先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
貧民窟の狭い路地に、煙と血の匂いが満ちていた。
ケルシーは片手で端末を操作しつつ、もう一方の手でMon3terに指令を下す。彼女の声は涼やかで、感情の揺らぎなど一切見せない。
だが、その横顔には一瞬だけ――冷酷とも言える影が落ちた。
「……右から回り込め。反応が三つ……Mon3ter、排除しろ」
低く命じる声に、鋼の獣が咆哮を上げ、闇を切り裂く。
その隙間から、彼女の視線はふと東側の路地に吸い寄せられた。
「――貴方がこのような所にいるとはな、スヴェルドフレム」
そこに立っていたのは、巨躯のサルカズ。
かつて肩を並べ、そして袂を分かった存在――エルデルに身を投じた同胞。
スヴェルドフレムは返答をせず、ただ鋭い眼差しでケルシーを見返すだけだった。
予想していたことだ。
だが実際に再び相まみえた瞬間、ケルシーの胸中に湧き上がるのは言葉にしがたい感情だった。
他種族との融和という理想ではなく、サルカズを救うために道を選んだ者たち。
その選択を、彼女は理解している――否定はせずとも、テレジアの掲げた理想とは少々異なるものだ。
沈黙を破ることなく、二人の間には張り詰めた空気だけが流れていった。
スヴェルドフレムもまた、戦いの渦中にあったのだろう。
その衣は鮮血に濡れ、黒鉄の匂いを纏っていた。
彼の足元には数人のレユニオン構成員が転がっていた。呻き声は微かで、辛うじて息があることを示している。
無造作に切り伏せられたのか、それとも手加減を残したのか――判別はつかない。
「……単独で、か?」
ケルシーの思考が巡る。
この男の力量ならば、孤立無援であっても不可能ではない。
だが一方で、影に潜ませた部下を動かしている可能性も否定できない。
彼女の目は一切の感情を映さず、冷徹に状況を切り分けていく。
懐疑、推測、判断。
ケルシーにとってそれは呼吸のようなものだ。
それでも、胸の奥に沈殿する重苦しいもの――かつての同志を前にした感情だけは、冷徹な理性ですら押し込めきれなかった。
「そう警戒するな、ケルシー。お前とここで会うとは思わなかった」
血に濡れたサルカズの男は、淡々とした声音でそう告げた。
両者にとってこれは予期せぬ遭遇――突発的な事故に等しかった。
ケルシーは無言のまま視線を逸らさない。
彼女の背後では、Mon3terが低く唸りを上げていた。
「……床に伸びてる奴らは、気にするな」
スヴェルドフレムは地に伏すレユニオン構成員を一瞥し、僅かに肩を竦めた。
「この紋章を見て、どこかの組織の所属とでも察したのだろう。敵と見なしてな」
「……」
「チェルノボーグのような厄介な輩ばかりだと思っていたが」
「直属の部隊ならまだしも、烏合の衆と呼ぶしかない未熟なものも混じっているようだ」
彼は口元を僅かに歪める。
「――この龍門に入ってからはなおさらだ」
沈黙が落ちる。
互いに「嘘を吐いていない」と知りつつも、信用には至らない――そんな空気だった。
二人の間に立ち込めるのは、敵意ではなく、疑念と過去の影。
「何故ここに……というのは愚問か」
ケルシーは己の胸中に呟いた。
この男は、サルカズの同胞のためならば――地獄であろうと平然と足を踏み入れる。
エルデルの活動の一環と見れば、ここに現れるのもおかしくはない。
だが、過去に理解し難い行動を取ったことがあった。
タルラの手からAce小隊を救ったあの時。
あれは戦略でも計算でもなく、ただ情からそうしたように見えたと語っていたAceの姿。
……それだけなのだろうか?
冷酷な理性を掲げる彼の内側に、まだ人の情が燻っているのか。
あるいは――全てが大きな布石のひとつにすぎないのか。
ケルシーの視線は、血に濡れたスヴェルドフレムの姿を射抜きながら、答えを探し続けていた。
テレジアが暗殺され、バベルが崩壊したあの時。
ケルシーは、彼女と過ごす最後の刻をスヴェルドフレムによって与えられた。
その恩義に、今も変わらぬ感謝を抱いている。
だが――。
「奴は殿下の死に関与していないのか」
鋭い問いを突き付けたのはスヴェルドフレムだった。
疑念を抱くのは当然だ。裏切りを目の当たりにしたわけではなくとも、確かな影がそこにあった。
ケルシーは答えなかった。
肯定も、否定も。
ただ、無言のまま視線を返す。
その沈黙には冷ややかな確信が宿り、言葉より雄弁に事実を物語っていた。
彼女はドクターを、チェルノボーグの地下深くに眠る先史文明の石棺へと送った。
それを知った瞬間、スヴェルドフレムの瞳に怒りと失望が混じり合う。
「――それが貴様の答えか、ケルシー」
乾いた吐息と共に、彼は言い捨てる。
その声音には、もはや和解の余地など微塵も残されていなかった。
「エルデルとバベル……いや、ロドスと名を変えた組織との協定はここで終わりだ」
重い言葉が静寂を切り裂く。
こうして、決別の刻が訪れた。
スヴェルドフレムが、どこまで事実を知り得ているのかは分からない。
だが――Ace小隊が救われたことを思えば、エルデルは未だこちらを見定めているのではないか。
その視線は、友情か、哀惜か、あるいは冷徹な計算か。
ケルシーには判じがたい。
エルデルは、否――スヴェルドフレムという男は、ドクターに対してどのような感情を抱いているのか。
裏切り者として断じているのか、それとも、未だ答えを得られぬままに揺らぎ続けているのか。
彼の胸の奥にあるものは、炎のように燃え盛る憤怒なのか、氷のように沈黙する疑念なのか。
ケルシーには確かめようがない。
ただ一つ確かなのは、彼が未だ「見ている」ということ。
ドクターを、ロドスを、そして――かつて共にあった彼女自身を。