先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

71 / 100
主部①

「……お前が、自らの手でボジョカスティを罰したのか?」

タルラの声は、炎に水を差したように低く、冷えていた。

「それとも――誰かが、お前の代わりに手を下したのか?」

 

アーミヤは言葉を返さない。

タルラは嗤った。乾いた、ひび割れた音で。

 

「お前には無理だ。幼き――偽の魔王よ」

彼女の瞳が細くなる。

「サルカズの“衆王”と、あの王庭を従える? お前にできるはずがない」

 

視線がアーミヤを貫く。

 

「お前は、本当の魔王ではない。サルカズですらない」

「……お前は、ただのコータスだ」

 

アーミヤの喉が、微かに上下した。

タルラはそれすら逃さない。

 

「お前には敵と戦う力などない。もし――お前たちが本当に争いを始めるというのなら」

タルラは、断罪を告げる王のように言った。

「お前はすぐさま滅びる」

 

その声音には、残酷な確信と、言い知れぬ不安が入り混じっていた。

 

「あるいは……」

タルラの瞳が細く歪む。

「お前はサルカズの“統治者”たちの新たな玩具にすぎないのだろうな」

 

「実験体として生まれ、利用され、捨てられる……」

彼女は冷酷な美しさでささやく。

「哀しいと思うか? 幼いコータスよ」

 

アーミヤの拳が震えた。

 

「お前は異族種だ」

タルラは宣告する。

「その命も、君主の象徴も――他者に奪われる日を待つしかない。お前の命は、その時に終わる」

 

そして、最後に。

 

「……私が代わりに、それをしてやってもいい」

タルラは一歩踏み出し、低く言い放つ。

「できるだけ痛みを与えず、この大地からお前を消し去ってやろう」

 

沈黙。

 

その沈黙を、アーミヤが静かに破った。

 

「……あなたは、何を恐れているのですか?」

彼女の声は、小さく、しかし確かだった。

「――不死の黒蛇」

 

その呼び名を聞いた瞬間、タルラの表情が僅かに揺れた。

 

「コータス……」

タルラは一歩、アーミヤへとにじり寄る。

その声音は灼熱の奥に潜む氷の刃のようだった。

 

「お前がどんな手を使って、私の妹の思考を歪めたのか――私は知らない」

赤い瞳が細くなる。

「サルカズとどんな汚らしい取引をしたのかも、知らない」

 

少女は唇を噛む。タルラは続けた。

 

「だが……お前の背後で糸を引き、お前を操り立てている“影”。Wを唆し、戦火を広げようとしている者。――それは同じ人物なのか?」

 

答えを待つつもりなど毛頭ないというように、タルラは手を振り払う。

 

「……ああ、まだ喋らなくていい」

「まずは炎で、教えてやる」

 

紅蓮の気配が周囲の空気を歪める。

 

「コータス――お前は、サルカズなど頼るべきではなかった」

「サルカズの力を借り、姉妹の絆をもてあそんだ。それこそが、許されざる冒涜だ」

 

タルラの声は怒号でも悲鳴でもない。

冷たく均一な怒りが、ゆっくりと熱を帯びていく。

 

「お前の下劣な行いも――過去の罪も。我が国家は、お前の全てを“赦す”用意があった」

「お前がひれ伏し、悔悟を示すのなら……この国は今でも、お前を受け入れただろう」

 

雲の奥から雷が鳴り始めるように、タルラの口調が変わる。

 

「しかし――」

「多くのサルカズと手を取り合い? カズデルと結び、徒党を組むだと?」

 

怒気が吹き荒れ、火の粉が舞う。

 

「ふざけるな。お前と、その指導者は……この大地から“永遠に”追放されるべきだ」

 

タルラの瞳は、滅びを告げる神のように静かだった。

 

「荒野で飢えに呻け。渇きに苦しめ。生きながら虫に喰われ、死してなお安息を奪われろ」

 

「――それこそが、お前たちの終わりに相応しい」

 

 烈火が渦を巻きながら形を成し、白くうねる炎が咆哮のような轟音とともに四方八方からアーミヤへ迫る。

 次の瞬間、彼女の足元の大地ごと――アーミヤは完全に炎へと呑まれた。

 

 ――アーミヤが激しく息を切らす。

 彼女は目を閉じた。

 様々な記憶がアーミヤの頭の中で形成され、すぐさま消えていく。

 

 彼女たちの思いは龍門とチェルノボーグを越え、彼女たちの記憶は北部の荒原とウルサスの地を越えた。

 チェンの想いの全てを読み解き、これまでの彼女の戦いを全てこの身に凝縮した。龍門とチェルノボーグ、そして北原での全てを心に焼き付けた。

 

 ――そして。

 

 無数の黒い線が火球から吹き出し、形を成すように集束していく。

 みるみるうちに火球に亀裂が入った。

 白い炎が突如として消滅する。

 

 その閉じた瞼の裏で、膨大な“記憶”が一瞬で形を取り、そして流星のように消えていく。

 龍門の街並み、チェルノボーグの轟音、北原の吹雪――

ありとあらゆる経験が、アーミヤの内部で交錯し、再構築されていった。

 

 フロストノヴァの歯が軋むほどの痛哭。

 

 死してなお戦場に立つ、氷塵のウェンディゴの影。

 

 堪えきれず漏れた、アリーナの小さな呻き。

 

 エリートオペレーターたちが、笑って踊ったパーティーの灯り。

 

 リーシャがオーブンから取り出した、焼きたてのジンジャークッキー。

 ミミの手作りの、小さな名札。

 停電の通路で、サンティの胸元に灯った微かな光。

 へらへら笑う、そばかす顔。

 

 ――父と母。

 

 バイオリンを構える自分の肩に置かれた、母の指。

 タコと傷痕の残るその手に触れるたび、胸が締め付けられた。

 

 扉の向こうへ自分を押し出し、崩れ落ちた父。

 涙に濡れた声だけは、確かに覚えている。

 

「じゃあな――生きろ、アーミヤ」

 

 テレジアの剣が胸を貫いた感触。

 明かりを消しながら告げられた「おやすみ」。

 自分のために白い服を選び、誰より嬉しそうに微笑むテレジア。

 

 そして――

 

 自分の前を歩くドクター。

 振り返り、自分が追いつくのを待ち、再び歩き出す背中。

 

 その全てが、一瞬で、光の残滓となって胸を満たしていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。