るしかなかった。

 

 憂い悲しむ魔王は民の中を歩き、民は魔王の視線を受けて頭を低く下げた。

 しかし彼らの決心は変わらない。たとえそれが魔王の意志に背くことだとしても。

「行きます」

「我々は行きます」

 あちこちで声が上がる。テレジアの耳には、それが戦士たちが出発前に歌う己のための哀歌に聞こえた。

 

 純白の姿が人々の間を抜ける。魔王の民たちは微動だにしない。

 かつて敬慕した君主に付き従う者はいなかった。

 彼女が懸命に開拓している花の咲き乱れる故郷……彼女の民たちが生き残るための別の可能性は、結局間に合わず、この場ですべてのサルカズに示すことは叶わなかった。

 

「……私は、あなたたちの選んだ道に従うことはできないけれど、ただ一つ言いたいことがある」

 

 その言葉を持って、テレジアはゆっくりと振り返った。

 見捨てられたわけではない。彼女が選んだ未来には、これからも重い試練が待っているだろう。

 だが、それでも彼女は進まなければならない。選び取った道を。

 

「我が戦士たちよ、異国の地でも自愛なさい」

「たとえあなたたちが、二度とカズデルに帰れなくとも」

 

 彼女は跪くサルカズ達を、今一度魔王の民達の姿を目にした。

 誰よりも静かに、そして誰よりも強く、彼らの決意を受け入れていた。

 

「……いつかあなたたちが、憎しみではなく誇りで戦える日が来ることを、私はずっと願っているわ」

 

 魔王を見つめる者達に、彼女の言葉は確かに彼らの胸に刻まれた。

 

 後世において、此度の歴史はこう綴られるだろう。――1091年の冬、サルカズの二人の殿下はついに公に敵対的態度を表明した。

 それにより軍事委員会とバベルの対立は戦争という形へと発展した。

 しかしサルカズにとって、1086年に局所的な衝突が激化の一途をたどった時点で――彼らの定義する「内戦」はすでに始まっていたのだ。

 ともあれ、カズデルが二百年近く維持してきた平和は今終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

傭兵達の元締めであるスカーアイは、目の前の同族の男に目を向けた。 スヴェルドフレム……いまはそう名乗っている男に向けて。

 かつてはスヴェルドフレムの命に懸賞金をかけたこともあるスカーアイだが、互いの立場はもうただの傭兵と元締めではなかった。

 

 スカーモールの空気が、沈黙の中で張りつめる。

 傭兵たちの視線が、一斉にスヴェルドフレムへと向けられた。

 その目には問いがあった――忠誠の対象、進むべき道、そして彼自身の正体。

 

 スカーアイの声は低く、しかし濁りのない鋼鉄のような響きを帯びていた。

 

「お前と殿下が一緒にスカーモールに来た時のことは、まだ忘れちゃいねぇ。あの頃のお前は、戦いの空気を背負ってた。殿下もだ」

 

 彼は一歩、スヴェルドフレムに近づく。互いに一歩も退かない距離。

 それは、古い信用と、積み重ねた血の歴史の間にある緊張の線だった。

 

「お前が仕えてる殿下は、“魔王”としての命令権を未だ持っている。俺たちを皆殺しにすることもできる」

 

「だがな、そんな力で縛られてぇって奴が、今の時代にどれだけいる?  お前の、いや、“殿下”の理想に付いていきたいって奴が、どれほど残ってるってんだ?」

 

 スカーアイの言葉は、遠回しの批判ではなかった。

 それは、同胞に向けた問いであり、最後通牒だった。

 

「お前がどちらの殿下に仕えているつもりなのか、知らねぇ。だがな――」

 

 彼は腕を組み、スヴェルドフレムをまっすぐに見据えた。

 

「俺たちスカーモールの人間は、もう決断を下してる」

 

「なら、エルデルの人間であるお前は……どうするつもりだ?」

 

「お前はもう、ただの傭兵じゃねぇ。背負ってるものがあるなら、はっきり立場を示す必要があるだろう」

 

 沈黙が落ちる。

 

 スヴェルドフレムの眼差しは一切の揺らぎを見せなかった。

 彼の中で、かつて失われた記憶と、今まさに問われている“忠誠”が交差していた。

 

 ――この問いに答えるということは、もう後戻りはできないということだった。

 

 

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