先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
静観
レユニオンによるチェルノボーグ占拠の報せは、炎国の移動都市・龍門の為政者ウェイ・イェンウを長い沈黙へと追いやった。
その報せをもたらした報告官の言葉は簡潔であり、誇張も虚飾もなかった。それでも、沈黙が流れる執務室の空気は鉛のように重く、誰一人として余計な一言を差し挟むことを許さなかった。
「……だ」
ようやくウェイが口を開いた。低い声は抑制されていたが、その奥に潜む鋭利な刃は隠せない。
「龍門がウルサスの影に怯え、帝国の動向を注視し続けてからも、龍門は発展し続けている。我々は一度として警戒を解かなかった。帝国が腐敗し、内乱を抱え、弱体化したと侮る者もいた。だが私は決して忘れてはいなかった――あの……を」
彼の視線は窓の外に向けられていた。龍門の街並み、軌道に沿ってゆっくりと移動する巨大都市の姿。その眼差しの奥では、未だウルサス兵の影が炎に照らされて蠢いているようでもあった。
「ウルサスは獰猛で、冷酷で、そして……必ず牙を剥く」
彼は机上に置かれた地図へ視線を落とした。ウルサス領とチェルノボーグ、そしてその南に位置する龍門。点と点を線で結べば、そこには必然のように炎国の都市が浮かび上がる。
「レユニオンのリーダー……そしてロドス。彼らは一体、この龍門に何を運んでくるのだろうな」
◇
ウェイとの交渉を終え龍門の近衛局との協力を得たロドスアイランド。
龍門のスラム街にてミーシャという少女を保護したアーミヤは、レユニオンの襲撃を受ける。
「もう嗅ぎ付けたか」
テキサスの報告を受けて、隊列の空気はぴんと張り詰めた。蒸気と煤に霞む龍門の路地裏を、ロドスの面々は静かに、しかし素早く再編していく。テキサスは先導役を引き受けたまま、片目で周囲を何度もなぞり、隊員たちに冷静な声で指示を出す。
「みんな、声は出すな。視界は狭いが、隠密はもう通用しない。集団で来るなら我々も隊列を崩して分散し、迎撃する。エクシアからの撤退ルートは私が確保する。アーミヤ、ミーシャの位置を教えてくれ。」
アーミヤは小さく頷くと、護衛対象の位置を正確に伝える。目元には緊張が宿りつつも、冷静さを失わない。リスカムは術の気配を探るために瞑目し、空気の微かな歪みを読み取っていく。フランカは相変わらず口は悪いが、その指先は既に武器をチェックしていた。
「んー、後ろを取られるのは面倒だけど、逆に言えば引き締まるってもんね」
フランカは軽口を叩きながらも、すぐに表情を殺して射撃陣の配置へ動く。彼女の笑い声は消え、銃声の予感だけが残る。
そのとき、路地の突き当たりから低い掛け声が響く。レユニオンの構成員が高まり、叫びが仲間を呼ぶ。やがて、暗がりを切り裂くように数人の影が浮かび上がり――見張りの隊員が息を呑む。
「居たぞ! 逃がすな!」
「スカルシュレッダー! 奴らは――いや、彼女はあそこだ!」
アーミヤの顔色が変わる。直感で察知した。音の層の中に明確な“指揮の気配”と、術師の共鳴が混じっていたのだ。
「みなさん! 敵方に、レユニオン幹部らしき人物を確認しました!」
リスカムは即座に応答する。
「術師部隊、接近を確認。詠唱痕跡が複数。詠唱速度と配置から、範囲術での殲滅を狙う布陣だ。全員、迎撃準備を!」
テキサスは地図の代わりに鋭い視線で周囲を見渡し、手を前に大きく振る。「フランカ、射撃陣を左側通路へ。リスカム、術師を優先的に仕留めろ。アーミヤ、最短ルートで撤退せよ。私が先導して撤退経路を確保する。動け!」
命令は端的だが重みがある。
フランカは短く笑い、すぐに顔を引き締めて走り出す。
狭い通路が一瞬で占拠され、アーツが飛び始める。術の兆しは冷たい青い閃光となって路地を切り裂こうとするが、リスカムの仲間が詠唱を断つべく前に飛び込む。
敵術師の一人が詠唱を終える直前、投げた爆弾が炸裂して空間の脈動を狂わせた。
詠唱の核心が破られ、術は空白の爆発を生む。
複数のレユニオン兵が咳き込み、前進の足取りが鈍る。
これを見逃さなかったテキサスが、隊列を素早く横断して敵の側面を突いた。
「ミーシャさん!」
その隙に、アーミヤはミーシャへと駆け寄る。ミーシャは怯えを見せながらも、ロドスの面々の顔を見て少し安堵の影を見せる。アーミヤは手早く彼女の手を取り、背後に回る隊員たちと合図を交わす。
「護衛対象の元へ、急いでください! 彼らの目的は――ミーシャさんです!」アーミヤの声が冷静さの中に鋭さを帯びる。理由は不明だが、この瞬間の全員の行動は一点に集中した。ミーシャを守ること、それこそが目下の最優先事項だ。
戦況は短時間で変化する。
路地の一角での小さな接触が、やがて集団戦へと拡大しかける。
しかし、ロドスの連携は機能していた。術師の詠唱を潰し、射撃で前線を切り裂き、テキサスの先導で撤退ルートが確保される。
レユニオン側も、幹部の存在を隠蔽できないほどに戦力を注いでおり、ここで消耗戦を仕掛けるつもりだという意図は明白だった。
だが今は逃げ延びることが先決だ。
アーミヤがミーシャの肩に手を置くと、彼女はかすかに震えを収める。テキサスは死角を警戒しながら、冷静に前進の号令をかける。
フランカの銃声がリズムを刻み、リスカムの銃撃が敵の詠唱を阻む。小さな合図とともに、ロドスの隊列は流れるように移動を続ける。
背後で上がるレユニオンの怒号と咆哮は、追走の狼煙にすぎない。
だが、テキサスは振り返らない。視線は先へ、次の交差点へと注がれている。アーミヤの足元にはミーシャの小さな影。
ロドスの者たちは、その影を守るために一歩一歩を刻んでいく。
――龍門の雑踏を抜けるまで、決して油断は許されない。