先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
メフィストの変異は、もはや人の理を離れていた。
その身体はリーベリの原初の姿。
しかし源石がその巨体から突き出ている異様な姿であった。
空間を震わせる不快な音が響き、呻き声とも悲鳴ともつかぬ声が風に混じる。
アーツの暴走――いや、もはやそれは術ではない。呪いそのものだった。
災厄が撒き散らされ、周囲を混沌へと導いていく。
操られた兵士たちが、次々と立ち上がる。
その瞳は虚ろに濁り、声なき嗚咽を漏らしながら、かつての仲間を襲う。
魂を奪われたまま、異形へと成れ果てていく姿――それは、かつての「秩序」が完全に崩壊した証でもあった。
スヴェルドフレムは無言でその光景を見つめていた。
胸の奥に湧き上がるのは怒りでも恐怖でもない。
ただ、深い哀惜だった。
「……哀れだな。貴様も、そしてお前たちも」
ゆっくりと剣を抜く。
その刃先に宿るのは、青白く燃えるアーツの炎――炎魔に伝わる葬送の炎。
死者に安らぎを与えるための、唯一の浄化の手段。
「この身を焼かれようと、魂を穢すわけにはいかん」
スヴェルドフレムの周囲に、次々と操られた同胞が迫る。
次の瞬間、焔が爆ぜた。
炎は渦を巻き、空気を裂きながら異形たちを包み込む。
灼熱の光が辺りを染め、人形たちの身体は苦悶の声もなく崩れ落ちていく。
皮膚が焦げ、肉が溶け、最後には静寂だけが残った。
「……安らかに眠れ。同胞よ。お前たちの理想は、まだ誰かの中に生きている」
スヴェルドフレムは剣を振るう。
弔いは、彼にとって日常の所作の一つに過ぎなかった。
幾度も繰り返される別れの儀式。火を、灰を、そして静寂を。
スヴェルドフレムは炎を振るいながら、視界の端に映る者すべてを見ていた。
自ら死を選んだ者――戦いに疲れ、己を終わらせることでしか救いを見出せなかった者。
切らねばならなかった者――理性を失い、同胞を滅ぼす脅威となってしまった者。
そのどちらも、彼の中では区別されることなく、同じ炉に投じられるべきものだった。
「大地の定め」と己に言い聞かせる声は、いつしか慣れた調べとなる。
彼は弔いに情を費やす余地を持たない。情があれば、何度でも立ち止まり、決断を遅らせるだろう。
だが決断が遅れれば、もっと多くの命が散る。だからこそ、冷たく、迅速に、刃を振るう。
炎は唸り、異形の肉塊は音もなく崩れ落ちる。
焦げる匂いが鼻腔を満たし、灰と血が混じった匂いが辺りに漂う。
火が踊り、骨が軋み、やがて残るのは白い粉と、燃え残った源石の欠片だけだ。
だが、焼き尽くすその間にも、スヴェルドフレムの心は完全に無感覚ではなかった。
守ろうと誓った面影が、燃える影の中で揺れる。彼はそれを一度も忘れたことはない。
戦火が去った後に残るのは、虚ろな安堵と深い虚無だ。仲間たちを葬ったという事実は、胸の奥に冷たい重りとなって沈む。
彼はその重りを抱えながら、再び立ち上がるための息を整える。
「これで終わりではない」──その思いは行動へと直結する。
タルラの暴走は続き、チェルノボーグの傷は癒えない。救うべき者はまだいる。守るべき土地も、同胞も残っている。
彼が火を以て同胞を送ったのは、ただの清算ではない。彼なりの決意表明でもあった。
振り向けば、空には灰が舞い、遠くの地平線にはまだ黒い煙が立ち上る。
「次は、あの者たちが望んだ未来を形にする番だ」
彼の声は小さく、しかし確かに辺りに響いた。
灰が風に乗って舞う――それは過去の残滓であり、同時に彼の歩みを後押しする無言の伴奏であった。
アーミヤは赤霄の記憶に触れた。
そして今、チェンはタルラの前に立っている。
赤霄の刀身が露わになる。ドラコの放った烈火が剣に触れた瞬間、その炎は突如として消えた。それはまるで、赤霄が熱波をがぶりと呑み込んでいるかのようだった。
肉親同士の――殺し合い。
黒煙が空を裂き、焦げた風が吹き抜ける。
崩れかけた建造物の影で、タルラは静かに立っていた。
その眼差しは炎のように燃えていながら、底冷えするほど静かだった。
チェンは剣を構え、息を詰める。
アーミヤはその隣に立ち、彼女の視線をまっすぐに受け止めていた。
二人の前に立つタルラ――それはもはや「レユニオンの指導者」ではなかった。
あの少女の面影は、黒き蛇の影に覆われている。
「気をつけろ、アーミヤ! タルラは確かにコシチェイの全てを継承している。彼女はもう――」
息を飲み、チェンは言葉を絞り出した。
「……もう龍門からさらわれた、罪なき少女ではない」
その言葉に、アーミヤは短く首を振る。
瞳の奥には決意が宿っていた。
「チェンさん……彼女は、“継承者”というだけではありません」
アーミヤの声は震えていない。
そこにあるのは確信――いや、彼女だけが感じ取れる“同じ力の気配”。
「彼女の中には、まだ“タルラ”がいる。だけど、それを覆い隠す“仮面”があるんです」
「“憎しみ”です。彼女が背負った全ての苦しみと悲しみ……その形が、今のタルラなんです」
「でも、私は……その仮面を暴きます」
「彼女がどれほど強くても、どれほど深く闇に沈んでも――タルラさんの心を、取り戻してみせます!」