先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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父娘

いつかその日が来ることを、スヴェルドフレムは悟っていた。

 それがどんな結末を意味するのか、彼にはおおよその予感があった。

 

 ――彼はフロストノヴァという女を、よくは知らない。

 スヴェルドフレムが知っているのは、ただ一人。パトリオットの娘として傍らにいた、あの小さな少女――エレーナだけだ。

 

 まだ幼かったあの日、巨躯のウェンディゴ族の背に隠れるようにしていた少女の姿を、彼は見かけた。

 雪のように白い髪を持ち、怯えながらもその瞳には確かな光が宿っていた。

 

 エレーナ。

 感染者として送られた鉱山奴隷の中にいた彼女を、ウルサスの元軍人――後の「パトリオット」が救い出したのだという。

 血の繋がりはなくとも、二人の間には確かな絆があった。

 

 あの少女が、今やレユニオンの戦士として、氷の力を振るう指揮官「フロストノヴァ」となっている。

 スヴェルドフレムはそれを知ったとき、どこかで納得していた。

 あの強い光を持つ瞳の少女が、ただ静かに消えていくような生き方を選ぶはずがないと。

 

  スヴェルドフレムとケルシーが共に開発した、冷凍睡眠装置。

 それが起動したという知らせを受け取った瞬間、彼の脳裏には遠い過去の記憶がよみがえった。

 

 ――あの雪の日、パトリオットの背に隠れていた少女。

 今はもう名を変え、フロストノヴァと呼ばれているあの娘の面影が。

 

 装置の起動は、双方に通知が届くよう設定されていた。

 ゆえにスヴェルドフレムは、異常な点にすぐ気づいた。

 

 ――自分はその場にいなかった。

 それにもかかわらず、装置は作動した。

 

 ならば、誰が。

 

 考えるまでもない。

 ケルシー。

 あの女の手によって、スイッチが押されたのだろう。

 

 その事実を悟った時、スヴェルドフレムの胸に言葉にならない思いが広がった。

 後悔でも、怒りでも、安堵でもない。

「……奴の意向か?」

 ケルシー一人が、あの不安定な冷凍睡眠装置を起動した――。

 それは偶然でも、軽率な判断でもあり得ない。

 スヴェルドフレムには、あの女史が己の感情で動くような人間でないことを、痛いほど理解していた。

 

 ――ならば、理由がある。

 そうせねばならぬ「誰かの意志」が、そこに働いたのだ。

 

 彼は静かに目を閉じ、記憶の底から一人の名を呼ぶ。

 

 ドクター。

 またの名を、■■■■。

 

 かつて先史文明の人類として、バベルを裏切った男。

 テレジアを失わせ、バベルの未来を断ち切った張本人。

 ――だが同時に、ケルシーが「今もなお」信じ続けている存在。

 

 今や記憶を喪い、ロドスの指揮官として新たな名の下に生きるその男が、

 敵であるフロストノヴァの命を救うことを望んだのだとしたら――。

 

 「……そうか。ならば、あの女が動く理由も分かる」

 

 

 ドクターへの疑念は尽きない。

 だか、その命の慈しみが変わっていないことをスヴェルドフレムは知り得た。

 エレーナの眠りを、親たるパトリオットも悟ったことだろう。

 

 

  ◇

 

 

 サルカズの中の一族――ウェンディゴ。

 その血筋において、最後の純血と呼ばれる男がいた。

 

 名はボジョカスティ。

 人々は彼を、畏敬と恐怖を込めてこう呼んだ――愛国者(パトリオット)と。

 

 その巨躯はまさに山の如く、戦場に立てば一国の軍勢にも匹敵したという。

 だが、その瞳の奥に宿るものは狂気ではなかった。

 故郷カズデルを離れ、ウルサス帝国の軍人として戦いに身を投じた彼の心を縛っていたのは、ただ一つ――「守る」という意志だった。

 

 帝国の軍人として、数え切れぬ戦場を渡り歩き、幾多の死を見届けた。

 しかし、彼の見たものは“栄光”ではなく、“腐敗”だった。

 感染者たちは病ではなく「罪」として扱われ、社会の最下層に追いやられる。

 その理不尽に抗いきれず、パトリオットは軍を離れ、ウルサスの暗部に身を投じた。

 彼は誰よりも戦争を知り、誰よりも痛みを理解していた。

 だからこそ、彼の掲げた旗の下に集う者たちの中で、純粋な憎悪を燃やす者を見て、どこかに苦悩の影を落としたのだ。

 

 ――ボジョカスティ。

 最後の純血ウェンディゴ。

 彼の名が「パトリオット」として語られるその意味を、本当に理解していた者は、果たしてどれほどいたのだろうか。

 

 

 サルカズの同胞として、エルデルの物資を届けに赴いたその日。

 薄い雪がちらつく廃墟の片隅で、スヴェルドフレムは一組の親子のような姿を目にした。

 

 大きな背をした男――パトリオット。

 その肩口に寄り添い、彼の教えに耳を傾ける少女――エレーナ。

 

 焚き火の赤が、凍てつく風の中でかすかに揺れていた。

 パトリオットが粗末な毛布を少女の肩にかける仕草に、

 スヴェルドフレムは知らず、目を細めた。

 

 その光景が、あまりにも懐かしかった。

 

 ――かつて、自らの手で育てた息子たちを思い出す。

 まだ幼く、剣を持つには頼りなかった少年たち。

 それでも互いを庇い合い、誰かのために立ち上がる強さを見せた、あの瞳。

カズデル侵攻か始まる前に、息子夫婦共々他国へと逃がした。

行方を辿ることは出来なかったが、スヴェルドフレムの尊い記憶として収められている。

 

 目の前のパトリオットとエレーナの姿が、

 その記憶の残滓を静かに呼び起こしていた。

 

 スヴェルドフレムは、無言のまま視線を逸らす。

 そうしなければ、思わぬ言葉が口をついてしまいそうだった。

 だが同時に、郷愁の念と摩耗した精神の慰めとなっていることも理解していた。

 そうしてスヴェルドフレムは、彼らの支援を行う中で親子の姿を度々眺めていた。

 

 

 

 

 

 「……支援は必要ないとは、どういうことだ?」

 低く静かな声で問うスヴェルドフレム。

 その視線の先、巨躯の男――パトリオットは、重い息を吐きながらも毅然としていた。

 

 雪の混じる風が吹き抜け、焚き火の炎がわずかに揺らめく。

 パトリオットの肩を覆うマントには、いくつもの補修跡と血の痕が残っている。

 病の後遺症がその身体を蝕んでいるのは明らかだった。

 

 「……何も、言った通りの、ことだ」

 掠れた声が、風に乗って響く。

 「エルデルには……多大な恩が、ある。これ以上……我々に、与える必要は、ない」

 

 その言葉には、静かな決意と、どこか祈りにも似た響きがあった。

 

 スヴェルドフレムは、短く息を呑む。

 その眼差しは、燃える焚き火ではなく――その向こうに立つ男の覚悟を見つめていた。

 

 「恩などという言葉で、片づけるつもりか。貴方が何を背負っているのか、私は知っている」

 淡々と返す声の奥には、抑えきれぬ怒りと憂いが滲む。

 

 パトリオットはゆっくりと首を横に振った。

 「……背負うのは、私の、意志だ。貴方のものではない」

 

 その一言が、雪よりも静かに、しかし確かにスヴェルドフレムの胸へと降り積もった。

 

 レユニオン・ムーブメントの名が感染者組織として広まるにつれ、資金難や物資不足は徐々に解消されつつあった。

 もはや「感染者のための支援」はレユニオンが担うべきものであり、サルカズの援助を掲げるエルデルの存在は、方向性の違いとして浮き彫りになっていく。

 不和が決定的になる前に――手を引け。

 それが、パトリオットの言葉の真意だった。

 

 だが――本当にそれだけだろうか。

 レユニオンの活動が活発化してから、すでに数年が経つ。

その間に、指導者の姿勢は、どこか変わってきたように思えた。

 

 ……パトリオットは、決して言葉にはしない。

だが、その沈黙の奥には、確かに違和の影が潜んでいる気がした。

 

 エルデルのリーダーでなければ――踏み込むという選択肢もあっただろう。

 だが、組織の顔として動く以上、その一歩はあまりに重い。

 

 エルデルの名がウルサスの権力者の目に留まるわけにはいかない。

 援助の形一つで、彼らの存在は容易く政治の駒にされてしまう。

 

 ……それを分かっているからこそ、彼は何も言わなかった。

 

「それは、貴方の意思か? パトリオット――いや」

「ボジョカスティ」

 

 焚き火が、ぱちりと音を立てた。

 巨躯の男は何も答えず、ただ炎の向こうでゆっくりと瞼を伏せる。

 

「……」

 

「――そうか。沈黙は肯定とみなそう。ならば、この地に居座る必要もない」

 

 スヴェルドフレムの声は淡々としていた。だがその奥底に、微かに揺れるものがある。

 雪が舞い、二人の間に白い幕が下りた。

 

 パトリオットは、ゆっくりと息を吐きながら言った。

「……貴方との交流は、そう悪いものでもなかった」

 

 その言葉は、冷気に満ちた暗い空へと消えていった。

 





主人公くんの息子達はカズデルを離れたその後も細々と血を繋いでいるのかもしれません。
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