先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

52 / 100
拾刀者

 

 瓦礫の上を、逃亡者たちの荒い足音が響く。

 月明かりに照らされた影が、崩れた壁の間を縫うように走り抜けていく。彼らは誰も口を開かない。ただ、ひたすらに死から遠ざかろうとしていた。

 

 その背後を追う足取りは軽やかだった。だが、その軽やかさは舞うような優雅さではない。静かに、確実に、命を刈り取る者のそれだ。

 W――その眼は既に誰の顔も映していなかった。ただ「テレジアを殺した者」という記号だけを追っている。

 

 ◇

 

「アーミヤ、そんなに急がなくてもいいのよ」

「でも……テレジアさん、約束の時間に――」

「ふふ、あなたは本当に真面目ね」

 テレジアは小さな手を握り、足を止めた。

「時には、立ち止まってもいいの。ね?」

 その微笑みは、もうこの世界には存在しない。

 Wの耳には、過去の声が焼き付いていた。

 

 瓦礫を踏み砕き、源石火薬の匂いを纏いながらただ一直線に進む。

 視界の端に、あの花の絵が焼きついたままだ。

 クレヨンで描かれた幼い線。

「……テレジア」

 声は低く、掠れていた。だがその足は止まらない。

 テレジアは、もういない。

 手を伸ばすことも、声をかけることもできない。

 あのあたたかな微笑みも、もう思い出の中でしか見られない。

 

 Wは、それでも生きていた。

 そして、あの日から笑うようになった。

 口元だけで、声も出さずに。

 目は、いつも凍っていた。

 

 ――テレジアを殺した奴らを、片っ端から消していく。

 

 焼け跡で、廃都の路地で、地獄の戦場で。

 かつての仲間をも裏切り、Wは復讐者となって刃を振るった。

 源石爆薬と破裂する肉体、飛び散る血の匂いだけが、己が生きていると実感させた。

 

 

 ◇

 

 爆ぜる火花、散る血飛沫。

 恨み言さえ吐けずに崩れ落ちた死体を一瞥し、Wは脳内リストの名前を一つ、消した。

「……また一人」

 足元には崩れ落ちた廃墟の瓦礫、乾いた血の匂いがまだ空気を満たしている。

 Wはレイ・ペントのドッグタグを無造作にポケットへ押し込み、深く息を吐いた。

 胸の奥に溜まった熱は冷めることなく、ただ鈍い痛みとなって身体を締めつける。

 

 ――カサリ。

 

 微かな足音に、Wの視線が鋭く動いた。そこに立っていたのは、まだ幼い少女。

 瓦礫の隙間から転がり出てきたのか、頬は煤で汚れ、震える手に握られているのは場違いなほど粗末なナイフだった。

 

 少女の瞳は恐怖と憎しみの入り混じった色をしていた。

 そしてその刃先は、ためらいながらも確かにWの胸元を向いている。

 

「……はっ」

 

 Wは肩を落とし、乾いた笑いを漏らした。

 過去の記憶と、目の前の少女の姿が二重に重なる。

 脳裏に過るはありきたりなサルカズの半生。

 

「よくやってくれた」

 傭兵は剣を握っていた。

 その刃には、どろりとした赤い液体が付いていた。

 不意に飛び出してきた、生き残りの怪物に襲われたこと。

 それは呼吸を荒くして、訳のわからないことを言いながら、取っ組み合いをした。

「このままじゃ、あたしが殺されちゃう」

 ■■■は懸命に抗った。

「死にたくない」

 その時、■■■の鞄に小さな綻びができた。

 ナイフが鞄を切り裂いて、彼女の手をも傷つけながら飛び出した。

 ナイフを咄嗟に握り、闇へと刺し込んだ。

 怪物がやがて武器を取り落とし、どろりとした赤い液体が地面に流れ落ちるまで。

 ただ、生き残るために。

 荒野。

 飢え、死、そしてただ生き延びるために奪った命。

 その瞬間から、彼女はもう「ただの少女」ではなくなった。

 あの日、怪物が武器を落とした時に流れた赤い液体――それは、少女としての■■■が流した最後の涙でもあった。

 

 ――Wになる前の少女が、初めて荒野のサルカズになった日。

 

 よくある話だ。

 あまりにもありふれた、サルカズの半生。

 サルカズがサルカズを殺し殺される。

 乾いた大地の循環は、繰り返される。

 今この瞬間にも。

 

 それまでと同じように、Wは酷薄な笑みを貼り付けて言った。

 

「今日はご機嫌斜めなの。ついてないわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇

 

 少女の腕からナイフが滑り落ちる。

 小さな体は憎しみによって支えられていた。大人を殺された子供が、たとえそれがどんな人間であったとしても、どうして刃を捨てられるだろう。

 

 だがWは――一歩踏み込んで、容赦なく拳を振るった。

 鈍い音と共に、少女の意識が闇に落ちる。

 

 「……だから、やめときゃよかったのに。あたしも、あんたも」

 

 膝を折って倒れる少女を見下ろしながら、Wは唇を噛んだ。手が震えているのは怒りか、後悔か、それとも……。

 

 そのときだった。

 

 「殺さなかったのか」

 

 声と共に、足音が一つ。

 煙と血の匂いの中、黒衣を纏った男――スヴェルドフレムが姿を現した。無表情に近い顔、その奥で冷たい視線が少女を見下ろしている。

 

 Wは一度だけ彼に視線を投げたが、すぐに目をそらす。

 

 「……拾いたきゃ拾えば? 死なせたくなかったんでしょ、あんた」

 

 彼女は少女の腕を無造作に掴んで引きずり、スヴェルドフレムの前に放り出した。まるでゴミでも渡すような手つきだ。

 

 「こんなモン見てたら、また変な夢見そうだわ。……じゃあね」

 

 背を向け、血の匂いと風の音の中にその姿を紛れ込ませる。

 

 その背中を、スヴェルドフレムは無言で見送った。

 足元には気を失った少女。

 男は一つ小さく息を吐くと、しゃがみ込み、少女の体を抱き上げた。

 

 「……面倒を持ち込んでくれる」

 

 それでも、彼は歩き出す。何も言わず、何も責めずに。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。