先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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余韻

 

 

 天災の轟音が遠ざかり、赤黒い炎に包まれた瓦礫の上にタルラは立っていた。

彼女の衣は煤に汚れ、炎をまとった竜の瞳には、戦場を睨み据える光が宿っている。

 

 幹部たちは沈黙していた。誰もが、その苛烈な戦いの余波を肌で感じ取っていたからだ。

 やがてタルラは、背後に控えるクラウンスレイヤーとメフィストへ問いかける。

 

「――エルデル」

 

「サルカズでありながら、レユニオンに与することもなく、傭兵団の規律をも超えた力を持つ」

 

「お前たちの間で、その名に聞き覚えは?」

 

 クラウンスレイヤーは僅かに眉を寄せ、苦々しげに答える。

「……知らない名だ。ただ、奴らの動きは兵団そのものだった。傭兵の連携ではない。あれは、戦場に生きる“軍”そのものだ」

 

 メフィストが笑みを浮かべ、肩をすくめる。

「へえ……なら、厄介極まりないね。タルラ、どうする? “脅威”として始末すべきかな?」

 

 タルラは答えない。

 ただ、脳裏に焼き付いた赤き炎の奔流――己の炎すら押し返した、あの男の炎を思い出す。

 彼女の瞳には、その炎に──どこか既視感が宿っていた。

 かつて「黒蛇」と呼ばれた別の存在が憑依している、その「タルラ」にとって。

 

 遠き日の奥底、ナイツモラのウルサス侵攻の記憶が断片として脳裏をよぎる。

 或いは、先民を率いる神民とティカズの争いを。

 燃える都市を、焦土を前に立ち尽くす市井の人々を。

 そして──。

 

 かつてナイツモラがウルサスの大地を蹂躙したように、

 この炎魔めいた戦士──スヴェルドフレムは、まるで歴史が逆回転しているかのような存在だった。

 

 不気味だ……。

 あの炎は、否――あの男の炎の輝きは、私がかつて戦ったあの“象徴”に似ている。

 

 それは、熱情だけでは説明できない、時間を超えた何かへの漠然とした呆れと怖れだ。

 

 しかし、記憶は遠く薄れていた。

 彼女の中で「あの炎」が歴史が紡いだ軌跡なのか、もしくは偶然の一致なのかさえ、確信はなかった。

 

 ただ一つ、確かだったのは、

 

 今、この瞬間、ウルサスを想うがゆえに暗躍する黒蛇──タルラにとって、目の前の存在は、排除すべき『誰か』であるということだけだ。

 

 彼女の心の中で、計算と憤りが交差する。

 

 そしてタルラは低く呟いた。

 

「……あれは、立ち塞がる壁となる。――レユニオンの進軍にとっても、私自身にとっても」

 

 瞳の奥に宿るのは、かつてのタルラの柔らかな理想とは遠い、黒蛇の冷ややかな輝きだった。

 歴史を見てきた者だからこそ、焼け落ちる街をただの惨禍とは捉えない。

 それは、未来を築くための「布石」なのだ。

 

 傍らに控える幹部たちは、彼女の言葉にわずかに息を呑む。

 

「何者であれ、我々の道を阻む者は焼き払うだけだ」

 

 

 

 

荒廃したチェルノボーグの影を背に、ロドスは撤退を果たした。

 しかし、その代償は決して小さくはなかった。失われた仲間の名が一人ひとり刻まれるたび、胸を押し潰すような痛みが全員を沈黙させる。

 

 そして、搬送される担架の上には――Aceがいた。

 片腕を失い、蒼白な顔で、それでも呼吸だけは確かに続いている。

 

 病室の空気は重く、消毒液の匂いが刺すように漂っていた。

 ケルシーは無言のままAceのベッド脇に立ち、彼を見据える。

 

 しばしの沈黙ののち、彼女は静かに言葉を落とした。

 

「……よく、帰ってきたな」

 

 Aceの唇がわずかに動き、声にならない笑みを浮かべる。

 その片眼に宿る光は、まだ戦場を離れてはいなかった。

 

「Ace。君の選択は……間違いではなかった。犠牲も、痛みも、無駄にはしない。必ず、次へと繋げる」

 

 ケルシーの声は冷静でありながら、微かに震えていた。

 

 病室の奥で、アーミヤは小さな拳を握り締めていた。

 その耳には、ケルシーの言葉と、Aceの静かな呼吸が重なって聞こえていた。

 

不自由など知らず、常に前線に立ち続けたAceは、ロドスでも指折りの重装オペレーターであり、仲間たちにとっては「盾」の象徴だった。

 彼がそこにいるだけで、幾人もの命が守られてきた。

 

 だが――片腕を失った今、その現実は残酷なまでに突きつけられる。

 戦線に復帰するためには数ヶ月……あるいは数年の歳月が必要だろう。

 たとえ義手の技術が、バベル時代と比べて飛躍的に進歩していたとしても、それを扱いこなすためには肉体も精神も鍛え直さねばならない。

 

 リハビリは苛烈を極めるだろう。

 力の制御、感覚の違和感、戦場での咄嗟の判断――どれも、片腕を失う前とは比べ物にならないほどの試練になる。

 

 病室の白い光の下で、Aceの沈黙はすべてを物語っていた。

 それでも、その眼差しだけは失われていない。

 彼の瞳には、まだ戦場に立つ者の炎が宿っていた。

 

 

「Ace。君に一つ尋ねることがある。……君たち小隊は、どうやってあの広場から……あの暴君の手から逃れることが出来た?」

カルテを手に、冷ややかな光を帯びた視線をAceへと注ぎながら、ケルシーは問いかけた。

 

 病室の時計が一秒を刻む音がやけに大きく聞こえる。Aceはしばしの沈黙を保ち、硬いベッドに横たわったまま天井を見上げる。彼の横顔には、戦場の煙と血の匂いがまだこびりついているかのような影が差していた。

 

「……俺たちは、撤退できたんじゃない」

低くかすれた声が、部屋の静寂を割った。

「逃がされたのさ。――スヴェルドフレムに」

 

 その名が口にされた瞬間、ケルシーの眉がわずかに動いた。彼女の手にあったカルテが、紙の擦れる乾いた音を立てる。

 

 スヴェルドフレム。かつてバベルと協定を結び、サルカズたちの生存と尊厳を守るために活動していた組織――【エルデル】の長。戦場を渡り歩く傭兵とも、指導者とも呼べる巨躯のサルカズ。

 

 ロドスにとって彼は「過去の影」であり、そして何よりも危うい存在だった。

 エルデルはサルカズを救済する組織であると同時に、その活動範囲は大地の隅々にまで及んでいた。移動都市チェルノボーグに彼らが居合わせていたとしても、確かに「不自然ではない」。

 

 だが――偶然で片づけるには、あまりに出来すぎている。

 あの暴君に囲まれた広場で、Ace小隊が絶望の中に沈みかけたその瞬間。なぜ、スヴェルドフレムがそこにいたのか。なぜ、彼はAce小隊を逃がしたのか。

 

 ケルシーの思考は冷徹に組み上がっていく。

 もしそれが単なる偶然ならば、奇跡と呼ぶしかない。だが、彼が「意図的に」ロドスに関与しているのならば――。

 

 Aceはかすかに笑った。痛みのせいか、それとも記憶を思い出したせいか。

「……あいつの剣は化け物じみてた。俺たちを助けるために、広場を血の海に変えてたよ。あの目……戦士ってより、何かを背負ってる奴の目だった」

 

 ケルシーは無言でその言葉を聞き、カルテを閉じる。

 彼女の瞳の奥には、冷たい光と共に、わずかな警戒の色が宿っていた。

 

「事実として――Aceは致命的な状況から生還した。状況証拠を整理すれば、その直接的要因はスヴェルドフレムの介入に帰結する。したがって、彼はレユニオンの敵対者であると同時に、ロドス……君たちの救助者でもあることになる」

 

カルテを閉じる動作もまた、結論を示す句読点のようだった。

 

「……Ace。君の証言から判断するに、彼は意図的に君達を救った。動機は現段階では不明確だが、選択は意識的なものと断定できる。ならば、ここで立証すべきは一つ。彼が依然としてドクターを見ているのか、それとも――既に切り離したのか」

 

Aceは沈黙を保ちながらも、わずかに目を細めた。その瞳には戦場で見た巨躯の姿が焼き付いて離れない。

 

「……助けられた。それだけは確かだ」

 

呟かれたAceの言葉を、ケルシーは吟味した上で口を開いた。

 

「結論は委ねる。――彼を『敵』と断ずるのか、それとも『再び交わる可能性のある者』と見なすのか。私が言えるのは、どちらの仮定も否定できない、という事実だけだ」

 

病室には、静かに時が落ちた。

Aceはただ黙し、ケルシーの断定と余白の両方を胸に刻むしかなかった。

 

ケルシーからすれば、スヴェルドフレムは彼自身の存在理由を、そしてドクターとの未完の因縁をまだ手放してはいないことを示しているように思えた。

 

「……彼は何を考えているのか」

ケルシーが低く呟く。

「いずれまた向き合わねばならないだろう。――エルデルと我々は」

 

 病室に漂う緊張は、もはや単なる治療の場の空気ではなくなっていた。

 Aceは目を閉じ、再び沈黙に沈む。ケルシーだけが静かに立ち尽くし、胸の奥でひそやかな警戒心を研ぎ澄ませていた。

 

彼女の脳裏にはただ一つの疑問が残る。

 

スヴェルドフレム――貴方は味方か、それとも……。

 





ケルシーはチェルノボーグ離脱&Aceを見舞った後、一足先に龍門へ旅立ってます。

ロドスの義手技術はバベル時代に主人公くんが技術提供したものが大元になってます。
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