先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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主部③

 

「見事だ」

 

「実に見事だ……」

 

「何をした? 斬龍の剣では私を斬れず、魔王の剣でも私を刺し貫けない」

 

「ならばどうして……私のアーツが……私の支配力が、衰えつつある?」

 

 炎が徐々に消えていく。その温度は人を殺すにまだ十分だったが、数分前のような荒々しさはなくなっていた。

 チェンの血に染まった手の震えは止まらない。彼女は、ほとんどまばたきをしなかった。

 

 罪人のように項垂れる黒蛇を前に、チェンとアーミヤは呼吸を詰めて身構える。

 

「――だが、お前たちは甘い」

 

 刹那、爆風が吹き荒れた。

 チェンとアーミヤは反射的に飛び退く。

 

 黒蛇は、ゆっくりと立ち上がった。

「お前たちの油断が、お前たちを殺す」

 

 崩れかけていた炎が再びうねり、燃え盛る龍が、骨格を取り戻すように形を成していく。

 

 

 

 

 大技を放とうと身構えるタルラ。その周囲に渦巻く炎は、もはや災厄そのものだった。

 だが――その一瞬を、遥か後方から鋭く捉えている者がいた。

 

 スヴェルドフレム。

 

 距離はあまりにも遠い。今から駆けたとて、タルラのアーツの方が早い。

 地を蹴っても間に合わない。吠えても届かない。

 だが、彼の手には――一本の大槍があった。

 原型を留めていた槍をレユニオンの構成員から託されていた。

 

 友であり、誇りであり、 戦士としての最期の武器。

 パトリオットの遺品であり、生き様そのものが宿る得物。

 胸の奥に迷いは一片もなかった。

 

 だから、振りかぶった。

 だから、腕を引き絞った。

 だから、恐れもなく――ただ一つの未来に向けて投擲した。

 

「ボス! まさか――ここから投げるつもりか――!?」

 

 背後で誰かが絶叫する。

 常識に反する。戦士としても正気を疑う。

 だが、スヴェルドフレムの眼差しは揺らがない。

 

 風が頬を撫で、指先に宿った力が槍を震わせる。

 

 ――行け。

 

 音が消えた。

 

 刹那、大槍は白い閃光のように空を裂き、タルラへ向かって一直線に放たれた。

 彼自身の咆哮すら追いつけない速度で。

 

 炎嵐が、ほんの一瞬、針で裂かれたように揺らいだ。

 

 それはまるで、巨大な災厄の中心へと投じられた、戦士の誇りそのものだった。

 

 

 

 

 

 

 彼方から飛来するそれを、タルラは視界の端――いや、点として捉えた。

 

 ――何だ?

 

 最初は、熱に揺らぐ空気の錯覚かと思った。

 だが次の瞬間、胸の奥を鋭く刺すような、説明のつかない危機感が走る。

 

 視線が本能的にそちらへ吸い寄せられた。

 

 ……槍だ。

 

 炎の奔流を逆巻く風ごと切り裂き、ありえない速度で迫ってくる一本の大槍。

 その軌道は迷いがなく、ただひとつ――タルラの心臓を貫くために定められた線を描いている。

 

 湧いた疑問は、瞬きするほどの刹那で焦りへと転じた。

 

 ――誰だ? あの距離から、どうやって――!

 

 タルラの炎が無意識に濃度を増し、周囲の温度が跳ね上がる。

 彼女ほどの術師でさえ、咄嗟の判断を迫られるほど、槍は真っ直ぐだった。

 

 耳元で空気が割れる。

 

 槍が、炎嵐の壁を裂いて侵入する。

 

 タルラの瞳が初めて揺らいだ。

 その揺らぎは、一瞬のほころび。

 

 迫る死の予感――あるいは、かつての“戦士”の気配に。

 

 黒蛇の胸に、焦燥が確かに走った。

 

 

 

 

 

 スヴェルドフレムは、万年という果ての見えない転生人生の中で、あらゆる武器を握り、あらゆる時代の戦場を歩いた。

 

 それは誉れのためでも、名声のためでもない。

 必要に迫られ、ただ生き延びるために、手近にあるものを武器とするしかなかった日々の果てだった。

 

 最初の生では棒切れ。

 次の生では盗んだ短剣。

 あるときは石斧を振るい、あるときは朽ちた槍を研ぎ、

 またあるときは戦士の死体から奪った剣を握った。

 

 どれも“一流”と呼べるようなものではなかった。

 むしろ、凡人が雑に扱う消耗品のような武器ばかりだ。

 

 だが、転生は残酷なまでに執拗だった。

 

 千年、二千年、三千年。

 時に指導者となり、時に奴隷となり、時に流れ者となり……。

 立場も道具も不定でありながら、ただ一つだけ確かに積み上がっていくものがあった。

 

 技術。

 

 武器そのものの価値ではなく、武器を握る手の技が、否応なく、磨かれていったのだ。

 

 振るい方。

 重心の取り方。

 殺意と恐怖の匂いの見分け方。

 間合いの読み方。

 そして、投擲――投げて届く“殺意の軌跡”の描き方。

 

 並の武器しか持たぬ凡人として始まった男は、やがてどんな武器を手にしても“使える”のではなく。

 どんな武器であっても“手に馴染ませる”存在へと変わっていった。

 

 ゆえに。

 

 今、彼の手にあるパトリオットの大槍を、はるか彼方から迷いなく投げ放てたのは、奇跡でも異能でもない。

 

 万年の人生が、ただ一点――「ここで届かせる」と決めた意志に従って、すべてを一点に集約させた結果だった。

 

 そしてその槍は、タルラへ向けて一直線に飛ぶ。

 

 戦場の理を捻じ曲げるほどの、万年分の技術と覚悟を背負って――。

 

 

 

 放たれた槍は、黒蛇の心臓を正確に射抜く軌跡を描いた。

 並の戦士ならば、抗う間もなく貫かれていたはずだ。

 しかしタルラは違う。

 黒蛇は、その一撃が“死”を携えていることを瞬時に悟った。

 そしてタルラは――剣豪であった。

 心臓までは届かなかった──しかし、飛槍の刃はタルラの身を確かに捉え、その肉体を裂きながら、鮮血が弧を描いて散らせた。

 

 だが、その程度の傷では黒蛇は止まらない。

 燃え盛る業火が再び龍の形を成そうとした時。

 

 一滴の墨が、黒蛇の意識を乱した。

 

 傷口が焼けるように熱い。

 いや、違う──これは……燃えている。

 黒蛇の体を内側から灼き爛れさせるような激痛が、炎のように絡みつく。

 槍による裂傷から、灼け爛れるような痛みが這い上がる。

 タルラは――黒蛇は、この痛みを知っていた。

 

 焼け付くようで、燃えるようで、ただの炎ではない。

 "術式そのものが肉に絡みつく"ような、特殊なアーツ。

 

 それは周辺諸国を恐怖に沈めた遊牧国家よりも、さらに古い。

 神民と先民への怨嗟を抱え、炎そのものを武器とした一族。

 かつて若き黒蛇が戦い、その身に刻まれた呪炎の感触。

 

 忘れられるはずがない。

 肉の奥まで焼き付いた、あの忌まわしい痛み。

 

 ――そして今、同じ“それ”が、己の体を蝕んでいる。

 

 「やはり貴様か――エルデルのリーダー! 忌まわしいサルカズめ!」

 

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