先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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テラ歴1097年〜:テラの大地
【閑話】組織の混乱と過去


 エルデルのリーダー、スヴェルドフレムの消息が途絶えて、一月が過ぎた。

 各地の支部には厳重な情報統制が敷かれ、その事実を正確に知る者は、創設期から名を連ねる古株の幹部に限られていた。

 末端には「極秘任務中」といった曖昧な言葉だけが流され、疑念は意図的に薄められている。

 ――とはいえ、いつまでも隠し通せるはずもない。

 エルデルは設立当初から、指導者不在でも回る組織を目指してきた。

 資金網、諜報、戦力、思想。

 それぞれは既に自立している。だが、それでもなお――

 スヴェルドフレムという存在が放つ「カリスマ」は、代替不可能だった。

 彼の決断一つで沈黙した支部があり、

 彼の一言で剣を収めた部隊があり、

 彼の背中を見ただけで、命を賭す覚悟を決めた者たちがいた。

 後釜となる次期リーダーは、既に水面下で決定している。

 能力も、血統も、支持も申し分ない。

 

――それでも。

「“あの人”がいない」

 その事実だけが、会議室の空気を重く沈ませる。

 かつてなら即断されていた案件が、幹部たちの間を何度も往復した。

 誰もが理解していた。

 問題は体制ではない。

 象徴なのだ。

 スヴェルドフレムが生きているのか、死んでいるのか。

 それとも――戻らない場所へ行ってしまったのか。

 

 一ヶ月ほどが経った頃だった。

 各地の幹部にのみ開かれる回線へ、ひとつの報せが滑り込んできた。

 幾重にも折り重なった暗号、位相をずらした符号、そして最後に――巫術による封印。

 送り主を偽る余地など、最初から存在しない。

 リーダーからのものだった。

 だが、その内容は、彼らが待ち望んでいたものとは少し違っていた。

 ――こちらでの活動に支障はない。

 ――各支部は現状を維持せよ。

 ――不要な動揺は抑えろ。

 気にするな。

 あまりにも簡潔で、あまりにも突き放した文面。

 安否を問う余地も、再会を匂わせる言葉もない。

 まるで「感情を挟むな」と命じるかのようだった。

 巫術が施されたその報せは、軽々しく転送できる代物ではない。

 受信した瞬間、波形が固定され、複製も改竄も不可能となる。

 真偽を疑う者はいなかった。

 疑うこと自体が、侮辱に等しい。

 浮足立っていた空気は、否応なく冷やされた。

「……生きてはいる、か」

 誰かが、絞り出すように呟いた。

 だがそれは安堵ではなく、むしろ重荷に近い感情だった。

 

 加えて、その報せには一文が添えられていた。

 ――仮に、軍事委員会内部で何らかの動きが生じたとしても、エルデルはこれに干渉するな。

 言葉は淡々としており、感情の揺らぎは一切ない。

 だが、その一行が意味するところは、あまりにも重かった。

 古株の幹部たちは、顔を見合わせることもなく理解した。

 これは警告ではない。

 命令でもない。

 線引きだ。

 スヴェルドフレムは、自身を切り離した。

 エルデルという組織から、意図的に。

「……らしいな」

 誰かが、苦笑混じりに呟く。

 他の者は否定しなかった。

 端から見れば、物分かりが良すぎると映るだろう。

 「裏がある」「何か企んでいる」と疑われても無理はない。

 だが、彼らにとっては違う。

 リーダーの思考回路は、もはや読解ではなく体感の域にあった。

 彼が何を選び、何を捨てる男か。

 今さら説明など要らない。

「干渉するな、か……」

 もし軍事委員会が彼を“利用”し、あるいは“使い潰す”としても。

 エルデルの名を、旗を、血で汚さぬために一人背負ったのだと。

「相変わらず、勝手な人だ」

 そう言いながらも、誰一人として反抗を口にしなかった。

 従うのではない。

 理解しているからだ。

 エルデルは静観を選ぶ。

 その沈黙こそが、今この瞬間における最大の忠誠だった。

 

 ――とは言え。

 何もしないという選択が、易しいわけではない。

 

 

 

 

 

 「……通信を傍受。特殊な符号化が施されている」

 モニターに走る波形を見つめながら、ケルシーは短く言った。

 解析の進行音だけが、ロドスの医務室に似た静寂を刻む。

「暗号は既存の通信規格ではない。だが……一部の符号列が既視感を伴う」

 指先が端末を滑り、数秒後、画面が切り替わる。

 淡い光の中、彼女の声は一定の調子で続いた。

「――これはエルデルの通信形式か。中継地点を複数経由しているが、目的地は明確に指定されている」

 情報の羅列の全てを読み取ったケルシーはつぶやいた。

「確定だ。符号構造、符文の位相、発信元の波長。どれを取っても偶然ではない。彼ら以外に、このパターンを使用できる組織は存在しない」

 彼女の声音は、怒りでも驚きでもなく、ただ冷たい確信のみを帯びていた。

 言い終えたケルシーは、端末の光を一度切る。

「記録を残しておこう。この通信は、放置すべきではない」

 

 あの用心深いエルデルにしては、迂闊に過ぎる。

 ――いや、意図的か。

 

 S.W.E.E.P.の存在を知る彼らは、この通信を通した。

 偶然ではない。

 試金石か、誘導か、牽制。

 違いは些細だ。

 いずれにせよ、彼らは「こちらが気付く」ことを前提に動いている。

 

 あらゆるパターンを演算し、ケルシーは結論に至った。

 これは宣言ではない。

 単なる報告だ。

 だが、無意味な報告など存在しない。

 

 エルデル側に手を伸ばすべきか――否。

 こちらから接触した瞬間、主導権は完全に相手へ移る。

 それは情報収集ではなく、反応の提供だ。

 彼らは“こちらが気付くか”ではなく、

 “こちらがどう動くか”を見ている。

 ならば答えは一つ。

 今は、何もしない。

 

 それが最善だと。

 

 ログを保存したケルシーは、一人、ため息を吐いた。

 ……ロンディニウムか。

 通信地点はロンディニウム。

 摂政王テレシスが占領した都市であり、ヴィクトリア国の工業都市だったはずだ。

 情報によれば、軍事委員会の支配は着実に進行している。

 そして軍事委員会は――

 かつてロドスの前身組織、バベルと衝突し、崩壊へと追い込んだ相手でもある。

 

 ドクターはすべてを忘れている。

 だが、因縁は忘却を許さない。

 さらに、無視できない噂がある。

 ――死んだはずの魔王、テレジアが目撃されたという。

 それは理想を共有し、守れなかった過去を持つ者にとって、単なる噂では済まない。

 エルデル。

 軍事委員会。

 テレジア。

 ロンディニウムは、再び過去を呼び戻そうとしている。

 





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