先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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テラ歴1097年:カジミエーシュ
繁栄の影


 

 廊下の照明が、磨き上げられた大理石の床に無機質な光を落としていた。

 カジミェーシュ――栄光と名誉を掲げながら、金と権力に支配された国。

 表向きは騎士の祭典の夜。だがその裏では、奴隷のように扱われるサルカズたちの呻きが響いている。

 

 スヴェルドフレムは、薄闇に紛れながら足を止めた。

 標的の邸宅。感染者を“競技用素材”として取引する裏の顔を持つ男だ。

 

 風が鳴る。

 ほんの一瞬の呼吸の間に、

 通り過ぎざま、護衛の首筋をなぞるように刃が走った。

 

 三人の護衛は声を上げる暇もなく崩れ落ちる。

 返り血を浴びたまま、彼は何の感情も浮かべずに歩を進めた。

 

「これが“騎士の国”か。……滑稽なものだな」

 

 冷えた声が廊下に溶けた。

 “同胞を人間に戻す術”を、この腐りきった街のどこかで見つけ出すために。

 

 

 

 

 

 ――カジミエーシュ方面から届いた報せが、スヴェルドフレムの思考を現実へ引き戻した。

 

 同族のバウンティハンター組織が、“妙な依頼”の存在を漏らしてきたのだ。

 

 彼らは金で動く荒事屋でありながら、同胞同士では最低限の掟を守る。

 特に“サルカズが囚われている”となれば、情報は互いに回す。それは数百年前から変わらぬ暗黙の互助だった。

 

 零号地――その名を耳にした瞬間、スヴェルドフレムの胸奥に、鈍く沈む怒りが落ちた。

 

 感染者を治療するという美名の下で、商業連合は利益の最大化だけを追いかけている。

 彼らが表向き掲げる「感染者保護」は、政治的な道具でしかない。

 救いの手を伸ばしているように見せかけながら、裏では“使い捨ての労働力”として感染者を管理し、利用し、そして不要となれば廃棄する。

 

 スヴェルドフレムは知っていた。

 カジミエーシュに囚われている同胞たちが、ただの反逆者としてではなく――、

 利益を生む資源

 不要になれば処分される負債

として扱われていることを。

 

 バウンティハンター組織からの報せによれば、零号地には既に複数のサルカズが移送されているらしい。

 表向きは矯正と称しながら、その実、帰って来た者は一人もいない。

 

 ――ならば、いずれ確実に“処分”される。

 

 それが真実であれば、躊躇などあるはずがない。

 

 ロドスアイランドが監査会との交渉と支援ルートの再構築を図る一方――

 エルデルは、別の道から事態の核心へ迫ろうとしていた。

 

 カジミエーシュ郊。

 煌びやかな騎士競技場の外側、光が届かぬ裏路地。

 そこは、監査会の目も行き届かぬ“影の市場”が広がる場所である。

 

 表向きは競技騎士たちが栄光と広告で飾られ、感染者騎士にさえ夢を見せる国。

 だが、その裏で動く利益と情報の奔流は、ウルサスの密売組織すら霞むほど巨大だ。

 

 エルデルはその闇に、静かに溶け込んだ。

 

 黒外套のサルカズ三名が、夜霧の中を歩く。

 サルカズというだけで排斥されやすい地だが、裏社会ではむしろ歓迎される。

 “使い勝手が良い”という、最低最悪の理由で。

 

 彼らの任務はただ一つ――

 零号地の所在、移送ルート、そして囚われた同胞たちの安否を掴むこと。

 

 そのためには、金も、武力も、名も必要ない。

 必要なのは、裏に流れる血の匂いを追う力だ。

 

 スヴェルドフレムが、薄暗い酒場のカウンターに硬貨を置いた。

 

「……“処分場”について知っている者を探している」

 

 その言葉に、バーテンダーは手を止めた。

 そして、無言のまま視線だけで奥の扉を示す。

 

 もう二人のサルカズが、低く呟いた。

 

「やはり噂は本当か……。この街は“零号地”を知る者を、金と暴力で黙らせていやがる」

「何処も同じということでしょうね。……それはそれで、甚振りがいがありそうですが」

 

 三人は互いに短く目配せを交わす。

 

スヴェルドフレムとエルデルの一行は、証言と噂の断片を拾い集め、カジミエーシュの影という影を踏み抜いていった。

 零号地へ向かう未登録貨物、感染者が忽然と姿を消す区域――。

 それらはすべて、ひとつの“巨大な口”へ通じている。

 

 新参者カルディオスコポスは、その探索任務の中でも特に異質だった。

 

 見た目は一見、礼儀正しく、冷静沈着な青年。

 しかし、スヴェルドフレムは彼を“尋問に適した個”と判断し、エルデルへの同行を認めた。

 

 その理由は、いま目の前で示されている。

 

 血の臭いが染みついた倉庫。

 床に縛り付けられた暗殺者が、冷や汗を滴らせながら震えている。

 

 カルディオスコポスは静かに片膝をつき、頭を少し傾けた。

 

「もう一度、問いましょう」

 

 それは優しい声だった。

 だが、その眼差しには心の奥底を覗き込むような深い闇が潜む。

 

「……貴方の心の扉は、すでに開かれている」

 

 暗殺者の身体が跳ねた。

 声は出ない。息すら乱れている。

 

 カルディオスコポスは淡々と続ける。

 

「心を鞭打たれる苦痛はどうでしょう?」

 

 彼の手には鞭も刃もない。

 あるのは、精神を抉る“理解の力”。

 "心の壁を壊す”ための術に通じる男。

 

 カルディオスコポスが静かに言った。

 

「ジャールの狩りは、その痛みを何よりも愛しているのですよ」

 

 その言葉に、暗殺者の顔が引き攣る。

 カルディオスコポスは微笑んだ――蛇のように細く、そして慈悲深いとも取れる笑み。

 

「では……次は、どちらの扉から叩きましょうか?」

 

 心か、記憶か、あるいは――恐怖か。

 

 倉庫には、抑えた悲鳴と、カルディオスコポスの静かな声が響き続けた。

 

 






――エルデルに迎えられたその男の名は、かつては王宮の冷たい影を象っていた。

 二百年前のカズデルが瓦解する以前、彼は名家の血を引く拷問官として知られていた。
 狭い地下室に響く鞭のリズム。罪人の喉から搾り出される悲鳴。彼の名は恐怖と結びつき、噂は城壁の居住区まで届いた。

 ジャール氏族の特性たる“心を鞭打つアーツ”――それは肉体を傷つけるのではない。
 意志の襞に触れ、記憶の紐を引き、それらを糸口にして真実を形作る技術だ。
 カルディオスコポスはそれを術式として磨き上げ、王のために、秩序のために振るった。彼の目はいつも冷たく、手は決して震えなかった。
 だが、その冷たさは正義の装いを纏った残酷さでもあった。

 あの日、王宮が炎と瓦礫に呑まれたとき、彼は生き延びた。
 崩れ落ちる石壁の粉塵、空を曇らせる黒煙、遠くでひしめく民の哭き――彼はその光景の中で、初めて自らの行為の意味を問い直した。

 拷問官として“役目”を全うしてきた自分は、誰のために鞭を振るっていたのか。正義の名の下か、権力の慰安か、それとも己の手の“熟達”のためか。

 瓦礫と炎の匂いが彼の胸を焼いたとき、カルディオスコポスは悟った。もう誰かの道具である必要はない、と。

それからの彼は変わった。拷問の技術を捨てたわけではない。だが、その対象も、目的も変わった。王の命令に従う拷問官ではなく、己の感覚に従う“狩人”となったのだ。

 やがて龍門のスラム街に流れ着いた彼は、そこに渦巻く悪と欺瞞を嗅ぎ分け、忌まわしい心の闇を暴き出すことを己の娯楽とし、報酬とした。
 罪人を捕らえ、嘆願させ、その醜い告白を聞く――その行為に、彼はある種の清算と陶酔を見出した。

 街灯に映る彼の姿は、かつての威厳を残しつつも縁に擦り切れている。身に着ける革は油で黒光りし、指先には古い鞭の擦り切れた跡が刻まれている。
 だが目つきだけは変わっていない。冷徹だが、そこに微妙な柔らかさが差すこともある。
 彼は同胞の悲嘆にはたまに目を潤ませ、だが人の弱さを見るとすぐに愉悦を感じる――その二面性が彼を危うく、しかし魅力的にしている。

 エルデルが彼を受け入れたのは、おそらく利便と計算の産物でもあった。スラムで暗躍する勢力を抑えるため、情報を引き出すため、あるいは“必要な裁き”を下すため。

 だがカルディオスコポス自身にとって、エルデルへの加入は単なる雇い入れ以上の意味を持つ。

 過去の“公的な役割”から離れ、自らの規範で他者を裁き直す自由を得たこと。彼はその自由を噛みしめ、夜ごとに新しい狩りの形を探っている。

 彼の鞭が触れるのは肉体だけではない。言葉、記憶、羞恥、そして深く抑圧された後悔を打ち砕き、相手の中の“真実”をむき出しにする。

 だがそれは贖罪の道ではない。カルディオスコポスにとってそれは遊戯であり、また彼自身が抱える罪の一形態の投影でもある。

 時折、助命を乞う声に立ち止まり、己の手を見つめることもある。その手が震えないのは技術のせいか、それとも冷たく研ぎ澄まされた信念のせいか――彼にもまだ答えは出ない。

 狩りの夜は長く、獲物は絶えない。カルディオスコポスは今日も歩き、刃にも似たアーツを指先で確かめながら、囁くように笑うのだ。

「さあ、告白しろ。心の奥にあるものを――狩りは始まったばかりだ」


 ――――――

 カルディオスコポスは主人公くんに完膚なまでに叩きのめされた&アーツで記憶を垣間見たことにより心酔するようになりました。
 典型的なサルカズ貴族で、文武両道ですがその性質から人格破綻者呼ばわりされてエルデル内でも敬遠されてます。
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