先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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【第二部】テラ歴1096年:チェルノボーグ
ドクターの目覚め


 

テラ歴1096年。

氷雪に閉ざされし大地を支配する帝国――ウルサス。

その都市の一つ、移動都市チェルノボーグにて、歴史を揺るがす事件が幕を開けようとしていた。

 

かつてのバベル襲撃の混乱の最中、一人の人物が重傷を負い、封印のように鎮座していた医療用ポッド――通称「石棺」に収められた。

その者の名は、ドクター。

かつてバベルの指揮官に座し、伝説とも噂ともつかぬ存在として語られる者。

彼を目覚めさせるため、ケルシー率いるロドス製薬は周到に作戦を練り、都市を覆う帝国の監視をかいくぐり作戦を開始する。

 

だが同じ頃。

別の勢力もまた、チェルノボーグへと歩を進めていた。

 

一つはレユニオン・ムーブメント。

感染者組織の名を冠しながらも長らくは存在感を示せなかった。

だが、新たに現れた「龍の女」――タルラがその旗を掲げて以来、彼らは変貌を遂げた。

感染者に誇りを持たせ、力を得させ、そしてその力を行使することを求める過激派組織。

彼らの掲げる目標は「感染者の権利奪還」。

そのためには都市を襲い、国家を焼き払い、徹底した暴力をもって「奪われた尊厳」を取り戻す。

その牙は今まさに、チェルノボーグを噛み砕こうとしていた。

 

もう一つはスヴェルドフレム率いる「エルデル」。

同胞たるサルカズを救うための活動を行う彼らが狙うのは救出そのものではない。

彼らはロドスにもレユニオンにも属さず、ただ「ドクター」という存在を見定めるために姿を現した。

その眼差しは敵意でも友好でもなく、ただ冷徹に未来を測る観測者のそれであった。

目覚めしドクターという存在が、この大地にとって「希望」となるのか、「災厄」となるのか――、

その答えを確かめるために。

 

――かくして、三つの影が交錯する。

チェルノボーグの暗き街路に、歴史の歯車はゆっくりと軋みを上げ始めた。

 

 

  ◇

 

 

 煤けた瓦礫の匂いがまだ漂っていた。

 ひしゃげた鉄骨と崩れかけの壁の間を踏み越えながら、エルデルの一人が吐き捨てる。

 

「ボス。どーすんだ? このクソッタレな状況じゃあ、奴さんたちを追うにも追えねぇぞ」

 

 返答の代わりに、スヴェルドフレムは無言で周囲を見回した。

 至る所に転がるのは、レユニオンの兵の骸。

 腐臭を放つにはまだ早い――つい先ほどまでここで戦があった証。

 

 施設の外壁は損傷こそ見られるが、崩落には至っていない。

 計算され尽くした戦闘の痕跡。

 それはすなわち、ドクターを伴ったロドスが、何らかの方法でこの襲撃を切り抜けたことを意味していた。

 

 やがて空が鈍色に翳り、地鳴りが足元を震わせる。

この都市を襲う天災は、もう間近に迫っていた。

 

「……時間がない」

 

スヴェルドフレムは静かに言い切る。

 

 生き残るためなら、誰もがこの移動都市からの脱出を考える。

 感染者であれ、無辜の市民であれ、ロドスであれ。

 選択肢は一つしかない。

 

 問題は――その数少ない選択肢の中で、どの道を選ぶか。

 

 彼は一度だけ目を閉じ、思考を巡らせる。

 ケルシーならばどうするか。

 冷徹で、だが決して無謀を選ばぬ女医ならば。

 

 やがて目を開き、ひとつの答えを吐き出した。

 

「奴らは既に動いている。ならば、俺たちもそれにならうべきだ」

 

 誰に告げるでもなく、独白は瓦礫に沈んでいく。

 だがエルデルの仲間たちは、それで充分だった。

 彼らのボスが道を見据えたということは、すなわち進むべき方向が定まったということだからだ。

 

 

  ◇

 

 石棺の中で眠っていた男が、ようやく目覚めた。

 その姿を見た瞬間、ロドスの面々は歓喜の声を上げる――が、次の言葉に場の空気は凍り付く。

 

「……すまない。私は――何も覚えていない」

 

 ドクターの声は穏やかで、だがその響きはあまりに空虚だった。

 仲間たちの間に走る動揺。

 だが、その混乱を打ち消すように、突然の警報が轟き、爆音と共に施設が揺れた。

 

 レユニオンの襲撃――。

 

 混戦の中、ドクターはまるで眠りから覚めた本能に従うかのように指揮を執る。

 短く、鋭く、的確に。

 その指示に従った者たちは次々と道を切り開き、ロドスは追い出されるようにして危機を脱した。

 

 混乱の只中でありながらも、戦場に響いた指揮系統は整然としていた。

 かつてのドクターを知る者たちの胸には、歓喜が湧き上がる。

「やはり……ドクターだ!」

「記憶を失っていても、根本は変わらない!」

 

 仲間たちが希望を見いだす中で、ただ一人、ケルシーだけが表情を変えなかった。

 救出の目的は果たした。だが――果たしてこれは望んだ結果なのか。

 

 チェルノボーグ街の瓦礫の中、彼女は小さく呟いた。

「……ドクター。私は本当に、貴方を信頼してよいのだろうか」

 

 その声は誰にも届かず、ただ曇天に飲み込まれていった。

 

 

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