先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
知りすぎた者は時に苦しむ運命にある。
家庭教師と鬼才の青年
――非凡の
世が世なら覇王とも呼ぶべき傲慢かつ苛烈な才を備える青年は、ただ長く生きてきただけの凡人の虚勢を芯から砕き壊した。
この青年は、鬼才と呼ばれるに値する知識も頭脳も全てこのリターニアと呼ばれる国を変えるために生まれた英雄なのだと男は直感した。
角の短いエラフィアの男に青年は尋ねた。
「三ヶ月かけ、我はこの古い高塔内に収蔵される六百三十四の楽譜に目を通した。それらの作者は皆、名の知れた音楽家や大術師であった」
「我は全ての旋律を分解した。不完全な、あるいは演奏不可能な部分も含めてな」
「リターニアの誇る芸術には、千年に渡り優雅と調和の美が蓄積されてきた。しかるに、なぜ硬直した旋律と音符しか流れていないのか」
「我は入り口のこの像を砂盤に変え、この大地の情勢を演算した」
青年は語り続ける。淡々と、その頭脳に蓄えた叡智を独白のように漏らす。
ヒトより永く生きてきた男はその一挙手一投足に死を感じた。常にチラつくのは青年の頭脳から導き出される答えだ。青年が次に何を言うのか、それを考えずにはいられないのだ。
そして同時に感じるのは恐怖と期待だった。この青年なら……千年に一度の天才ならば偉業を成すかもしれないという希望が、男を昂らせた。
そして男の評価など眼中にないように青年は続ける。
「イベリアは海と同盟を結び、ヴィクトリアの鋼鉄の騎士は蒸気を吐き出す。泥と血にまみれた靴は異郷の地を踏み、ガリアのアイリスの花はアインヴァルトの深き森に咲きこぼれる……」
――テラ歴870年、カンバーランド家の初代蒸気騎士の甲冑が製作された。
――885年、ポリバルの主導権がイベリアから外れ始め、主権が滅したポリバルは混乱に陥る。
――897年、ヴィクトリア、ガリア、リターニアによるボリバル支配に伴う戦争が始まり、最終的にリターニアが勝利する。
――930年、イベリアは『海』から来たエーギル人の技術を取り込み、イベリアの黄金時代が訪れる。
「だがリターニアはどうであろうか。リターニアの角と牙は抜け落ちそうなほどに衰えている。まずはシラクーザ、そしてシュトルム領……苔と害虫が高塔の至る所を埋め尽くす」
「この全てを、なぜ見て見ぬふりができる?」
「いや、なぜ知らないのか?」
語られる内容に反して青さを感じさせる声だけが、目の前の天才を青年たらしめるものだった。
「我には疑問なのだ」
「この危機的状況において我が最も憂慮すべきはその無関心さだ」
ヒトより長く生きただけの凡夫は、この青年が現状のリターニアにとって適切な批判をしていることは理解出来た。
青年がなぜこのような知識を持っているのか――男の脳裏に、遠い過去の天才たちの姿が過ぎる――それを神童たる証だと考えた。
男はそれよりも青年と出会えたことに感謝した。かつての因縁、魂の故郷たるカズデルを灰燼にした国のひとつであるリターニアはクソだが、その文化、その歴史までもは否定しない。
かつてサルカズだったエラフィアの男は、この青年の行く末に興味を抱いた。
叶うのならば先がみたい――まずはこの青年の疑問に、
「あなたのすべての疑問に答えることはできませんが、――本や知識だけでは無い様々な話ができるでしょう」
後日、正式に男を家庭教師として雇用するという話が来た。
余りに高等すぎる話に、適当に男自身の経験やら知識やらを吐き散らかしていた記憶しかない。
男は己が凡人だと理解している――先史文明時代も、生まれながらの天才には叶わなかった。だから己を磨き上げた。
努力を重ね、ようやく実を結んだかと思えば――思考が逸れた。
一体何が青年の琴線に触れたのか分からないが、ともかく幾度となく人生を繰り返し生きてきた男は、何とか及第点を貰うことが出来た。
男が青年の家庭教師として雇われ数年。
――ふと好奇心から、男が記憶する先史文明の技術の元になった、かつて当たり前のようにあったある発想をその天才に話した。
異なる技術の発想ではあるが、この鬼才に話せば面白い結果が生まれるのでは、という好奇心が勝った。
青年は何やらブツブツ呟いていたが、どうやらなにか糸口を掴めたようで、
「一考に値する興味深いものだ。――よくやった凡夫」
とよく分からないが褒められたので良しとする。
その間にも時代は進む。
青年は名家の生まれであり、正式な名をオットー・ディートマー・グスタフ・フォン・ウルティカと言った。
次代の皇帝を選ぶこととなり、ウルティカという貴族の家の出身である青年は、アインヴァルト管区の選帝侯を経て皇帝に選出された。
――テラ歴969年、オットー・ディートマー・グスタフ・フォン・ウルティカが即位。
ヘーアクンフツホルンと名を改め、後に巫王と呼ばれるようになる賢王の誕生であった。
巫王の偉業として、千年以上前に異なる部族の先賢達の手で作られた金律楽章の書き換え。リターニアという国の根幹たるシステムの書き換えに成功するという偉業を成す。
歴史的偉業を成し遂げた青年――皇帝の歩みを、男は療養のための屋敷で聞いたのだ。
男は既に青年の家庭教師の職を辞していた。
男もまたそれなりの家柄の人間であったが、虚弱体質であったからか主な役割は次男へと回された。
青年の家庭教師という仕事も、要は虚弱体質の気晴らしになれば良いというものであった。
しかし体調が悪化し、男は職を辞した。
こうして療養の地で暮らす間にも、日に日に発作の頻度が多くなってきた。
もう己の命が長くないことを悟ると、男の体から力が抜けていくのを感じる。
リターニアという国は変わらず嫌いだ。カズデルを灰燼にし、貴族主義は酷いもので。
しかし、巫王という英雄を生み出し、その歩みをほんの少し間近で見れたことには喜びを覚える。
男は知っている。賢王や英雄と呼ばれた者の中には、狂気に落ちた者もいることを。
願わくば、巫王の行く末が、末永く賢王と語り継がれるものであって欲しい。
そう願って、誘われるまま眠りについた。