先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
「見事だ」
「実に見事だ……」
「何をした? 斬龍の剣では私を斬れず、魔王の剣でも私を刺し貫けない」
「ならばどうして……私のアーツが……私の支配力が、衰えつつある?」
炎が徐々に消えていく。その温度は人を殺すにまだ十分だったが、数分前のような荒々しさはなくなっていた。
チェンの血に染まった手の震えは止まらない。彼女は、ほとんどまばたきをしなかった。
罪人のように項垂れる黒蛇を前に、チェンとアーミヤは呼吸を詰めて身構える。
「――だが、お前たちは甘い」
刹那、爆風が吹き荒れた。
チェンとアーミヤは反射的に飛び退く。
黒蛇は、ゆっくりと立ち上がった。
「お前たちの油断が、お前たちを殺す」
崩れかけていた炎が再びうねり、燃え盛る龍が、骨格を取り戻すように形を成していく。
大技を放とうと身構えるタルラ。その周囲に渦巻く炎は、もはや災厄そのものだった。
だが――その一瞬を、遥か後方から鋭く捉えている者がいた。
スヴェルドフレム。
距離はあまりにも遠い。今から駆けたとて、タルラのアーツの方が早い。
地を蹴っても間に合わない。吠えても届かない。
だが、彼の手には――一本の大槍があった。
原型を留めていた槍をレユニオンの構成員から託されていた。
友であり、誇りであり、 戦士としての最期の武器。
パトリオットの遺品であり、生き様そのものが宿る得物。
胸の奥に迷いは一片もなかった。
だから、振りかぶった。
だから、腕を引き絞った。
だから、恐れもなく――ただ一つの未来に向けて投擲した。
「ボス! まさか――ここから投げるつもりか――!?」
背後で誰かが絶叫する。
常識に反する。戦士としても正気を疑う。
だが、スヴェルドフレムの眼差しは揺らがない。
風が頬を撫で、指先に宿った力が槍を震わせる。
――行け。
音が消えた。
刹那、大槍は白い閃光のように空を裂き、タルラへ向かって一直線に放たれた。
彼自身の咆哮すら追いつけない速度で。
炎嵐が、ほんの一瞬、針で裂かれたように揺らいだ。
それはまるで、巨大な災厄の中心へと投じられた、戦士の誇りそのものだった。
彼方から飛来するそれを、タルラは視界の端――いや、点として捉えた。
――何だ?
最初は、熱に揺らぐ空気の錯覚かと思った。
だが次の瞬間、胸の奥を鋭く刺すような、説明のつかない危機感が走る。
視線が本能的にそちらへ吸い寄せられた。
……槍だ。
炎の奔流を逆巻く風ごと切り裂き、ありえない速度で迫ってくる一本の大槍。
その軌道は迷いがなく、ただひとつ――タルラの心臓を貫くために定められた線を描いている。
湧いた疑問は、瞬きするほどの刹那で焦りへと転じた。
――誰だ? あの距離から、どうやって――!
タルラの炎が無意識に濃度を増し、周囲の温度が跳ね上がる。
彼女ほどの術師でさえ、咄嗟の判断を迫られるほど、槍は真っ直ぐだった。
耳元で空気が割れる。
槍が、炎嵐の壁を裂いて侵入する。
タルラの瞳が初めて揺らいだ。
その揺らぎは、一瞬のほころび。
迫る死の予感――あるいは、かつての“戦士”の気配に。
黒蛇の胸に、焦燥が確かに走った。
スヴェルドフレムは、万年という果ての見えない転生人生の中で、あらゆる武器を握り、あらゆる時代の戦場を歩いた。
それは誉れのためでも、名声のためでもない。
必要に迫られ、ただ生き延びるために、手近にあるものを武器とするしかなかった日々の果てだった。
最初の生では棒切れ。
次の生では盗んだ短剣。
あるときは石斧を振るい、あるときは朽ちた槍を研ぎ、
またあるときは戦士の死体から奪った剣を握った。
どれも“一流”と呼べるようなものではなかった。
むしろ、凡人が雑に扱う消耗品のような武器ばかりだ。
だが、転生は残酷なまでに執拗だった。
千年、二千年、三千年。
時に指導者となり、時に奴隷となり、時に流れ者となり……。
立場も道具も不定でありながら、ただ一つだけ確かに積み上がっていくものがあった。
技術。
武器そのものの価値ではなく、武器を握る手の技が、否応なく、磨かれていったのだ。
振るい方。
重心の取り方。
殺意と恐怖の匂いの見分け方。
間合いの読み方。
そして、投擲――投げて届く“殺意の軌跡”の描き方。
並の武器しか持たぬ凡人として始まった男は、やがてどんな武器を手にしても“使える”のではなく。
どんな武器であっても“手に馴染ませる”存在へと変わっていった。
ゆえに。
今、彼の手にあるパトリオットの大槍を、はるか彼方から迷いなく投げ放てたのは、奇跡でも異能でもない。
万年の人生が、ただ一点――「ここで届かせる」と決めた意志に従って、すべてを一点に集約させた結果だった。
そしてその槍は、タルラへ向けて一直線に飛ぶ。
戦場の理を捻じ曲げるほどの、万年分の技術と覚悟を背負って――。
放たれた槍は、黒蛇の心臓を正確に射抜く軌跡を描いた。
並の戦士ならば、抗う間もなく貫かれていたはずだ。
しかしタルラは違う。
黒蛇は、その一撃が“死”を携えていることを瞬時に悟った。
そしてタルラは――剣豪であった。
心臓までは届かなかった──しかし、飛槍の刃はタルラの身を確かに捉え、その肉体を裂きながら、鮮血が弧を描いて散らせた。
だが、その程度の傷では黒蛇は止まらない。
燃え盛る業火が再び龍の形を成そうとした時。
一滴の墨が、黒蛇の意識を乱した。
傷口が焼けるように熱い。
いや、違う──これは……燃えている。
黒蛇の体を内側から灼き爛れさせるような激痛が、炎のように絡みつく。
槍による裂傷から、灼け爛れるような痛みが這い上がる。
タルラは――黒蛇は、この痛みを知っていた。
焼け付くようで、燃えるようで、ただの炎ではない。
"術式そのものが肉に絡みつく"ような、特殊なアーツ。
それは周辺諸国を恐怖に沈めた遊牧国家よりも、さらに古い。
神民と先民への怨嗟を抱え、炎そのものを武器とした一族。
かつて若き黒蛇が戦い、その身に刻まれた呪炎の感触。
忘れられるはずがない。
肉の奥まで焼き付いた、あの忌まわしい痛み。
――そして今、同じ“それ”が、己の体を蝕んでいる。
「やはり貴様か――エルデルのリーダー! 忌まわしいサルカズめ!」