先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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軋轢

「見ろ、ミーシャ」

荒れ果てた瓦礫の中で、スカルシュレッダーは黒く煤けた銃を妹に差し出した。

 

「う、うん……」

ミーシャは不安げに首を傾げながらも、弟の瞳に射抜かれるようにして手を伸ばす。

 

「これが、トリガーだ。こうやって弾を込めて……狙いを定めたら、引く」

冷たい鉄の感触と、弟の低く熱のこもった声が重なる。

「そうすれば、弾が飛び出していく」

 

「次は……グリップを握ってみろ。精神を集中させろ。そうすれば……」

彼の口元に、狂気と歓喜が入り混じった笑みが浮かんだ。

「アーツが弾丸を導き、飛んだ先で爆ぜるはずだ」

 

「……私に、できるのかな……」

震える声。だが彼は即座に断ち切るように言った。

 

「できるさ。お前には、俺と似た力を感じるんだ」

 

――弟と同じ力。

その言葉は、ミーシャの胸の奥を掻き乱す。

 

「さあ、想像してみろ。この源石を握って……」

 

「っ、う……」

手のひらが灼けるように熱い。脈動する力が、恐ろしいほど鮮明に伝わってきた。

 

「集中しろ」

 

「――ちょっとだけ……手のひらが、熱いような」

 

「よし、その調子だ!」

弟の声は、歓喜で震えていた。

 

「ミーシャ、やっぱりお前は……」

彼の瞳が、過去と現在の狭間で燃え上がる。

 

「っはは、そうだ……そうだよな。はは、はははっ……!」

笑い声は、戦火に飲み込まれた街に反響した。

 

「だって、お前は――俺の……」

 

 

 

「――スカルシュレッダー! ここを離れよう、撤退だ!」

 レユニオンの構成員が、慌ただしく駆け込んできた。

 

「この場所には、もういられそうもない!」

 

「ッ、何が起きた!?」

 振り返るスカルシュレッダーの声に、兵の顔は蒼白だった。

 

「ロドスが襲撃してきたんだ!」

 

「――なっ……!!」

 怒気と共に吐き出された叫びが、周囲の空気を震わせる。

「……あのクソ野郎どもが……!」

 

 彼は歯を食いしばり、剣を握り締める。

「慌てず立て直せ! 反撃に出るぞ!」

 

 その背に、ミーシャが慌てて声をかけた。

「っ、スカルシュレッダー……!」

 

「何だ、ミーシャ!」

 

「ロドスが相手なんだったら……」

 少女の声は、揺れる炎にかき消されそうに小さかった。

 

「――奴らと話し合えって言うのか?」

 鋭い声が、迷いを断ち切るように返ってくる。

 

「だって、あの人たちは……絶対、感染者の助けになってくれるから!」

 

 一瞬、スカルシュレッダーの眼が見開かれる。だがすぐに、憤怒がその光を塗りつぶした。

「俺の仲間は何人もロドスに殺されたんだぞ!」

 

 重苦しい沈黙の後、彼は姉に向き直る。

「どちらにせよ、俺たちにはこの道しか残されてないんだ、ミーシャ」

 

  ◇

 

 ロドス襲撃により開戦した戦いは、激しい攻防戦を繰り広げていた。

 黒い閃光が走り、戦場の喧騒を断ち切った。

スカルシュレッダーの体が、弾かれた人形のように崩れ落ちる。

 

それで、戦いは終わった。

 

だが、終わったのは戦闘だけで、胸の奥に残るものは焼け残ったままだ。

 

十四歳の少女――アーミヤは、震える声でドクターに向き直る。

 

「……はい。後悔は、していません」

彼女はそう言った。だがその表情は、痛みを噛みしめるように曇っていた。

 

「……と、いうより……ドクターのためなら、相手が何を背負っていようと、殺めることに後悔はしません」

強がるような言葉。けれど、その瞳には迷いが滲む。

 

「ですが……本当は、もっといい方法があったはずだとも思います。私がそれを見つけ出すことができなかったから……彼の命を奪うことになってしまったんです」

 

声がわずかに掠れ、吐き出す言葉の一つひとつが自分を責める刃となって胸を抉っていく。

 

「その一点だけは……悔やまずにいられません」

 

アーミヤは唇を噛み、そして――ふっと、か細い声を零した。

 

「……できることなら……ドクターにだけは、こんな姿を見せたくありませんでした」

 

いつもは「感染者を救う」と誓いを口にしてきた。

けれど戦場のただ中で、彼女が選んできたのは――殺めることだった。

 

「普段は、この大地に生きる感染者たちを、苦しみから救ってみせると口にしているのに……いざ危機的な状況に陥ったときには、いつも自分を無理やり納得させて、彼らの命を奪う選択をしてしまっているんですから」

 

俯いたその肩が、わずかに震えていた。

 

「私は、本当に……無力ですね」

 

アーミヤは、ゆっくりと瞳を閉じた。胸の奥に渦巻く迷いと不安は、まだ消え去ってはいない。だが、それ以上に確かなものがあった。

 

「……なんだか、わかった気がします」

 

 彼女は静かに言葉を紡ぐ。その声には、幼さと同時に、決意の響きが宿っていた。

 

「それが、私のやるべきことなんですね」

 

 夜風が髪を揺らし、彼女の視線はまっすぐに前を見据える。

 

「――私は、運命なんて存在しないと思っているんです」

 

 吐き出すように、しかし揺るぎなく告げる。もし運命というものがあるのなら、それは他人に押しつけられたただの鎖だ。そんなものに縛られるつもりはない。

 

「ですが、それでも……この先、何があったとしても」

 

 小さな手が強く握られる。震えは、もうなかった。

 

「私は、あなたを守ってみせます」

 

 その瞳には、ひとりの戦士としての強さと、誰かを思う少女の真っ直ぐな優しさが同居していた。

 

「絶対に」

 

 その一言は、誓いとなって響いた。

 

 だが運命は過酷だ。

 

「だけど――どうしてあの子が、あんな目に遭わなくちゃいけなかったの?」

 

 ミーシャの声は震えていた。感情を押し殺すように、それでも抑え切れずに溢れ出す。

 

「弟は、何も悪いことなんかしてなかったのに! なのに突然、感染が発覚したとか言われて……!」

 その瞳に涙がにじむ。言葉は途切れ途切れになりながらも、彼女の胸を裂く痛みをそのまま吐き出していた。

 

「……その時は、あの子だってまだ小さかったんだよ? ……私に、宿題を手伝ってほしいなんて……言い始めたくらいの、頃で……」

「私が……私が、あの子を守ってあげてれば……!!」

 

 アーミヤは息をのむ。胸の奥が、痛みに締め付けられる。

 

「ミーシャさん、落ち着いてください!」

 必死に声をかける。

「罪のない人々を傷つけたのは、あなたではないはずです! そもそも何一つとして、あなたのせいなんかじゃ――」

 

 だが、その言葉を遮るように、ミーシャは叫んだ。

 

「――ッ、『罪のない人』って何なの!? 誰でも、最初は罪なんかなかった……! 間違ってなんかなかったはずでしょ!?」

 

 その叫びは絶望の刃となり、アーミヤの心を突き刺す。

 

 そして、彼女は静かに息を吐き出し――小さく、けれど確かに告げた。

 

「だから、さようなら」

 

 その瞬間、アーミヤの目の前から、ミーシャの気配がすっと消えた。

 

 ――次に目に映ったのは、復活を遂げたスカルシュレッダーの姿。

 

 その異様な気配と立ち振る舞いに、アーミヤは直感する。

 胸の奥に突きつけられる、冷たい真実。

 

 ――あれは、彼女だ。

 

「アーミヤ! 近付きすぎよ、下がって!」

 仲間の声が響いた。

 

 だが、アーミヤは一歩も退かない。震える瞳で、その姿を見据えていた。

 

「――やっぱり……」

 小さく息を呑み、唇を噛みしめる。

「あそこに、いるのは……」

 

 その間にもレユニオンとの戦闘は激化し、構成員はまた一人と散っていく。

 開戦時の半数程にまで減ったレユニオン部隊は、それでもなお抗うことを辞めない。

 いや、辞められないのだ。

 復活した希望……スカルシュレッダーがいる限り。

 やがてレユニオン部隊を壊滅の一歩手前にまで追い詰めたロドス。

 

 アーミヤの指先が震える。

「……ドクター……私は一体、どうすれば……」

 

 耳の奥に、静かな声が届いた。

……君の為すべきことをするんだ、アーミヤ。

 

「っ、ですが……」

 彼女の頬を涙が伝う。

「……ごめんなさい、ドクター……私……」

 

 躊躇うアーミヤ。

 そのとき、漆黒の影がかすかに声をもらした。

 

「……あ……」

 その声は、確かに聞き覚えのあるもの。

「アーミヤ……?」

 

「どう、して……」

 アーミヤの胸が締め付けられる。

「……あなたが……? なぜ……こんなことに……」

 

 返答は、淡く掠れた囁きだった。

 

「……きっと、こうなる運命だったんだよ」

 

 轟音とともに、砕けた瓦礫が空から降り注ぐ。

 巨大な瓦礫の影が、スカルシュレッダー、――ミーシャを覆い隠していく。

「――ッ!」

 少女の名を叫ぼうと、アーミヤは必死に手を伸ばした。

 

 その瞬間、スカルシュレッダーはゆっくりと顔を上げ、どこか達観したように――ふっと、笑った。

 

 次の刹那、轟音と共に巨大な瓦礫が落ち、黒い影を呑み込んでいった。

「あ……」

 伸ばされたアーミヤの手は、空を掴むことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 瓦礫の崩落はやがて静まり返り、ただ灰と塵だけが空を舞っていた。

 ロドスの捜索班が慎重に瓦礫を掘り返していく中――ひときわ重い沈黙が場を包む。

 

「……これを」

 

 報告の声とともに差し出されたのは、血に濡れ、割れ欠けた一枚の仮面だった。

 それは紛れもなく、スカルシュレッダーが常に身につけていたもの。

 

 アーミヤはその仮面を見つめ、言葉を失う。

 胸の奥に鋭い痛みが走り、喉が詰まるように熱くなる。

 

 ――あの時、最後に見せた笑みは、何を意味していたのだろう。

 

アーミヤは血に濡れた仮面を両手で抱きしめるように持ったまま、しばし言葉を失っていた。

その小さな肩を見据え、チェンは冷徹な口調で告げる。

 

「……キミが、そうしたマスクで自分の部屋を満たすことになっても構わないというのなら、そうすればいい」

「ただし――それが自分自身の選択であることを忘れるな」

 

 鋭い視線を投げかけながらも、その声音には一抹の思いやりが滲んでいた。

 

「……」

 

「――ロドスの小さな『リーダー』よ。

 キミに、すべてを背負う覚悟が本当にあるのなら――己の意志で決断し、その結果に責任を持つことだ」

 

 長い沈黙の後、アーミヤはゆっくりと仮面を見下ろし、そして小さく息を吐いた。

 

「……ありがとうございます。……チェン隊長……」

 

 その声音は、少女のものではなく、指揮官としての静かな覚悟を秘めていた。

 

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