先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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数多の戦場を渡り歩き、カズデルの荒野で武力を振るうサルカズ傭兵団。その一つ、へドリーが率いる部隊に、一人の女が加わった。

 名は――「W」。

 その出で立ちは粗野で、笑みは不敵。瞳の奥には、他人を信じることも、自分を縛る理も全て嘲笑うような光があった。
 彼女は過去を語らない。ただ、爆薬と破壊を己の言葉として、戦場の中にその存在を刻み込んでいった。

 そして数ヶ月。
 Wは、ただの新参ではなく、傭兵団の中でも一目置かれる存在となった。
 戦場での嗅覚、戦略眼、そして――仮初の狂気。

 そんな彼女に、ある日、へドリーとイネスは新たな任務を言い渡す。

「バベルの護衛だ」

 それは忌まわしき記憶を伴う名だった。
 かつてのカズデル、混沌と理想の狭間で立ち上がった影の組織。
 現在では追放され、表舞台から消えたはずの者たち。

 そんな彼らを守るために依頼を受けるというのは、傭兵としても異例だった。

「随分と面倒くさい相手を護るわけね」とWは笑ったが、その声に浮かぶ色は、ほんのわずかに揺れていた。

 任務は順調に進むかに見えた。
 だが――
 それは罠だった。

 嵐のように襲い来る奇襲。名も知れぬ刺客たちが、砂嵐の中から湧き出すように襲いかかる。
 傭兵団はなす術もなく四散し、戦線は崩壊した。

 爆音と源石火薬、血の匂いだけが残る戦場に、イネスは倒れていた。
 意識が戻ったとき、彼女の傍らにいたのはW一人だけだった。

「やっと起きた? まったく、世話が焼けるわね」

 イネスは状況を即座に把握し、戦術を組み立てた。味方の数は限られている。
 選べる手段も少ない。そこで彼女は、Wを「囮」とし、自らは敵を罠へと導く策を選んだ――、

 いや、見捨てたふりをして共闘の隙を生み出す、そのための賭けだった。

 Wは笑って応じた。

「へえ、あんたにしちゃ面白い選択ね。でも……嫌いじゃないわ、そういうの」

 だが、包囲は解けなかった。どれだけ敵を倒しても、次の波がやってくる。
 まるで、二人を生かして帰すつもりが最初からないかのように。

 限界が近づいていた。
 焦げた空気を吸うたびに肺が痛み、意識は黒く沈みかけていく。

 そのときだった。
 二人の前に、影が現れた。

 

『……あの戦士たちを未知なる危険に晒したのは、私たちの失態よ』
『でも私なら彼らを救えるわ。私たちのミスで何も知らないまま死のうとしている、勇敢な戦士たちを』
『どのサルカズも……いいえ、どんな人だって、無駄死にしていい理由なんてないのよ』
『ええ、ありがとう――』


 サルカズたちが、動きを止めた。
 ごうごうと炎が燃え盛る。
 彼らは、オレンジ色の熱が空気を焼きながら廃墟の中央に迫っていくのを、他人事のように眺めていた。
 ――そこに突然、一組の男女が現れた。
 仮面をつけた男は、後ろに捻れた角を持つサルカズであった。
 剣を携え、泰然として構える姿は、見る者に優れた戦士であることを悟らせた。
 対して女はサルカズではなかった。しかし多くのサルカズに見つめられても、その毅然とした表情が崩れることはなかった。
 イネスは震えていた。なぜかはわからない。
 爆発で聴覚がやられているのか、サルカズたちが話している内容を聞き取ることはできなかった。
 ただ、彼らは明らかに怯えていた。
 何に? 目の前にいる彼らに?
 いや、違う。
 なぜならサルカズたちはいつの間にか、別の方向を見ていたのだ。
 もう一人、彼等ではない人物が立つ場所を。
 意識を失う直前、私も目を向けた。そこにいたのは――。
 一人の……サルカズだった。
 敵意を持たず、ただそこに立っているだけの……。

 薄紅の瞳、威厳と慈愛を併せ持つ声。

 それは幻か、あるいは本物か。
 カズデルの地に生まれ、サルカズを導こうとした一人の女。
 かつて、理想のために命を賭し、そして裏切られた存在。

 カズデルの英雄――否、サルカズの魔王。

 テレジアの姿が、朦朧とした視界の向こうに立っていた。






【閑話】傭兵W(加筆済)

 

 目を覚ましたWは、この奇妙な移動都市じみたロドス号を探索する途中で、テレジアと出会った。

 W――それ以外の名前をきかれたことに、Wは首を傾げた。彼女にとって、あのサルカズの武器を受け継いだ時点で、自身はW以外の何者でもなかった。

 物心ついたときには荒野を彷徨うサルカズの一人であったのだから――名前ほど意味を持たないものはない。

 

「カズデル生まれのサルカズなら、珍しいことじゃないでしょ」

 そう言ってWは、目の前のサルカズの魔王……テレジア殿下に目を向けた。

「名前なんて気にするサルカズは……ほとんどいないわ。すぐに忘れられるものだし、時間をかけてたくさん本名を覚えておくなんて効率が悪いわ」

 そう言ったWに、テレジアは穏やかな目を向けた。

「それでも……私はみんなを忘れたくないわ。ううん、忘れてはいけないの」

「カズデルの運命が決まった後、もしあなたが『W』じゃなくなるときがきたら――」

 

「あなたもきっと、サルカズの女性に相応しい、良い名前が欲しくなるわ」

 

「ロドス・アイランドみたいな、ね。ほら、こうして名前を呼ぶと、温かい感じがするでしょう?」

 

 そう言って微笑んだテレジアに、Wはぽつりと呟いた。

 

「あたしは、そんなこと考えたこと一度も……」

 

 そのWの言葉に応える前に、テレジアはケルシーに呼ばれたことで会話は途切れた。

 

「あなたがもし、私たちのために戦ってくれると言うなら……私たちはいつでも、あなたを歓迎するわ」

 

 後々、気がついたことがある。

 あれだけ話をしておいて、あたしは最初から最後まで、テレジアの目を直視することができなかった。

 どうして?

 彼女はあんなにも、明るく無邪気に見えたのに。

 この残酷な戦争を主催した統率者の一人とは、とうてい思えないほどに――

 無邪気……本当に?

 無邪気な人はあんな目はしない……あんな……悲しい……。

 ……彼女の周りにはいつもあの人たちがいるようだった。

 もし……あたしがあの人たちの側に立ったら……

 一体どんな景色が見られるのだろう?

 

 

 

 

「ヘドリー。君たちがここを離れ、傭兵として自由にこの大地をさまようことに決めたというのなら、私に止める理由はない」

 

「ならば君はそれでいい。だが、もう一人の傭兵はどうする?」

 

 ――Wには自分のやりたいことがあるようです。

 

「何はどうあれ、君たち自身が選んだ道だ」

「進むしかあるまい」

 

「……うまくいくと良いな」

 

 ――ありがとうございます。

 

 

 

「ヘドリーは……まあ、あたしを拾った奴だし、借りはあるわ。戦場で真っ先に『生き延びろ』って言って、戦場を切り抜けてきた訳だし」

 

「イネス? まともに人と向き合う気もないくせに、戦場じゃ平然と背中を預けてきて。本当に、気に食わないったらありゃしない」

 

「でもね――そんな二人がバベルから抜けるってことは、あの二人にとっても“ここ”はもう終わったってことなのかもね」

 

「戦場で一緒に生き延びる奴に情が湧くのは、別に不思議じゃない。でもあの二人に限って言えば……」

「きっとお互いを『生かす』ためなら、裏切ることすら選べる奴らよ」

 

「……いいわよ、どうせあたしは“W”だもの」

「誰にも繋がってない、誰にも縛られない」

 

 あの人が「未来」を語るなら、

 あたしは「今」を焼いてでも手に入れてやる。

 

 だからヘドリーが何を選ぼうと、イネスが何を捨てようと――

 あたしは立ち止まらない。

 

 あの人の未来に、

 あの人の理想が焼きついてる限りね。

 

 

 

 

あたしのいけ好かない奴リストは、スヴェルドフレムとケルシー、あのドクターって奴の三人よ。

 あのクソババアの説教って、もう、「論理的」なんてレベルじゃないわよ。

 あの女の口調、どんだけ長いのよってくらい、無駄に論理的で、こっちの意識が途中で何度も飛ぶの!

 それにあのドクターって奴も、黒ずくめにバイザーなんかつけて怪しいったらありゃしないじゃない。

 スヴェルドフレムも、クソバ……ケルシーも、あの不審者ドクターもあたしは嫌いよ。

 

 テレジアの隣にいる、あのサルカズの男……スヴェルドフレム。

 あんた達「エルデル」のリーダーらしいじゃない。

 まるで影みたいに張り付いて、あたしが少しでも近づこうものなら、すぐにその鋭い目で睨んでくる。

 わかってるわよ――あいつが只者じゃないってことくらい。

 動きに無駄がないし、殺気も気配も一切漏らさない。傭兵の目で見ても、戦場に立てば“狩る側”の人間ね、あいつ。

 ……ああいうのを本物って言うのかもしれないけど――だからって、いけ好かないものはいけ好かないのよ。

 何が気に食わないって?

 あたしのことを“危険人物”としてしか見てないあの態度。

 あたしが何かした? ただ写真撮ってただけでしょ?

 なのに、「一歩でも踏み込みすぎたら、即排除」って目をして――。

 あたしのことを理解しようともしないで、“警戒対象”でしかないっていうその堅苦しさ。

 ああいうのが、ほんと一番イラつくのよ。

 なのに……テレジアは、あんなやつを信頼してる。

 それがまた腹立たしいっていうか――モヤモヤするっていうか……。

 ……ああ、もう、ホントにうざったいのよ、あの男。

 

 「サルカズの未来」とか「血と記憶の責任」だとか――

 毎回毎回、そんな真っ直ぐな言葉を押しつけてくるの。

 まるであたしが、今のままだと“何も守れない、何も築けない”って言いたげな目でね。

 

 おまけに「教養を持て」「文字を学べ」?

 ……は? あたしにお勉強させようっての?

 冗談じゃないわ。

 あたしは今まで、誰かの本や旗の下で戦ったことなんてない。

 燃える戦場と死体の山が、あたしの教科書だったの。

 なのに、あの男は言うのよ――

「読み書きができれば、敵の情報を早く読める」「戦場の地図も誤魔化されてると気付ける」って。

 ふん、まあ……理屈はわかるわよ。

 戦術的にも有利になるってのは、そりゃ、確かに。

 でもね――。

 文字を知って、何を信じろっていうの? 本に書かれた綺麗事? 誰かの都合のいい未来?

 ……テレジアは、そのどちらでもない“何か”を目指してる。

 だから、テレジアのそばにあの男がいるのも、わからなくはないのよ。

 でもね、あたしは“強くて、正しい人間”が苦手なの。あの男みたいなやつ、特に。

 こっちが心の中でどれだけドロドロしてようと、

 あいつは一切ブレずに「正しさ」の刃を突きつけてくるから――ムカつくのよ。

 ……でも、そういうやつがいるから、あたしみたいなのがどこかで「立ち止まらざるを得なくなる」ってのも、知ってる。

 ったく、こんな話、いつの間にか真面目になってるじゃない……。

 バカバカしい。

 

 けど戦略眼はあるし、あいつの言うことには筋が通ってる。……腹立つくらいにね。

 一見冷淡でも、部下はちゃんと生かそうとするし、犠牲の意味を本気で考えてるっぽいところは、ちょっと、テレジアに似てるかもしれない。

 

 でも違うのは――。

 テレジアが「人の心」で導くとしたら、あいつは「氷の秩序」で動く。

 ……その秩序に歯向かえば、躊躇なく斬るでしょうね。

 たとえ、それがかつての戦友でも、サルカズの仲間でも。

 

 そうそう、あたしの冗談も皮肉も、スヴェルドフレム……あいつの前じゃ全部霜焼けみたいに凍る。

 笑えないの? それとも笑うことを忘れたの? って思うくらい、無表情。

 何考えてるか見えないし、見せる気もなさそうだし。

 

『あの人が笑わないのは、お前が笑えない冗談でからかうからじゃないか?』

 

 ……は? それ、あたしのせいだって言いたいわけ?

 ――いや、ちょっと待って。じゃあ逆に聞くけど、あいつを笑わせられる奴、いるの?

 

 冗談の一つや二つで表情変えるくらいなら、あたしだってとっくに「氷解成功!」って勝ち誇ってるわよ。

 あいつは最初から最後まで完璧なまでに無反応、無表情。

 それこそ、あんたのツラ見てる方がまだ反応あるっての。

 

 ……でもまぁ、もし仮に――あいつが誰かの前で笑ったとしたら、

 そいつはただの相棒とか仲間じゃない。

 あたし達傭兵とは比べ物にならない信頼を得た奴なんでしょうね。

 

 ……羨ましい? そんなわけないでしょ。

 あたしは、笑わせるより先にあいつの目を釘付けにする爆発を準備してる方が性に合ってるの。

 

 それでもあいつが微笑んだら?

 ……世界が終わる前触れじゃないといいけどね。

 

 

 




 
「あのWって女、そんなに気にかける程のもんなのか? ボス」
「へドリーが言うには、史上最高の戦士になるだろうサルカズだってよ」
「まぁ確かに、Wの奴は抜け目がねぇ。イカれた女かと思えば、戦場では妙に冴えた判断をする。優秀な傭兵ってとこには俺も同意するが」
そうWの評価を告げたエルデルの一員に、スヴェルドフレムは溜息を吐いた。
「……そうだ。だからこそ、やつは惜しい。戦場であれほど優れた判断を下せるサルカズ傭兵は、そう多くない。多くの者は、経験で察するだろう状況も、奴は自身の機転で辿り着く」
「あれが数ヶ月で頭角を表したサルカズだとはな。……文字を読めないのならば、覚えれば戦場で役立つと何度も言っている 」
「だが奴は、自身にそぐわないものならば拒絶する人間だ。実に惜しいことにな」
「以前もへドリーがくれてやった本を間違えて薪にしたらしい」
「――貴重な一冊が炭になったと知った時は、流石の俺も*サルカズスラング*しそうになったがな」
「そもそも……――何だ? チッ――またWの"サプライズ"か?」
「いや、俺が行こう。そうだな……これから、いや今から奴には報告書を書いてもらおうか」
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