先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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明日からお仕事なので年始投稿その2



【閑話】行方

緊急性の高い案件に限り、特例として決裁が認められている。

消息不明だったスヴェルドフレムの生存が確認された以上、次期リーダーたるエーレマイオスは、その権限を行使する立場に置かれた。

結果として彼を待っていたのは、書類の山である。

「ツケが回ってきたな……」

そう愚痴りながらも、予想を遥かに上回る業務量を前に、彼は黙々と判を押し続けた。

この事態を受け、エーレマイオスは人材育成をこれまで以上に急ぐことを心に誓う。

重要度の低い書類さえも山となっていたので、古参のエルデルメンバーだけでなく新参のカルディオスコポスにも書類を割り振る。

凄まじい速度で書類を捌き、ふとリーダーの激務に思いを馳せる。

「……我らがリーダーのありがたさが、身に沁みるな」

「これをこなしながら各地を飛び回ってたボスは、イカれてる」

 

 エルデルは設立当初から、特定の個に依存しない組織を目指してきた。

 それでもなお、スヴェルドフレムという巨大な存在が残した空白を、完全に埋めることは難しい。

 だが今回の一件は、その理想を机上のものに留めない。

 組織は、否応なく変わらざるを得なくなったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男が目を覚ました時、そこは――闇だった。

 光ひとつ差し込まぬ、底の見えない暗黒。

 耳鳴りも、風の気配もない。まるで世界そのものが息を潜めているかのようだった。

 

 意識が徐々に鮮明になるにつれ、スヴェルドフレムは目覚めの前後を思い出していった。

 胸にのしかかるのは、たった二文字。

 

 敗北。

 

 捨て石として差し向けられた、かつての部下。

 追撃のために命を投げ捨て、自爆に至ったその炎に――己は巻き込まれた。

 

 結果がどうであれ、負けは負けだ。

 理由も過程も関係ない。戦場において、敗北はただの事実でしかない。

 

 そして、敗北した者の末路はひとつ。

 

 虜囚。

 

 スヴェルドフレムは、静かにその現実を受け入れた。

 長い転生の生涯で、これが初めてでもなければ最後でもない。

 だが――今回の暗闇には、どこか、かつてない異質な匂いがあった。

 

 闇が揺らぎ、炎の淡い灯が男の瞳に刺さる。

 足音はない。代わりに、何か湿った気配が這い寄るように近づいてきた。

 

 暗がりを裂いて現れた影。

 その輪郭が灯りに照らされると、スヴェルドフレムの視線はわずかに細められた。

 

 ――クイサルトゥシュタ。

 

 摂政王テレシスの腹心にして、サルカズの伝承にすら名を残す「英雄」。

 しかしその肉体は、本人のものではない。

 

 クイサルトゥシュタは、代々その一族の男に憑依し、魂を押し込める。

 憑依した体でその男の娘を孕ませ、胎内に宿った赤子が十分に形を成した頃、再び魂を移す。

 ――かくして彼は、幾百幾千もの生を「家系そのものを苗床として」生き延びてきた。

 

 もはや血筋は彼の器でしかなく、肉体は彼の魂が通り過ぎる「壊れゆく宿」でしかない。

 

 その現れた姿は老いても若くもなかった。

 ただ、“何度も何度も生まれ直した者”特有の、不快な均一さを帯びていた。

 

 英雄とは呼べまい。

 これは、血統を食い荒らして存続した――成れの果てだ。

 

 クイサルトゥシュタは炎に照らされながら、にこやかな声で告げる。

 

「目を覚ましましたか、スヴェルドフレム。ご自身の敗北と向き合うには、さぞや良い時間となったことでしょう」

 

 

 その声音には、勝者の誇りも、敗者を嗤う愉悦すらなかった。

 ただ、何度生まれ直してもすり減らぬ“使命”だけが残っている。

 

「……貴様が来たということは――私を、お前たち呪われた一族の実験材料にでもするつもりか」

 

「――貴方の歩んできた“道のり”は、実に興味深い。私どもとしては、見過ごすには惜しい素材でしてね」

 

 

 スヴェルドフレムは、息をひとつ押し殺し、低く呟いた。

 

「……どこで知った? ――いや。見たのか」

 クイサルトゥシュタ。堕ちた英雄の行いをスヴェルドフレムは察した。

「俺の記憶を漁ったな――クイサルトゥシュタ」

 

クイサルトゥシュタは相変わらず柔らかい笑みを崩さず、軽く肩をすくめた。

 

「ええ。とはいえ本当にごく僅かですよ――千年にも満たない断片ほどですが」

 

 そうして愉悦を隠しきれない声音で続けた。

 

「……しかし、あれほどの時間でさえ、貴方という存在を形作る“道のり”を知るには、十分すぎるほどでした」

 

 白い角のサルカズの男は、あたかも上品な世間話でもするかのように言った。

 

「ご安心を。テレシス殿下の許可は得ていますよ。……もっとも、『客人の扱いを誤るな』と念押しはされましたがね」

「それに――あなたが素直に虜囚でいてくださるのなら、

あなたの率いる組織……エルデルには手を出さない、と殿下は仰せでしたよ」

 

 蛇のように細められた瞳。

白い角を持つサルカズ――クイサルトゥシュタは、静かに笑んだ。

 

その笑みは慈悲の色を装いながら、獲物を逃がさぬ捕食者のものだった。

 

「理解していただけたようで、何よりです……スヴェルドフレム……永きを生きる同胞よ」

 

男は黙したまま視線を返す。

だが、鎖の冷たさが事実を突きつける。

 

敗北者である虜囚に、その条件を拒む道など最初から存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 闇を裂くように、静かな呼吸が聞こえた。

 スヴェルドフレムが顔を上げると——そこに立っていた。

 

 死したはずの主君。魔王テレジア。

 

 その瞳は、あの頃のまま、確かに「王」の光を宿していた。

 

 テレジアは、囁くでもなく、命じるでもなく、ただ亡霊のような静けさで言葉を落とす。

 

 

「……スヴェルドフレム。聞こえているでしょう?」

 

「私は、あなたの知る“生”に属する存在ではない。目的のために呼び戻され、魂の残滓をこの身に縫い付けられた……」

「——それが、今の私よ」

 

 その声音に怨嗟はなかった。

 あるのは、己が成したことと、成すべきことを既に受け入れた者の諦観。

 

 それでも、なお。

 

「だからこそ、あなたに頼みたいことがあるの」

 

 テレジアは一歩近づく。

 鎖が微かに鳴る。スヴェルドフレムの肩が強張った。

 

「あなたは私の剣だった」

「誰よりも確かに、私の意志を理解し、私の歩む道を支えてくれた」

 

 囁きは優しい。

 しかし、その重さは刃よりも鋭く、胸に突き刺さる。

 

「その忠誠が、今もあなたの中で燃えているのなら……

どうか、私に力を貸して」

 

 テレジアは静かに息を吸う。

 その身体が細かく震えているのが、スヴェルドフレムには見えた。

 

「私はもう、この身体で長くは動けない。けれど、果たすべき目的が残されている」

 

「サルカズが背負ってきた数千年の苦しみの果てに……わずかでも“帰る場所”を残すために」

 

テレジアは手を伸ばして——触れようとはせず、ただその距離に「選択」の余地を残した。

 

「あなたの刃が必要なの、スヴェルドフレム」

「あなたの誇りも、あなたの選択も、決して奪わない」

 

 そして、かつて魔王であった者が、ただ一人の家臣へ声を落とす。

 

「——かつてのように。もう一度、私の隣に立ってくれるかしら?」

 

 今もなお敬愛する主人の言葉を——否と言える臣が、果たしてどこにいるだろうか。

 

 その問いは、自らに向けたものだった。

 反発も、憤りも、理屈も、全て胸の内で渦巻いていた。

 だが、そのどれもが、目の前の「主君」の声に触れた瞬間、音もなく沈んでいく。

 

 目を閉じれば思い出す。

 主の背を守り続けた日々。

 己が誇りも、戦いも、命の意味も、

 すべてはこの人のもとにあった。

 

 死が隔てようと、時が歪もうと——

 誓った忠誠は、まだ胸の底に燻っている。

 

 ゆえに。

 

 否とは言えぬ。

 言えるはずがない。

 

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