先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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覚悟と殿

 スヴェルドフレムとケルシーの邂逅から幾許も経たぬうちに、龍門近衛局によるレユニオン討滅戦は苛烈を極めていった。

 市街のあらゆる路地は火線に呑まれ、瓦礫に転じ、血の匂いが風に混ざった。

 

 だが、その混乱を覆い隠すかのように、さらに暗い影が動いていた。

 炎国から派遣された特殊部隊――表向きには存在を秘され、秘密裏に投入された彼らの任務はただ一つ。

 スラム街に潜む感染者を、根こそぎ掃討すること。

 

 標的はレユニオンの構成員に留まらない。

 貧民窟の住人――感染者と言う理由で同じ「害」として処理の対象とされた。

 

 それは討伐の名を借りた虐殺だった。

 源石火薬の咆哮が、アーツの連雨が、泣き叫ぶ声を呑み潰し、路地裏を赤黒く染め上げていく。

 

 煙と血の匂いが混じり合う路地の一角で、スノーデビルの一人――隊員Bの声が掠れていた。震えが混じる必死の頼みは、冷たい迷彩服をまとった狙撃兵の背に向けられる。

 

「スノーデビルか……待て、何をしているんだ?」

 

 迷彩狙撃兵は肩越しに振り向き、無表情に問い返す。だが彼の瞳は、いつもより僅かに血走っていた。戦場の時間は、皆を老けさせる。

 

「姐さんの……フロストノヴァの身体は、もう長くは保たないんだ。さっきの龍門の部隊は撃退したが、力を使い切ってしまった。すぐには目覚めないだろう」

 

 隊員Bは言葉を一気に畳みかける。

 

 迷彩狙撃兵は黙って隊員Bの顔を見つめる。路地の向こう、破れた幟がはためき、遠方からは新たな足音が迫っていた。時間はない。

 

「俺たちは姐さんに、最期の刻をパトリオットの大旦那と過ごしてほしいんだ」

 隊員Bの声は急に柔らかくなる。

「今は二人、少し仲違いをしているようだが……俺たちは知ってる。二人の関係は、血の繋がりなんかより強い。お願いだ。連れて行ってくれ」

 

迷彩狙撃兵は一歩、近づく。フロストノヴァの痩せた顔に落ちた布が、浅く震えている。

 包帯の隙間からはかすかな呼吸。戦場は冷たく、容赦なく命を刈り取る。

 

「お前たちはどうするんだ?」

 

 狙撃兵が問う。

 

「俺たちは――お前たちのしんがりを務める」

 隊員Bの返事は毅然としていた。

「ここで時間稼ぎをして、皆を行かせる。さもなければ、龍門の部隊がすぐに追いつく」

 

 沈黙が数秒ほど流れた。迷彩狙撃兵の表情が変わる。彼は戦場で幾度も「見送る側」を経験してきた。

 だが今日は違った。頼みは苛烈で、しかし純度の高い慈しみを帯びている。

 

「ファウストの命令か、メフィストの望みか、あるいはお前たちの情か」

 

 彼は低く呟く。

 

「どれであれ、俺は……ここで見捨てるわけにはいかん」

 

 隊員たちの顔に一瞬、安堵が走る。狙撃兵はフロストノヴァを慎重に抱き上げる。

 血に濡れた毛布が手に粘りつき、冷たさを伝える。

 彼は無言で、だが確かな動作で包帯の端を押さえ、仲間の元で短く言った。

 

 隊員Bは目を赤くして頷く。

 

「ありがとう……頼む、頼むよ!」

 

 狙撃兵は振り返らず、そのまま影の路地へと歩を進める。フロストノヴァを抱く腕はぶるぶると震えるが、踏み出す足は確かだった。

 やがて迷彩が闇に溶け、数人の小さな影が狭い抜け道を駆けていく。

 

 残されたスノーデビル隊員たちは、互いに視線を交わすと武器を構え、戦列を固める。彼らの背には、これから来るであろう轟音と炎の影が迫っていた。

 しかし、その瞳はどこか晴れやかでもあった。誰かを生かすために、命を差し出す。彼らはその意味を、よく理解していた。

 

「守れよ」

 

 隊員Bの呟きが、空に消える。

 

 散っていく仲間の姿を、誰も目を逸らさなかった。

仲間の倒れる音すら、己が戦意を鼓舞するかのように受け止め、彼らはなお刃を振るい続けた。

「――まだだ、立て! 時間を稼げば……!」

 その叫びが、次のアーツに掻き消される。

 

 それでも彼らは退かなかった。

 血飛沫に霞む視界の先、怯えた顔の住人たちが、細い通路を抜けて遠ざかっていくのを確かに見届けながら。

 幼子を抱く母親が、老人を支える若者が、必死に走っていく。

 

 やがて最後の一人が、剣を杖のように突き立てながら、膝を折った。

吐き出した血が瓦礫を濡らす。

だがその唇には、かすかな笑みが浮かんでいた。

 

――間に合った。

 

 その思いだけを胸に、静かに瞼を閉じる。

 

 次の瞬間、遠くで響く避難完了の合図。

 住人たちの列は、すでに戦火の及ばぬ方角へと消えていった。

 

 スラム街を包んだ静寂には、彼らの犠牲だけが重く刻まれる。

 

 かすかな呼吸音が絶えていく。

 

 血に濡れた瓦礫の山を背に、崩れ落ちるように横たわるスノーデビル隊員は、もはや視界すら定まらぬ中で――確かに「足音」を聞いた。

 

 重々しく、しかし確固たる歩み。

 それは敵ではないと、最後の直感が告げていた。

 

 影が一つ、彼の眼前に立つ。

 スヴェルドフレム。

 遠く離れた地点で住人たちの避難を導いていたはずの男が、今この死にゆく戦士の前に現れた。

 

 その眼差しは氷のように冷たく、それでいて――どこか慈しみを帯びていた。

 スヴェルドフレムは無言のまま膝を折り、倒れ伏す戦士の傍らに座す。

 そして低く、静かな声でウルサス語を紡いだ。

 

「――誇り高き兵よ。お前たちの犠牲は、決して無駄ではない。その血は、大地に染み入り、同胞の未来を繋ぐ礎となるだろう」

 

 戦士の瞳が、わずかに揺れる。

 意識はすでに朧で、言葉を返す力すら残されてはいなかった。

 それでもその言葉は、確かに彼の胸へと届いた。

 死へと向かい、死への冷たさに震える戦士の身体へアーツを発動させる。

 それは死の冷気を放ち、生気を喰らうサルカズの巫術だ――。

 だが、スヴェルドフレムの手が加えられたその術は、生気をただ奪うのではなく、焚火のような温もりを与える。

 寒さに震えていたスノーデビル隊の唇が言葉を紡いだ。

 

「ありが……」

 

 スヴェルドフレムは瞼を閉じるその瞬間まで、手を放さなかった。

 冷たくなりゆく指をしっかと握り締め、最後の呼吸が絶えるのを見届ける。

 

 そしてただ一言、呟いた。

 

「……安らかに眠れ、英雄よ」

 

 その声は戦場の静寂に溶け、二度と響くことはなかった。

 





主人公くんは出兵経験も豊富なので、仲間の火葬もお手の物です。末期の鉱石病で苦しむ同胞の看取りも感情が半ば擦り切れるほど経験してます。相手が望んだ時は死の介錯も行いました。
武器で介錯するのは精神と肉体共にきつかったので、この巫術を改造以降はこの術で看取ってます。

「サルカズの巫術は、死生に関わる仄暗いものばかりだが……こういった使い方もある」
「私がした経験は……感傷と言う安易な言葉で言い表せるものではない」
「そして、お前たちのような……が、こんなものを味わう必要もない」
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