先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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ナイツモラの行く末

 

 

 一方、競技騎士のメジャー戦では、追魔騎士と血騎士の激戦が繰り広げられていた――。

 トゥーラは、ナイツモラという稀有な種族の騎士だった。

 その血には、歴史の彼方で語られる征服王――ハガンの系譜が流れている。

 

 彼は繰り返し語っていた。

 自分は「天路」を追い求めているのだと。

 

 ナイツモラの成人の儀式は特異だ。

 自らが定めた目標――その“道”を踏破して初めて、一人前の戦士と認められる。

 トゥーラにとっての天路とは、力の証明ではなく、己の在り処を問う巡礼だった。

 

 バトバヤルは、彼の同胞の末裔であるという。

 衰えた老兵からその名を聞き、トゥーラはわざわざ彼に会いに来た。

 血の残滓が、なおこの大地に息づいているのかを確かめるために。

 

 メジャー戦で、トゥーラは血騎士と刃を交えた。

 その戦いの中で、彼は己の行く末を垣間見ることになる。

 

 ナイツモラ特有のアーツは、恐怖を司る。

悪夢と呼ばれた彼らは、敵の恐怖、あるいは己の恐怖心すらも掴み取り、刃へと変えてきた。

 

 だが――

 張りぼての恐怖では、この目の前の騎士には抗えない。

 

 トゥーラは、それを本能で理解した。

 この相手は怯えない。

 恐怖に呑まれもせず、拒絶もせず、ただ受け入れている。

 

 だからこそ、思い出したのだ。

 記憶の彼方、血の匂いと灰の色に塗り潰された、あの数年間を。

 

 

 

 母を失ったのは、寒さが骨に染みる季節だった。

 名もない荒野で、群れもなく、帰る場所もないまま、トゥーラは生き延びていた。

 

 恐怖は常に傍らにあった。

 夜の闇、遠吠え、飢え、そして――自分自身。

 

 ある日、彼は奇妙なサルカズと出会った。

 

 外套は擦り切れ、年齢すら測れぬその男は、まるでこの大地そのものが人の形を取ったかのようだった。

 

「……お前、恐怖に飲まれているわけではないな」

 

 初めて交わした言葉が、それだった。

 

 トゥーラが身構えると、男は笑った。

 嘲りではない。どこか懐かしむような、疲れた笑みだった。

 

「だが、恐怖を使っているつもりでいる。それでは足りん」

 

 その日から、彼はトゥーラを追い払わなかった。

 食糧を分け、火を囲み、やがて――剣を教え始めた。

 

 力ではなかった。

 技でもなかった。

 

 教えられたのは、恐怖の在り処だった。

 

「恐怖は消すものではない」

「誇示するものでも、押し付けるものでもない」

 

 男は剣を地に突き立て、言った。

 

「恐怖とは、問いだ。――お前は、それでも進むのかと」

 

 ナイツモラの血が騒ぐたび、トゥーラは叩き伏せられた。

 

 幻を見せようとすれば、「浅い」と言われ、相手を怯えさせようとすれば、「逃げだ」と切り捨てられた。

 

「征服したいのか?」

「それとも、理解したいのか?」

 

 その問いに、当時のトゥーラは答えられなかった。

 男は博識であり、大国の言葉だけでなく古代語すらも容易く操った。

 ナイツモラの儀礼に通じ、草原の教えをトゥーラに教えた。

 

 「これらすべて草原の知恵だが、未来のお前に生かせるものもあるだろう」

 

 男は名を名乗らなかった。

 ただ一度だけ、こう言った。

 

「――恐れとは何かを理解できた時こそ、その真髄を手にすることができる」

 

 それ以上を語ることはなかった。

 

 数年後、男は姿を消した。

 別れの言葉もなく、ただ剣の痕跡だけを残して。

 

 

 

 ――思い出は、そこで終わる。

 

 トゥーラは、再び目の前の騎士を見る。

 

 恐怖を拒まぬ者。

 恐怖に溺れぬ者。

 

 だからこそ、トゥーラは理解した。

 

 恐怖とは、刃ではない。

 刃を握る手を、試すものだ。

 

 ナイツモラのアーツが、静かに変質していく。

 それはもはや、相手を脅かす悪夢ではない。

 

――己が進むと決めた道を、踏み外さぬための“影”だった。

 

  ――ハガンの時代は、もう何千年も前のもの。

 だから今では、彼は歴史の中の存在でしかないのよ、坊や。

 

 そう語った母。

 

「ケシク?」

 それは、ハガンに仕えた従者たちの名。

 この大地で、最も勇ましい戦士だったと伝えられているわ。

 

 ……確かに、ハガンは多くの土地を征服した。

 けれど同時に、数えきれぬほどの人々を傷つけてもきた。

 

 恐怖を振り撒くことは、ナイツモラの生まれ持った性質。

 ハガンにとって征服欲とは、食欲のように――満たさねばならない、本能そのものだったのだから。

 

 ――でもね、トゥーラ。

 

 この大地に生まれた以上、あなたはあなた自身の道を見つけることになる。

 

 そう告げる声は、慰めでも、命令でもなかった。

 

 

 

「私の家族は、皆死んだ。我が同族は、すでに消え失せた」

 

 追魔騎士は、静かにそう告げた。

 

 そして、剣を掲げる。

 

「――ハガンは、我が切先に宿る」

 

 それは誇りか、呪いか。

 あるいは、過去を越えねばならぬ者に課された、最後の問いだった。

 

 されど。

 追魔騎士には、経験が足りなかった。

 戦場と言わずとも、実戦での経験が。

 

 

  ◇

 

 

 意識が浮上したとき、天井の染みが視界に入る。古い建物特有の薬品と鉄の匂い。肺に吸い込むたび、かすかに喉が焼けた。

 

「……はぁ……」

 

 深い溜息が、近くで落ちた。

 

 追魔騎士――トゥーラは、ゆっくりと視線を動かす。そこにいたのは、白髪混じりの老騎士だった。腕を組み、苛立ちと呆れを隠そうともせず、こちらを見下ろしている。

 

「まったく、手のかかる小僧じゃ。こんな大怪我をしおって……病院に連れて行ったところで、診療費を払う家族もおらぬというに」

 

 包帯の奥で、鈍く疼く。だが、痛みはすでにどうでもよかった。

 

「丈夫な身体をしていたお陰で大事には至っておらぬが……並の者が、あの血騎士の攻撃を喰らえばな。死なずとも、廃人になっておるところじゃぞ」

 

 トゥーラは何も答えなかった。

 

 老騎士は小さく舌打ちし、さらに言葉を重ねる。

 

「その上、独立騎士で四強まで上り詰めたというのに……賞金はどこへ消えた? 貯金の一つもあって然るべきじゃろうが」

 

 沈黙。

 

 老騎士は諦めたように息を吐き、包帯に視線を落とした。

 

「これ、傷は深い。動くでないぞ」

 

 その忠告を無視するかのように、トゥーラは身を起こそうとした。

 

「……そもそも、お主。どこへ行くつもりじゃ?」

 

 答えはない。

 

「おい、待たぬか! どこへ行くんじゃと聞いておろうが!」

 

 ようやく、低く掠れた声が返った。

 

「……この地を去る」

 

 老騎士の眉が動く。

 

「何じゃと?」

 

 立ち上がり、壁に手をついて体を支えながら言った。

 

「金色のペガサス。血色のミノス人……」

 

 その名を思い出すだけで、胸の奥に熱が灯る。

 

「私は、十分な収穫を得た」

 

「収穫、じゃと?」

 

 老騎士の声には、呆れと困惑が混じっていた。

 

 トゥーラは振り返らない。

 

「強さの形だ。空を支配する者と、血に沈む者――どちらも、恐怖を否定しなかった」

 

 沈黙が落ちる。

 

 やがて老騎士は、低く唸るように言った。

 

「……それで、旅に出るというのか。答えを見つけたつもりで?」

 

「いいや」

 

 静かに否定した。

 

「問いが、より明確になっただけだ」

 

 老騎士は苦笑する。

 

「相変わらず、面倒な言い方をしおる……」

 

 そして、問い返した。

 

「なら、次は何を求める?」

 

 一瞬の間。

 それは迷いではなく、覚悟を言葉に変えるための沈黙だった。

 

「――恐怖を越えた剣だ」

 

 老騎士の表情が、わずかに変わる。

 

「……ほう」

 

「辿れば、剣だけが残るぞ」

 

「……それでいい」

 

 即答だった。

 

「私は、剣として生まれた」

 

 老騎士は大きく肩を落とした。

 

「やれやれ……」

 

「止めはせん。じゃがせめて――生きて帰ってこい」

 

「問いの答えを得る前に、死ぬでないぞ」

 

 トゥーラは、静かに扉へ向かう。

 

「約束はできない」

 

 振り返らずに、言った。

 

「だが――問いから逃げることは、決してない」

 

 扉が閉まる。

 

 薬と血の匂いの残る部屋で、老騎士は一人、深く息を吐いた。

 

「……まったく」

 

「次の時代は、どうしてこうも厄介な若造ばかりかの……」

 

 その独り言に答える者は、もういなかった。

 

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