先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
連続2話更新します。あと3話でバベル編終わります
「砕けよ」
Logosの呪文により門は砕け、バベルの戦闘員達はその先へとなだれ込む。
カウントダウン
1時間33分48秒
「都市内部の全部隊に告ぐ、巡回部隊を無力化せよ」
通信機器を通してケルシーの指示が告げられる。
「合流される前に各個撃破するとしよう。急ぐぞ」
エリートオペレーター及びバベルの戦闘員達の戦いを分析しながら、ケルシーは己の懸念を口にした。
「……双方とも戦火が都市内にまで波及することを避けていると考えても、この状況は不自然だ」
「すべての情報をドクターに転送してくれ。作戦小隊は速度を上げ、警戒を怠るな」
「軍事委員会の旗を広場から撤去し、都市全域に放送通信を開放するんだ」
カウントダウン
49分59秒
戦況がバベル側へと傾いていく。
「本艦の受け入れ準備を整えろ。一刻も早く、殿下たちを我々の制圧圏内に迎え入れなければ」
「それと、アスカロンの部隊に可能な限り早く合流するよう伝えてくれ。すでに三つの小隊が予定よりも早く配置についている」
忙しなく動くケルシーにLogosが尋ねる。
「次はいずこへ向かうのだ。ケルシー医師?」
その言葉に――ケルシーの脳裏に過ぎった昔日の記憶。
「……バベルの跡地だ」
「バベルの旗はもう長年あの場所に掲げられていない」
ケルシーが通りを歩く。
バベル事務所へのルートはいまだ頭の中にはっきりと残っていた。
通りのサルカズたちは皆ひっそりと行動を始めた。彼らはできる限り建物の高くに登り、一様に視線を都市内のその廃墟へと向けた。
カズデルで長年失われていた旗がゆっくりと揚がる――、
バベルが、帰ってきた。
現地からの報告を目にしたテレジアが呟く。
「順調にいっていれば、今頃ケルシーは溶炉の炎を見ているはずね」
「ドクター、カズデルの防衛措置はもうほとんど機能してない。私たちも都市に乗り込めると思うわ」
その言葉に、ドクターは顔を上げテレジアへと向ける。
「しかし軍事委員会はカズデルを放棄することなく、最後まで抵抗してくるだろう。都市を完全に制圧するにはまだ時間が必要だ」
「そして最終局面に至れば、カズデル中心部に対する破壊を完全に回避することは恐らく難しい――」
ドクターの言葉をテレジアがさえぎった。
「待って」
「……感じるわ、彼らよ」
「どうやら、私たちの戦いに傲慢な傍観者が数人増えたようね」
「それと……常軌を逸した様子の敵もいるわ」
「魂を焼き焦がすほどの殺意と苦しみ、そして決意が伝わってくる」
その敵の正体をドクターが察した。
「軍事委員会の刺客だな。彼らは初めから都市を餌にして、バベル本部を叩く狙いだったのだろう」
「これも想定の範囲内だ。だが今回、我々に駆け引きや策略を弄する余地はない。その刺客を真っ向から叩き潰した後、我々の都市へと帰ろう」
「艦内の防御システムの制御と、防衛の指揮は任せてくれ」
静寂の部屋に、わずかな機械音だけが響いていた。
深淵のような黒いモニターがいくつも並び、ひとつひとつに戦況とデータが流れている。赤と白の数字、走る警告、震えるように明滅するログ。
その前に、ドクターは佇んでいた。
「……バベルがカズデルを占領したとしても、甚大な損害を被るのは必然だ」
声は低く、どこか他人事のようでもあった。
まるで誰かと会話をしているようで、けれどそこに返事はない。
「テレシスの言う通り、彼らの統一には至らず……サルカズの分裂は常態化する。そうだ、いずれにせよ、彼らがこの地の主になる日は来ない。少なくとも、この数千年のうちには」
冷徹な分析は、事実に基づいていた。
希望ではなく、可能性でもなく、過去から導き出された冷たい結論。
だが――
「しかし今重要なのは……テレシスに、“もう一つの道”を示したということだ」
静かに、モニターのひとつが切り替わる。
そこには、ロンディニウムの都市基盤に関する極秘データと、膨大な源石使用計画のシミュレーションが並んでいた。
「……彼の計画は、成功する。成功すれば、サルカズは源石によって大地を腐敗させ、敵を滅ぼす。テラの人類レベルでは止められないほどの、再生不可能な汚染を、彼らが起こすだろう。やがて、戦争ではなく、風土が敵を殺すようになる」
そして、ドクターは微かに首を傾げた。
「これで……いいのではないか?」
その声には、問いかけにも、祈りにも似た響きがあった。
「……あのように強靭な種族が、我々の信徒となる。源石が蔓延する緞帳の上で、初めてきらめく“血痕”になる。……そうだろう……?」
誰に語りかけているのか。
誰に答えを求めているのか。
「だから、我々は……彼らを滅ぼす必要はない。ましてや、彼女を……テレジアを殺す必要など、ないんだ」
その名を口にした瞬間、彼の指がわずかに震えた。
静かに、震える手で、目の前のモニターへと触れる。
テレジアの映像はそこには映っていなかった。
だが、彼女の姿は確かに彼の脳裏にあった。
――もしも、源石を止めれば……
もしも、テレジアが“成功”してしまえば……
我々は……何のために、万年もの時を待ち続けたのだろうか?
答えはない。
だが、ドクターの胸には二つの鼓動があった。
一つは、テラを信じる鼓動。
「……信じるんだ。彼らは、必ず自らの未来を勝ち取れる……」
もう一つは、計画を進める者の鼓動。
「……進めるんだ。少なくとも、彼らが存在した痕跡は、源石に保存される」
その両者が、彼の心の中で軋みながら衝突する。
「彼女を、信じろ」
「彼女を……止めろ」
言葉が重なり、消え、そして残ったのはただひとつの事実――
ドクターは、選ばなければならない。
長き沈黙の後、ドクターの手が、ひとつのキーへと静かに降りた。
それが、信頼の鍵なのか。
裏切りの起動装置なのか。
あるいは、ただの過去の延長線に過ぎぬものなのか――
誰にも、それは分からなかった。