先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

62 / 100
密かな邂逅①

貧民窟の狭い路地に、煙と血の匂いが満ちていた。

ケルシーは片手で端末を操作しつつ、もう一方の手でMon3terに指令を下す。彼女の声は涼やかで、感情の揺らぎなど一切見せない。

 

だが、その横顔には一瞬だけ――冷酷とも言える影が落ちた。

 

「……右から回り込め。反応が三つ……Mon3ter、排除しろ」

 

低く命じる声に、鋼の獣が咆哮を上げ、闇を切り裂く。

その隙間から、彼女の視線はふと東側の路地に吸い寄せられた。

 

「――貴方がこのような所にいるとはな、スヴェルドフレム」

 

そこに立っていたのは、巨躯のサルカズ。

かつて肩を並べ、そして袂を分かった存在――エルデルに身を投じた同胞。

 

スヴェルドフレムは返答をせず、ただ鋭い眼差しでケルシーを見返すだけだった。

 

予想していたことだ。

だが実際に再び相まみえた瞬間、ケルシーの胸中に湧き上がるのは言葉にしがたい感情だった。

 

他種族との融和という理想ではなく、サルカズを救うために道を選んだ者たち。

その選択を、彼女は理解している――否定はせずとも、テレジアの掲げた理想とは少々異なるものだ。

 

沈黙を破ることなく、二人の間には張り詰めた空気だけが流れていった。

 

スヴェルドフレムもまた、戦いの渦中にあったのだろう。

その衣は鮮血に濡れ、黒鉄の匂いを纏っていた。

 

彼の足元には数人のレユニオン構成員が転がっていた。呻き声は微かで、辛うじて息があることを示している。

無造作に切り伏せられたのか、それとも手加減を残したのか――判別はつかない。

 

「……単独で、か?」

 

ケルシーの思考が巡る。

この男の力量ならば、孤立無援であっても不可能ではない。

だが一方で、影に潜ませた部下を動かしている可能性も否定できない。

 

彼女の目は一切の感情を映さず、冷徹に状況を切り分けていく。

懐疑、推測、判断。

ケルシーにとってそれは呼吸のようなものだ。

 

それでも、胸の奥に沈殿する重苦しいもの――かつての同志を前にした感情だけは、冷徹な理性ですら押し込めきれなかった。

 

「そう警戒するな、ケルシー。お前とここで会うとは思わなかった」

 

血に濡れたサルカズの男は、淡々とした声音でそう告げた。

両者にとってこれは予期せぬ遭遇――突発的な事故に等しかった。

 

ケルシーは無言のまま視線を逸らさない。

彼女の背後では、Mon3terが低く唸りを上げていた。

 

「……床に伸びてる奴らは、気にするな」

 

スヴェルドフレムは地に伏すレユニオン構成員を一瞥し、僅かに肩を竦めた。

「この紋章を見て、どこかの組織の所属とでも察したのだろう。敵と見なしてな」

 

「……」

 

「チェルノボーグのような厄介な輩ばかりだと思っていたが」

「直属の部隊ならまだしも、烏合の衆と呼ぶしかない未熟なものも混じっているようだ」

彼は口元を僅かに歪める。

「――この龍門に入ってからはなおさらだ」

 

沈黙が落ちる。

互いに「嘘を吐いていない」と知りつつも、信用には至らない――そんな空気だった。

二人の間に立ち込めるのは、敵意ではなく、疑念と過去の影。

 

「何故ここに……というのは愚問か」

ケルシーは己の胸中に呟いた。

 

この男は、サルカズの同胞のためならば――地獄であろうと平然と足を踏み入れる。

エルデルの活動の一環と見れば、ここに現れるのもおかしくはない。

 

だが、過去に理解し難い行動を取ったことがあった。

タルラの手からAce小隊を救ったあの時。

あれは戦略でも計算でもなく、ただ情からそうしたように見えたと語っていたAceの姿。

 

……それだけなのだろうか?

 

冷酷な理性を掲げる彼の内側に、まだ人の情が燻っているのか。

あるいは――全てが大きな布石のひとつにすぎないのか。

 

ケルシーの視線は、血に濡れたスヴェルドフレムの姿を射抜きながら、答えを探し続けていた。

 

テレジアが暗殺され、バベルが崩壊したあの時。

ケルシーは、彼女と過ごす最後の刻をスヴェルドフレムによって与えられた。

その恩義に、今も変わらぬ感謝を抱いている。

 

だが――。

 

「奴は殿下の死に関与していないのか」

鋭い問いを突き付けたのはスヴェルドフレムだった。

疑念を抱くのは当然だ。裏切りを目の当たりにしたわけではなくとも、確かな影がそこにあった。

 

ケルシーは答えなかった。

肯定も、否定も。

ただ、無言のまま視線を返す。

その沈黙には冷ややかな確信が宿り、言葉より雄弁に事実を物語っていた。

 

彼女はドクターを、チェルノボーグの地下深くに眠る先史文明の石棺へと送った。

それを知った瞬間、スヴェルドフレムの瞳に怒りと失望が混じり合う。

 

「――それが貴様の答えか、ケルシー」

 

乾いた吐息と共に、彼は言い捨てる。

その声音には、もはや和解の余地など微塵も残されていなかった。

 

「エルデルとバベル……いや、ロドスと名を変えた組織との協定はここで終わりだ」

 

重い言葉が静寂を切り裂く。

こうして、決別の刻が訪れた。

 

 

スヴェルドフレムが、どこまで事実を知り得ているのかは分からない。

だが――Ace小隊が救われたことを思えば、エルデルは未だこちらを見定めているのではないか。

 

その視線は、友情か、哀惜か、あるいは冷徹な計算か。

ケルシーには判じがたい。

 

エルデルは、否――スヴェルドフレムという男は、ドクターに対してどのような感情を抱いているのか。

裏切り者として断じているのか、それとも、未だ答えを得られぬままに揺らぎ続けているのか。

 

彼の胸の奥にあるものは、炎のように燃え盛る憤怒なのか、氷のように沈黙する疑念なのか。

ケルシーには確かめようがない。

ただ一つ確かなのは、彼が未だ「見ている」ということ。

 

ドクターを、ロドスを、そして――かつて共にあった彼女自身を。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。