先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
「……お前が、自らの手でボジョカスティを罰したのか?」
タルラの声は、炎に水を差したように低く、冷えていた。
「それとも――誰かが、お前の代わりに手を下したのか?」
アーミヤは言葉を返さない。
タルラは嗤った。乾いた、ひび割れた音で。
「お前には無理だ。幼き――偽の魔王よ」
彼女の瞳が細くなる。
「サルカズの“衆王”と、あの王庭を従える? お前にできるはずがない」
視線がアーミヤを貫く。
「お前は、本当の魔王ではない。サルカズですらない」
「……お前は、ただのコータスだ」
アーミヤの喉が、微かに上下した。
タルラはそれすら逃さない。
「お前には敵と戦う力などない。もし――お前たちが本当に争いを始めるというのなら」
タルラは、断罪を告げる王のように言った。
「お前はすぐさま滅びる」
その声音には、残酷な確信と、言い知れぬ不安が入り混じっていた。
「あるいは……」
タルラの瞳が細く歪む。
「お前はサルカズの“統治者”たちの新たな玩具にすぎないのだろうな」
「実験体として生まれ、利用され、捨てられる……」
彼女は冷酷な美しさでささやく。
「哀しいと思うか? 幼いコータスよ」
アーミヤの拳が震えた。
「お前は異族種だ」
タルラは宣告する。
「その命も、君主の象徴も――他者に奪われる日を待つしかない。お前の命は、その時に終わる」
そして、最後に。
「……私が代わりに、それをしてやってもいい」
タルラは一歩踏み出し、低く言い放つ。
「できるだけ痛みを与えず、この大地からお前を消し去ってやろう」
沈黙。
その沈黙を、アーミヤが静かに破った。
「……あなたは、何を恐れているのですか?」
彼女の声は、小さく、しかし確かだった。
「――不死の黒蛇」
その呼び名を聞いた瞬間、タルラの表情が僅かに揺れた。
「コータス……」
タルラは一歩、アーミヤへとにじり寄る。
その声音は灼熱の奥に潜む氷の刃のようだった。
「お前がどんな手を使って、私の妹の思考を歪めたのか――私は知らない」
赤い瞳が細くなる。
「サルカズとどんな汚らしい取引をしたのかも、知らない」
少女は唇を噛む。タルラは続けた。
「だが……お前の背後で糸を引き、お前を操り立てている“影”。Wを唆し、戦火を広げようとしている者。――それは同じ人物なのか?」
答えを待つつもりなど毛頭ないというように、タルラは手を振り払う。
「……ああ、まだ喋らなくていい」
「まずは炎で、教えてやる」
紅蓮の気配が周囲の空気を歪める。
「コータス――お前は、サルカズなど頼るべきではなかった」
「サルカズの力を借り、姉妹の絆をもてあそんだ。それこそが、許されざる冒涜だ」
タルラの声は怒号でも悲鳴でもない。
冷たく均一な怒りが、ゆっくりと熱を帯びていく。
「お前の下劣な行いも――過去の罪も。我が国家は、お前の全てを“赦す”用意があった」
「お前がひれ伏し、悔悟を示すのなら……この国は今でも、お前を受け入れただろう」
雲の奥から雷が鳴り始めるように、タルラの口調が変わる。
「しかし――」
「多くのサルカズと手を取り合い? カズデルと結び、徒党を組むだと?」
怒気が吹き荒れ、火の粉が舞う。
「ふざけるな。お前と、その指導者は……この大地から“永遠に”追放されるべきだ」
タルラの瞳は、滅びを告げる神のように静かだった。
「荒野で飢えに呻け。渇きに苦しめ。生きながら虫に喰われ、死してなお安息を奪われろ」
「――それこそが、お前たちの終わりに相応しい」
烈火が渦を巻きながら形を成し、白くうねる炎が咆哮のような轟音とともに四方八方からアーミヤへ迫る。
次の瞬間、彼女の足元の大地ごと――アーミヤは完全に炎へと呑まれた。
――アーミヤが激しく息を切らす。
彼女は目を閉じた。
様々な記憶がアーミヤの頭の中で形成され、すぐさま消えていく。
彼女たちの思いは龍門とチェルノボーグを越え、彼女たちの記憶は北部の荒原とウルサスの地を越えた。
チェンの想いの全てを読み解き、これまでの彼女の戦いを全てこの身に凝縮した。龍門とチェルノボーグ、そして北原での全てを心に焼き付けた。
――そして。
無数の黒い線が火球から吹き出し、形を成すように集束していく。
みるみるうちに火球に亀裂が入った。
白い炎が突如として消滅する。
その閉じた瞼の裏で、膨大な“記憶”が一瞬で形を取り、そして流星のように消えていく。
龍門の街並み、チェルノボーグの轟音、北原の吹雪――
ありとあらゆる経験が、アーミヤの内部で交錯し、再構築されていった。
フロストノヴァの歯が軋むほどの痛哭。
死してなお戦場に立つ、氷塵のウェンディゴの影。
堪えきれず漏れた、アリーナの小さな呻き。
エリートオペレーターたちが、笑って踊ったパーティーの灯り。
リーシャがオーブンから取り出した、焼きたてのジンジャークッキー。
ミミの手作りの、小さな名札。
停電の通路で、サンティの胸元に灯った微かな光。
へらへら笑う、そばかす顔。
――父と母。
バイオリンを構える自分の肩に置かれた、母の指。
タコと傷痕の残るその手に触れるたび、胸が締め付けられた。
扉の向こうへ自分を押し出し、崩れ落ちた父。
涙に濡れた声だけは、確かに覚えている。
「じゃあな――生きろ、アーミヤ」
テレジアの剣が胸を貫いた感触。
明かりを消しながら告げられた「おやすみ」。
自分のために白い服を選び、誰より嬉しそうに微笑むテレジア。
そして――
自分の前を歩くドクター。
振り返り、自分が追いつくのを待ち、再び歩き出す背中。
その全てが、一瞬で、光の残滓となって胸を満たしていった。