先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
世間は三連休らしいがそんなものはうちにはないよ。
一人のサルカズ。
大火。同じような大火だった。全てを焼き尽くしても、悪意は焼き払えない。邪悪から生まれた大火。
そして同じように大火に囲まれたテントの中、大声で雄たけびを上げるサルカズ。
「再び謀反だ! 奴らは協定を破り、我らの駐屯地を襲撃した!」
「駐屯地に集うは一般人、あれらは兵士に非ず! 抗う力を持たぬ無力なサルカズの民だ!!」
「何故我が妻と子を殺す? 何故我が民はこれほどまで不等な扱いを受けねばならぬ!?」
「何故我らは生きることすら許されぬ!?」
「我らはただ、安寧の地を願っただけだ! 我らはただ、生きていく場所を求めただけなのだ!」
「我らがサルカズだからか!?」
アーミヤの涙が、炎で蒸発する。
アーミヤが尋ねる。
「私たちが感染者だからですか?」
「我らがサルカズであるという理由のみで、冷酷非道な、家畜以下の扱いを受け、この大地で生きることが許されぬのか?」
そのサルカズの叫びは燃え盛る炎を突き抜け、アーツを突き抜け、時代を突き抜けた。
「彼らがどんな罪を犯した? 皆罪なき者たちではないのか!?」
アーミヤが小さな声で尋ねる。
「彼らが憎いですか?」
――記憶は答えてはくれない。
しかし大柄なサルカズは、誰かが必ずそれを問うてくれると信じているかのように続ける。
いや、彼は自分自身にそれを問い続けているのかもしれない――。
「奴らは我らを憎んでいるのか!? 奴らは理由もなく我らが同胞を殺め、約束を反故にし、罪を覆い隠すために更に大きな罪を犯し続けている!」
「それは支配か? 遊戯か? 利益か? それとも――骨の髄まで染み込んだ悪意か?」
「奴らが憎むべきは、我らなのか?」
「奴らは己自身を憎むべきではなかろうか。自らの土地をあのような姿に変貌させた己自身を。我ら全員を悪と決めつけた己自身を憎むべきだ!」
サルカズが剣を手に取った。
黒と蒼色が長剣の隅々にまで浸透する。その重量がアーミヤの肩にのしかかり、長剣がアーミヤの手の中に現れた。
「私は奴らが憎いのか?」
憤怒。怒り……際限なき怒り――この大地の一切の苦痛と不公平への怒り。
サルカズの越えてはいけない一線を越え、アーミヤの心の一線をも越える。
憎しみでは恨みすら殺せない。悪意を育むものがどうして悪意に勝てるだろう。
しかし……怒りは違う。
「たとえ私が報復せず、恨みを抱かずとも、永遠にこの身に怒りを宿し続ける権利がある!」
サルカズが怒り、吠えた。
「もし、これが奴らの望まぬ結末であるのなら、奴らは初めから過ちの道を歩んでいたのだ!」
彼の雄たけびを浴びて、とめどなく震え畏縮した炎は、嘲笑するオレンジ色から蒼色へと変わった。蒼色の炎はさらに燃え盛る。
サルカズが長剣を抜き放つ。その剣は長く鋭い。蒼き炎が黒い刀身に沿って滑り落ちる。
それとともに彼の怒りが高まる。
「もしこれが結末だというのなら、受けて立とう! 私がこの結末を貴様らに、全ての者に、そして私自身にもたらさん!」
「この大地が私に武器を置くことを許さないのなら、終末が訪れるその時まで、私はこの剣と共に戦い抜こう!」
大柄のサルカズがそう叫んだ後、誓いに背いた者を全員殺し、今際の際に、親友のサルカズに看取られたことを、アーミヤは知っている。
そしてこの剣がまるで存在すらしなかったかのように、灰となって消えていったことも、アーミヤは知っている。
しかし、このサルカズの君主の蒼き怒火は、彼の経験と共に、すでにアーミヤの一部となっていた。
不死の黒蛇が告げた。
燃え残った黒い影の奥で、蛇の眼がタルラを射抜く。
「……一つ、訂正しよう。コータス」
その声音には、軽蔑も嘲笑もない。
ただ、長い年月の果てにしか辿りつけぬ、冷たい確信だけがあった。
「貴様は――確かに“本物”だ」
炎が揺らめいた。
アーミヤの頬をかすめた熱が、唐突に冷たく感じられる。
「――感染者と一般人、その双方の共通の敵への怒りを。それを、どうして“お前”の中に見出せると思った?」
一歩踏み出すたび、地面が低く震える。
「今の、僅かな満足のために」
「なぜ、数千年後にようやく実を結ぶはずの平和と栄光、積み上げられるべき知恵の行く手を塞ぐ?」
蛇の影が揺れ、声が鋭くなった。
「お前たちには――経験が足りなさすぎる」
沈んだ声音。だがその奥には、老いた者が若者に向ける苛烈な真実があった。
「破滅の瀬戸際に押し込まれ、国家そのものの息が止まりかける痛みを……お前たちは知らない」
「感染者が苦しみに縋り、なお生を選んできたのと同じように、ウルサスもまた、幾度も崩壊の淵で踏みとどまってきた」
不死の黒蛇は、まるで光景を“今”見ているかのように語る。
「ハガンの騎兵を見たことがあるか。大地を踏み潰し、武器をぶつけ合い、その行進だけで山を平らにし、川の道筋を変えるほどの轟音を響かせる姿を」
「悪夢のケシクたちが、曲刀で頭蓋骨を擦り上げるときにあげる、あの甲高く、死の匂いに満ちた鳴き声を聞いたことがあるか」
「ルーシの勇士、何万という兵の鼓膜を破る艦砲射撃を浴びたことは? ガリアの横暴な軍勢が、血と泥の中で無残に砕け散る瞬間を、この目で見たことは?」
黒蛇は首をもたげ、静かに断じた。
「――お前たちは無知だ」
しかし、その声に憤りはなかった。
「だが、それを責めはしない。知らぬことは罪ではない。だが、知らぬまま世界を壊そうとするならば……話は別だ」
黒蛇の影が大きく広がり、世界を覆うように揺らめく。
「もしお前たちが自らの愚行を実行へ移し、ウルサス民が“一つの信念”の下に再び団結することを阻もうと言うなら、ウルサスの大地の再繁栄を妨げようと言うなら……」
蛇はその身を反らせ、咆哮を寸前で押し殺した。
「――私を止めてみろ」
沈黙。
そして最後の一言が、鉄より重く落ちた。
「来い」