先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
――クルビアのある部屋で。
「お前はもはや、サルカズに目を向けないものと思っていたが。……クルビア人」
そう告げたスヴェルドフレムの言葉に、目の前に座る機械仕掛けの同胞は煙草の煙を吐き出した。
「おや。そう思われていたというのは心外ですねぇ……確かに私の体はブリキの機械仕掛けですが」
「――私としても、同胞の亡骸を冒涜する輩は、許せませんので」
「例えクルビアの国籍を得たとしてもね」
そう答えたブリキの男は、大柄なサルカズの男に目を向けた。
「……それは貴方も同じでしょう? 何しろ貴方はその末裔なのですから……」
そのブリキの言葉に、スヴェルドフレムは口角を吊り上げた。
「はっ。ブリキ……お前が私をどう思おうが勝手だが、炎魔はすでに滅んだ。歴史書で書かれているようにな」
「……ここにいるのは、一人のサルカズに過ぎない」
実際のところ、何がどうであれ――
この大地の人々にとって「炎魔は滅んだ」という事だけが真実だった。
名を語ろうが、血を主張しようが関係ない。歴史の頁に記された「滅び」は、時として生きた者すら死者と同じに扱う。
スヴェルドフレムが何を抱えていようと、彼の内に灯るものが何であろうと。
目に映るのは、ただのサルカズの男一人。
それだけだ。
時に真実というのは、一種族を滅ぼす程の悪意をもたらす――故に、「歴史の真実」とやらはスヴェルドフレムの胸の内に秘めておく方が良い。
過去の追憶をかき消すように声を上げた。
「例の件についてだが」
遺体の回収活動の最中、スヴェルドフレムは炎魔事件の発生――その後の顛末を調査する中で、件の事件の被害者であり実験体であったイフリータ。
及び保護者兼研究員のサイレンスに興味を持った――。
スヴェルドフレムが強く興味を抱いたのは、サルカズの容姿を持ちながら、明らかに異なる血を宿していた――実験体の少女、イフリータの身体的特徴だった。
スヴェルドフレムはあらゆるツテを駆使し、細胞から血液、骨髄に至るまで、少女の検査記録を手に入れることに成功する。
――そこに記されていたのは、真実というにはあまりに歪な出生の記録。
イフリータは、サルカズではなかった。サヴラ族として生まれた存在だった。
だが、繰り返された実験の末にその姿は変貌し、見る者にはサルカズにしか見えぬ外見を持ち、さらに、失われたはずの炎魔の力をその身に宿すまでとなった。
もはやサルカズでもサヴラでもない。
その情報をブリキの男から聞き出した瞬間、スヴェルドフレムの目は細められた。
それは、愉悦か、侮蔑か、あるいは……焔を孕んだ興味ゆえか。
しばらく眺めた後、スヴェルドフレムはブリキへと告げる。
「ブリキ。彼女たちに鉱石病治療の伝手はあるのか?」
◇
巨躯のサルカズの男は、自らをスヴェルドフレムと名乗った。
琥珀と紅が混じり合うその瞳は、炎の残光のように揺らぎながらも、奥底に強い意志を宿している。
視線は鋭く、しかし冷ややかに二人を測っていた。
――サイレンス。かつてライン生命の研究員であった女。
炎魔事件の混乱の中、彼女はイフリータを連れ、研究所を後にした。
イフリータは、忌み嫌われる鉱石病を抱えていた。
それだけではない。繰り返された実験が、彼女をサルカズと見紛う姿へと変えてしまっていた。
その外見は街で侮蔑を招き、魔族と指差される理由となった。
安住の地を探す旅は、苦難そのものだった。
ひとたび視線を向けられれば、そこには警戒と恐怖と嫌悪があった。
人里を離れれば、病がもたらす危うさと、炎魔の力がもたらす危険が、彼女たちの行く先を阻んだ。
マイレンダー基金のエージェントにして、クルビアの私立探偵を名乗る――ブリキの男。
金属の仮面越しの声は低く、どこか乾いていた。
彼の紹介から、サイレンスは一つの企業の名を知ることになる。
『ロドスアイランド製薬』――大地を移動し、荒野と国境を越えて活動する企業。
その特異な在り方と、鉱石病患者に対する医療支援の実績。
サイレンスにとって、それは絶望の中に差し込む細い光明に見えた。
彼女は迷わなかった。ロドスを目指すと決めた。
だが、この世界で国境を越えることは容易ではない。
外に広がるのは、自然と文明が断絶した険しい荒野。
危険な地形と、そこに棲む者たちが、旅人を容易に呑み込む。
そこで、またもやブリキの男が動いた。
彼は、護衛役としてある人物を紹介する。
『エルデル』という組織のリーダー――スヴェルドフレム。
巨躯のサルカズの男。
琥珀と紅が溶け合うような瞳が、サイレンスとイフリータを静かに射抜く。
◇
結果として、スヴェルドフレム率いる【エルデル】による護衛は、単なる依頼主と傭兵の関係を超えるものとなった。
サイレンスにとっては、険しい荒野の旅路を無事に越えられたことだけでなく、サルカズという外見を持つイフリータが、不必要な敵意や侮蔑を受けずに済んだ日々が、何よりの救いだった。
そしてスヴェルドフレムにとっても、この護衛は予期せぬ収穫をもたらす。
少女の身に秘められた、炎魔の力と歪な血脈――その存在は、彼の長き旅路の中でも滅多に出会えぬ興味の対象だった。
互いの目的は違えど、荒野を抜けるまでの間、【エルデル】のメンバーたちと共に交わした幾つものやり取りが、確かに双方の胸に何かを残した。
それは、単なる「護衛任務の成功」という結果以上の意味を持っていた。
スヴェルドフレムとしては、もしイフリータ――或いはサイレンスが自ら望むのならば、【エルデル】に迎え入れることも考えていた。
イフリータのその身に流れる血はサルカズとは異なるとはいえ、その容姿は紛れもなくサルカズのそれであり、仲間たちの中にあっても不自然さは少ないはずだ。
馴染むことは難しくないだろう。
そしてサイレンスもまた、元は名のある研究員だと聞く。
護衛の道中でも、その冷静な判断力と技術の一端を垣間見ることができた。
引き込めるのであれば、願ってもない戦力となる――そう考えていた。
だが――彼女たちはロドスを選んだ。
それが、彼女たちの生きるための最良の道だと、スヴェルドフレムも理解していた。
行く末を願う以上、どう転がっても受け入れようと決めていた。
彼女たちが選ぶ道が【エルデル】であろうと、ロドスであろうと。
「なあ、おっさんたち。本当にいいのかよ。オレ様も、サイレンスも……行っちまうぜ」
イフリータが気怠そうに、しかしどこか探るように呟いた。
その言葉に、エルデルのサルカズたちは一様に肩を落とした。
彼らにとって、珍しく打ち解けられる同族に巡り合うことなど滅多にない。
しかも相手は小さくとも気骨があり、己の炎を臆せず放つ――そんな存在だった。
別れは分かっていても、笑って送り出すには惜しすぎる。
そんな空気が、夕暮れの焚き火のように、じわりと広がっていった。
そんなイフリータの言葉に、スヴェルドフレムは聞かせるようにして呟いた。
「……何も特別な事じゃない」
「俺達サルカズにとって、生きながらの別れも、死がもたらす別れも、すべて普通のことだ」
ちかちかと瞬く蛍光灯の明かりが、無機質な影を落とした。
スヴェルドフレムは視線を向ける。
「だが……この険しい大地でも、希望は持つべきだ」
短く息を吐き、彼は言葉を継ぐ。
「生きて願うことを忘れなければ……希望はある」
そう言ってスヴェルドフレムは、わずかに口元を緩めた。
イフリータは視線を逸らし、呟く。
「……じゃあ、オレサマが願ってやるよ。おっさんも、エルデルの奴らも……忘れないようにな」
「望むなら、それでいい」
そう言ってスヴェルドフレムは、わずかに口元を緩めた。
イフリータの、頼りなく小さな炎の揺らめきが、スヴェルドフレムの琥珀と紅の瞳に映り込む。
それは別れの寂しさを包み込みながらも、飛び立つ者の決意を確かに宿していた。