先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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テラ歴1097年:チェルノボーグ
愛国者の死


 サルカズにとって、生きながらの別れも、死がもたらす別れも、すべては日常の一部である。

 だが――同胞や友との別れが、痛みを齎さないわけではない。

 

 チェルノボーグの移動都市が、龍門へ突撃を開始する数十時間前。

 ロドス・アイランドは、龍門からチェルノボーグへと乗り込み、黒蛇に憑かれたタルラの野望を止めようとしていた。

 

 タルラの異変を知りながらも、レユニオンが二分することを望まぬパトリオットは、ロドスの行く手を阻んだ。

 

 ――通りたければ、戦士として私を殺せ。

 

 不死身にも見えたその巨躯は、すでに末期の感染症に蝕まれ、命の残り火を燃やしていたのだ。

 それでもなお、彼は最後まで大地を踏みしめていた。

 倒れることすら、誰かに許されるまでは。

 

 パトリオットは、あまりにも強大な戦士だった。

 彼の装備が完全に整備され、心身が健康であったなら――ロドスは決して勝利を得ることはできなかっただろう。

 

 激闘の最中、彼が振りかぶった巨槍は、まさに死を運ぶ鉄塊そのものだった。

 その一撃が、ほんの僅かでも逸れなければ、数多のオペレーターが瞬く間に地へ伏していたに違いない。

 

 だが、運命は戦場の風にさえ戯れる。

槍が放たれる刹那、パトリオットの視界を、蝶のように舞う火の粉が横切った。

 

 それは、たった一瞬の、誤差にも満たぬ揺らぎだった。

 だがその一瞬が、彼の正確無比な軌道を崩し、勝敗を分けた。

 

 喧騒と静寂が交錯する戦場で――巨躯の戦士は、わずかに目を細めた。

 

 その火の粉がアーツによるものだと気づいた者は、極わずかだった。

 炎が散るように、儚くも確かな力が戦場を駆け抜ける。

 だが、その意味を理解した者がひとりだけいた。

 

 パトリオット――最後の純血ウェンディゴ。

 幾多の戦場を生き抜いたその戦士は、静かにその事実を受け止めた。

 されど。

 鎧の継ぎ目がきしむような、不快な擦過音が凍てついた空気を切り裂いた。

 パトリオットの大きな掌が、ゆっくりと、しかし確かにアーミヤへと伸びる――その指先は、まるで運命そのものを掴み取ろうとするかのように。

 

「だ……だが私は、知っている……全ての預言は……現実となる」

 

 声は震え、しかし言葉の重みは揺るがない。

 

「私も、死にゆく……魔王の手に、よって」

 

 ケルシーの顔が白く引きつる。呼吸が一瞬止まったように見えたが、彼女の口からは怒りと慟哭が混じった声音が漏れた。

 

「ボジョカスティ!! 君は一生をかけて運命に抗って来たんじゃないのか!」

 

 だが、パトリオットは目を細めて幼い女を見据える。

 

「幼き、魔王よ……」

 

 言葉は刃となって落ち、続けざまに吐き捨てるように付け加えた。

 

「……お、お前は——この大地で最も恐ろしき厄災かもしれない」

 

 ――彼女は死ななければならない! 

 ――さもなくば、この大地が死に逝くだろう。

 

 その断定は、その場に氷塊のように落ちていった。

 

「お前を、生かしては、おけない」

「私を恨むが、いい」

 

 吐き捨てるように、言葉は凍りつく。

 

 砕けた瓦礫の上で、世界は一瞬止まった。遠くの爆音も、誰かの呻き声も、すべてが遠景の轟音へと退き、そこにいる者たちの鼓動だけが濃く聞こえる。

 

 アーミヤは、掌が自分へ伸びるのを見て――一瞬、時間が引き伸ばされたように感じた。

 幼さを残す声が、喉の奥で震える。だが次の瞬間、彼女は小さく首を振り、顔を上げた。

 瞳の中には、先ほどよりも一層強い光が宿っている。

 

 コータスの少女は、一歩も退かなかった。

 死の影が硝煙に曇る顔へと覆いかぶさる。

 だが彼女は声を上げることもなく、ただ真っ直ぐにパトリオットの瞳を見返していた。

 まるで、その奥底に眠る魂の残響を確かめるかのように。

 その瞬間、漆黒の剣と眩い光を帯びたアーツの奔流が、音を裂いて巨人の不滅の肉体を貫く。

 それでも、彼はなお膝をつかない。

 そして——パトリオットの掌が、少女の頭を包み潰さんとした、その刹那。

 

 最後のウェンディゴは、まるで錆びついた鉄扉が軋みながら閉じるかのような、重く鈍い音を響かせて――静かに動きを止めた。

 兜の隙間から、ぽたりと一雫、何かが落ちた。それは涙にも見えたし、ただの血の残滓にも見えた。

 

 ……一分が過ぎる。

 永遠のように長いその時間、移動都市の動力機関が唸る轟音だけが空気を満たしていた。

 他には何も――声も、息遣いすらも、なかった。

 

 そして、そこに立つ全員が理解した。

 あの怪物は、ついに倒れたのだと。

 

 彼は最後まで、退くことなく、諦めることなく戦い抜いた。

 だが――死だけは、彼の果てなき行軍を止めることができた。

 

 最後の純血ウェンディゴ、ボジョカスティ。

 ――ホルテクツの仔、サルカズに背きし者、及び其の不義の血脈に連なる末裔は、サルカズ君主の手ずから断絶せらる――。

 

 予言は果たされ、純血の血は絶たれた。

 怪物は源石に食い潰される前にその命を絶やした。

 

 

  ◇

 

 

 偉大なサルカズ戦士の死を、炎魔の戦士は悟った。

 最後の純血ウェンディゴ、ホルテクツの仔の末裔。

 古の純血がまた一つ、歴史に埋もれた。

 スヴェルドフレムは、パトリオットの死を確かに悟った。

 ましてや今回は――その最期の戦いにおいて、友としてではなく、ロドスの側に手を貸してしまったのだ。

 彼自身は戦場に立つことなく、ただ遠くから見守る傍観者に過ぎなかった。

 それでも、あの一瞬。

 燃え散る火の粉のようなアーツで、パトリオットの視線を揺らがせ、投げ放たれた巨槍の軌道をわずかに逸らした。

 

 胸の奥に、澱のような罪悪が静かに湧き上がる。

 だが、あの瞬間――そうせねばロドスは壊滅していた。

 それでも、後悔はなかった。

 

 アーミヤが「魔王」として冠を戴く姿を、

 「異族の魔王」の行く末を、

 この目で見たいと、心のどこかで願ってしまったからだ。

 結果として、パトリオットは預言の通り、魔王の手によって断たれた。

 

 後悔はない。

 されど、惑う。

 

 ――あの行いは、本当に自らの意思だったのか?

 それとも、すでに定められた預言の一部にすぎなかったのか。

 どちらにせよ――スヴェルドフレムが、友の命を奪うための“機会”をこの手で作り出してしまったという事実に、変わりはなかった。

 

 直接手を下したわけではない。

 それでも――スヴェルドフレムの選択は、パトリオットの死を招いた。

 かつて「友」と呼んだ戦士の、終わりを。

 

 ……贖罪などと呼ぶのはあまりにも烏滸がましい。

 それでも、せめて弔いだけは自らの手で果たしたいと願った。

 

 ロドスアイランドには、立ち止まる時間など残されていない。

 かつて共に歩んだ仲間であり、今は道を違える者たち――その面々を、スヴェルドフレムはただ見遣る。

 

 アーミヤが言葉もなく手をかかげようとした。

 彼女の指先には、あの指輪の微かな黒光が宿りかけていた。

「――アーミヤ。辞めておけ。今のお前には、その力はまだ重すぎる」

 静かだが有無を言わせぬ声に、少女の動きが止まる。

 

 スヴェルドフレムは次に、ドクターへと目を向けた。

「……久しいな、ドクター。いや、“初めまして”と言うべきか」

 

 ドクターは訝しげに問い返す。

「君は、私を知っているのか?」

 

その問いに答えたのはケルシーだった。

「ドクター。彼はかつて、ロドスの前身――“バベル”と協定を結んだ人物だ。そして今は、サルカズの互助組織《エルデル》を率いるリーダーでもある」

 

 その言葉に、ドクターは目の前に佇む巨躯のサルカズを視た。

 その瞳には、テラの大地を憂う怒り、憎しみ、悲しみ……あらゆる感情が渦巻いていることに気づいた。

 

「私は、ただ友を弔いに来たサルカズに過ぎない」

「お前たちと会うつもりはなかった。そこの緑髪のフェリーンを除いて」

「だが、気が変わった。……今のお前を見てな」

 






 友との決別も、裏切りも、サルカズの男は何度も経験してきた。
 英雄として祀られながら、民草に殺された時も。
 友と呼んだ者に裏切られた時も。
 互いの理想が衝突し、友を死に追いやったときも。
 どれほど別れを経験したとて、それらは鋭く男の心を引き裂いた。
 己の手で直接手を下したのならば、まだ良い。
 だが、今回は己の選択が死を運んだ。
 覚悟していたとはいえ、友を殺した重みは男の心を深く沈めた。
 方や、感染者たちの盾として。
 方や、サルカズの同胞を救うために。
 一度は交わった道も、やがて分かたれた。
 それが互いを想っての選択だったとしても――もしも、違う選び方をしていたならと、時折考えてしまう。

「……スヴェルドフレム。カズデルは、今どうなっている?」
 
 低く、掠れた声でパトリオットが問う。

「……惨状だ。だが、それでも人々は生きようとしている。我々の支援も、ほんの少しではあるが、命を繋ぐ助けになっている」

「そう、か。私は……カズデルを、離れてしまった。
もはやウェンディゴは、このウルサスに、根を張ってしまった」

 スヴェルドフレムは一瞬目を伏せ、それから静かに応じた。
「パトリオット。我々がどこに住もうとも、サルカズであることに変わりはない。同胞がいる限り――救う。それだけだ」
 感染者の盾として生きるウェンディゴの男は、愛する義娘を眺めながら、呟いた。
「……私は。息子を、愛した妻を、守れなかった。だがエレーナが、私に、生きる意味を、与えてくれた」
「この大地で、我々は、生きているのだと」

「――子らの笑顔を、失わせてはいけない」

 それは遠い過去の出来事だ。
 だが、その記憶はなお、スヴェルドフレムの胸に温もりを灯していた。
――同時に、それは痛みでもあった。
 癒えることのない傷が、懐かしさと共に疼くのだ。

 スヴェルドフレムは、生き続ける限り痛みを背負う。
だが――その痛みこそが、彼にとって生の証だった。
苦悩も、喪失も、すべてを抱えて歩むからこそ、確かにこの大地の上を生きているのだ。



  ――――――

色んなものを引き摺りながら苦悩しつつ生きる男はエッッッなのでいつかガンにも効くようになる。アークナイツくんはそういうおじさんがいっぱいいるからね……。
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