先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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英雄は2度死ぬ。


終幕②

 

 ――より一足先に、エルデルのメンバーたちはそれぞれの帰路についた。

 任務は終わり、果たすべき役割も果たした。

 カジミエーシュに留まったのは、ただ一人。

 スヴェルドフレムだけだった。

 騎士競技の熱も、裏社会のざわめきも、街の喧騒も、彼の周囲を素通りしていく。

 彼は去らなかったのではない。あえて残ったのだ。

 この地に残されたもの――。

 まだ名付けられていない因縁と、回収されぬ傷痕が、彼を呼び止めていた。

 

 独自のルートを辿り、ひっそりと届けられた一通の招待状。

 文面は幾重にも暗号化され、表向きには意味を成さない記号と数式の羅列にすぎない。

 だが――それを読み解ける者にとっては違った。

 ――摂政王、テレシス。

 それは命令でも、懇願でもなかった。

 ただ静かに差し出された、王の名による招待。

 スヴェルドフレムは視線を落とし、紙片を指先でなぞる。

 遠く離れたロンディニウムで、なおも盤上を動かし続ける“王”がいるという事実を、改めて突きつけられながら。

 この招待状は、過去への呼び声であり――、

 そして、次なる局面の始まりを告げる合図だった。

 

 

 

 

 

 約束の時刻、約束の場所。

 スヴェルドフレムが足を踏み入れた先には、静まり返った空気の中、使者と――小隊規模の護衛が整然と並んでいた。

 数だけを見れば威圧的だが、構えは過剰ではない。

 あくまで「迎え」であり、「捕縛」ではないことを示す、ぎりぎりの線。

 使者は外見から種族を判別することはできない。

 体格も、衣装も、どこか意図的に情報が削ぎ落とされている。

 だが、スヴェルドフレムにはわかっていた。

 呼吸の間。

 立ち姿の重心。

 そして、視線を交わした一瞬に走った、言葉にならない既視感。

 ――間違いない。

 あれは、かつてのエルデルの一人だ。

 同じサルカズでありながら、その頭部にあるはずの角が、どこにも見当たらない。

 削ったのか。

 あるいは、切り落としたのか。

 いずれにせよ、それは儀式でも戦傷でも説明のつかぬ所業だった。

 自らの種を否定する覚悟がなければ、決して選ばれぬ道。

 護衛の一人が一歩前に出る。

 だが使者は、わずかな手振りでそれを制した。

 沈黙の中、二人の視線が再び交わる。

 過去と現在。

 エルデルと軍事委員会。

 サルカズでありながら、サルカズであることを棄てた者。

 その邂逅は、言葉を交わす前から、すでに重かった。

 

 要求は、驚くほど単純だった。

 そして同時に、悪意においても、実に明快だった。

 ――従え。

 使者は淡々と告げる。

 その声色には、躊躇も憎悪も宿っていない。

 まるで、すでに実行に移した計画の進捗を報告しているかのようだった。

 脅しの本質はそこにあった。

 命を奪うと告げることではない。

 奪える状況を、すでに作り上げていると示すこと。

 使者の護衛たちは微動だにしない。

 その配置、その間合い、その視線の配り方。

 どれもが、暗殺を生業とする者たちのそれだった。

「……変わったものだな」

スヴェルドフレムは、低く呟いた。

「かつてのエルデルは、仲間を盾に取るような真似はしなかった」

 使者の口元が、わずかに歪む。

 それが笑みだったのか、苦痛だったのかは、判別できない。

「理想は、守るために捨てました」

 短い返答。

この場で拒めば、血が流れる。

受け入れれば、別の形で血が流れる。

――選択肢は二つ。

だが、どちらにも犠牲がある。

スヴェルドフレムは、ゆっくりと息を吐いた。

そして、その重さを噛み締めるように、使者を見据えた。

 

 永い転生の果てに、英雄と呼ばれるようになったスヴェルドフレムであっても――

結局のところ、その身は一つしかない。

 かつては戦場を駆け、国を救い、名を歴史に刻んできた。

 だが英雄とは、遍在する概念ではない。

 どれほど力があろうと、同時に守れる場所には限りがある。

 エルデルの拠点は、点在している。

 医療区画、保護施設、補給線。

 どれもが命を抱え、どれもが弱点だった。

 一箇所なら間に合う。

 二箇所でも、まだ望みはある。

 だが――複数同時となれば、話は別だ。

 敵はそれを理解している。

 だからこそ、この脅しは成立していた。

 英雄を倒す必要はない。

 英雄を「選ばせれば」いい。

 どの拠点を守り、どこを見捨てるのか。

 その選択を強いること自体が、すでに勝利なのだ。

 スヴェルドフレムは拳を握り締めた。

 爪が掌に食い込み、血の匂いが僅かに立つ。

 力では解決できない局面。

 剣でも、アーツでも、越えられない線。

 この招待状が意味するものを。

 これは交渉ではない。

 英雄という存在の限界を、正確に突きつける宣告なのだ、と。

 

 スヴェルドフレムは、静かに笑った。

 それは余裕の笑みではない。

 戦うと決めた者だけが浮かべる、覚悟の表情だった。

 

 「やはり、そう来ますか。貴方は……そういう人だ、ボス」

 使者――かつてゼーテースと呼ばれていたサルカズの男は、感情の起伏を感じさせぬまま、すっと腕を振り上げた。

 その動き一つで、背後に控えていた護衛たちの気配が変わる。

 刃が鞘の中で鳴り、張り詰めた弦が空気を震わせた。

「ならば、こちらも……そうするまでです」

 淡々と告げられたその言葉は、宣戦布告に等しい。

 交渉の席は、もはや形骸と化していた。

 スヴェルドフレムは、微動だにしない。

 ただ、ゼーテースの角の痕――削がれ、切り落とされた痕跡に、ほんの一瞬だけ視線を走らせた。

「……変わったな、ゼーテース」

 低く、しかし確かに届く声。

 懐旧でも哀惜でもない、事実の確認に近い調子だった。

「かつてのお前は、命令よりも理由を問う男だった」

 ゼーテースの瞳が、わずかに揺れる。

 だが、腕は下がらない。

「理由を問うのは、選択肢がある者の特権です」

「今の私は――従うことでしか、生き残れない」

 その言葉と同時に、護衛の一人が一歩前へ出る。

 空気が軋み、アーツの兆しが立ち上る。

 スヴェルドフレムは、ようやく一歩踏み出した。

 威圧ではない。

 戦闘態勢ですらない。

 静かな声が、場を支配する。

「ゼーテース」

「従うことで生き延びた者は、いずれ――“自分が何に従っていたのか”を、必ず思い出す」

 その瞬間、夜風が強く吹き抜けた。

 護衛たちの影が揺れ、重なり、歪む。

 ――交渉は終わった。

 だが、戦いはまだ始まってすらいない。

 ゼーテースの掲げた腕が、振り下ろされる。

 それは命令であり、引き金であり、

 かつて同じ陣営に立った者同士が、完全に袂を分かつ合図だった。

 

 

 

 主君たるテレジア殿下の死は、ロドスだけでなく、エルデルにも深い亀裂を刻んだ。

 それは静かに、しかし確実に広がっていく断層だった。

 エルデルは二つに割れた。

 融和を選ぶ者と、敵対を選ぶ者。

あるいは、平和を求める者と、戦争を求める者――。

 同じ理想を掲げ、同じ戦場を越えてきたはずの仲間たちは、いつしか同じ言葉に異なる意味を見出すようになっていた。

 「生き延びるため」という一言が、ある者には未来を、ある者には復讐を指し示したのだ。

 ゼーテースのように、軍事委員会へと身を投じた者もいる。

 一方で、何も選ばず、大地の何処かへと姿を消した者たちもいた。

 彼らは旗を掲げることを拒み、歴史に名を刻むことすら望まなかった。

 荒野へ、地下へ、あるいは名もなき都市の影へと溶け込み、「エルデルであった」という事実だけを胸に抱いて生き続けた。

 しかし――誰もが理解していた。

 この分断が、誰かの過ちから生まれたものではないことを。

 テレジアの死が引き金であったに過ぎず、本当の原因は、それぞれが抱いてきた「願い」の違いなのだと。

 

 

 

「ふ、はは」

「やはり……貴方だけだ、ボス」

「俺の、輝ける星よ」

 血溜まりに沈む護衛達の骸。

 その死体はどれもが鮮やかな剣筋で命を絶たれていた。

 一歩、ゼーテースに近づく。

 凄惨な現場での、暫しの団欒。

「……貴方は、そういう人だ」

「だからこそ、ボス」

「あなたは、――甘い」

 周囲を吹き飛ばすに十分な源石爆弾が、ゼーテースの懐に縫い付けられていた。

「どうして捨てたんだ!!あなたは、俺たちの希望だった!」

「――貴方が復讐のためと剣を取ってくれれば、俺たちは救われたのに!」

 

「――ゼーテース」

 

「私が復讐の旗となれば、次に斬られるのは誰だ?」

「殿下の名の下に、何人の同胞を殺す?」

「“敵”と呼べば、どこまでが許される?」

 一歩、また一歩。

 爆弾の起爆圏内に、迷いなく足を踏み入れる。

「お前たちは、私を英雄と呼んだが」

「俺はな、ゼーテース」

「英雄であることに、とうに倦んでいる」

 彼の声は低く、しかし確かだった。

「希望とは、誰かを殺す理由になってはならない」

「復讐とは、未来を切り売りする行為だ」

「それを承知で剣を取るなら――」

スヴェルドフレムは、真っ直ぐにゼーテースを見据える。

「お前たちは、最初から“救われる気などなかった”」

「……ッ!」

ゼーテースの喉から、嗚咽にも似た声が漏れる。

「甘いんだ、あなたは……!」

「だから皆、あなたに縋った!」

「だから――あなたを引きずり下ろしたかった!」

 

「そうか」

スヴェルドフレムは、短く笑った。

それは嘲りではなく、諦観に近いものだった。

「だが、その甘さを捨てた瞬間」

「俺は、お前たちが恐れた“■■”になる」

 

 源石爆弾の冷光が、二人の影を歪める。

 次の瞬間が、対話の終わりであることを、互いに理解していた。

 

 「だが――ゼーテース、俺は――」

 

 投げかけた言葉に、かつてゼーテースと呼ばれた使者は、ほんの一瞬、目を見開いた。

 そして――まるで長い旅路の終着点を見つけたかのように、表情を和らげた。

「ああ……やはり、あなたは……」

 言葉は、最後まで形を成さなかった。

 同時に、源石爆弾が起爆する。

 白光。

 爆風。

 空気そのものが引き裂かれ、音は遅れて世界を叩き潰した。

 衝撃は二人を等しく呑み込み、血と炎と破片が、団欒の名残を跡形もなく吹き飛ばした。

 

 ――その日、エルデルのリーダー、スヴェルドフレムの消息は途絶えた。

 ただ一つ事実として残ったのは、現場に“遺体がなかった”という点だけである。

 

 

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