先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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テラ歴1097年〜:ヴィクトリア「ヒロック郡」
ヒロック郡騒動①


ヴィクトリア国、ヒロック郡。

きな臭さを帯び始めたヴィクトリアの動きを見定めるため、

ロドスは老年の女性エリートオペレーター――Outcastを派遣した。

「熱いお茶を啜り、新聞をめくる……そうした、年寄りの義務を果たしていたところさ」

その様子を見ていた協力者の男が、問う。

「……お探しのものは、見つかりましたか?」

問われたエリートオペレーターは、新聞を指し示した。

「少し、気になることはあってね」

「消えかけていたはずのその言語が、今では新聞の至る所に顔を出している」

「それだけじゃない。先ほど、窓の外から声が聞こえてね。その人物は子供たちに、互いをターラー語で呼び合うよう教えていた」

 

「言語がもたらす繋がりは、得てして他の何よりも強固だ。血縁のように時の流れで薄まることもなく、利益のように天秤にかけ続ける必要もない」

 

「どうやら、その繋がりを利用して――時と共に離れていくはずだった人々を、再び結集させようとする者がいるらしい」

 

「だが、それが叶えば、既存の地域集団は安定を失う。無論、そんな動きが表に出れば、ヴィクトリアが黙っているはずもない」

 

「とはいえ……無理に押さえつければ、その分、反動も大きくなる。これは、そういう類の火種だよ」

 

 

 

 

 

ターラー人復興組織ダブリン。

その幹部五人を仕留めたのは、老境に差しかかった女性エリートオペレーター――Outcastだった。

 本来、幹部は六人。

 だが最後の一人は、彼女の手によるものではない。

 闇討ち。

 痕跡は精錬され、無駄がなかった。

 そして今、その犯人と思しきサルカズの戦士が、Outcastの前に立っている。

 

 

ひと目でわかる巨躯。

見慣れない剣身は、恐らく特殊なアーツユニットだろう。

肌を焼くような威圧感に、思わず息が詰まる。

――動かなければ死ぬ。

――動いても死ぬ。

そんな想像が脳裏をよぎり、

エリートオペレーター、Outcastの全身に緊張が走った。

 

間違いなく手練れ、それも歴戦の戦士だ。

 そう断じた瞬間、Outcastは自分の喉がひどく渇いていることに気づいた。

 巨躯のサルカズは、こちらを見下ろしている。

 威圧のためでも、感情を誇示するためでもない。ただ“そこに在る”だけで、周囲の空気を押し潰す存在感だった。拗じれた角を模した仮面は感情を隠すためのものではない。あれは恐らく、素顔を晒す必要がないほど、数多の死を越えてきた者の余裕だ。

 剣身に走る不規則な輝き。

 金属というより、凝縮されたアーツそのものを刃の形に固めたかのようだ。制御ユニットらしき紋様が脈打つたび、空間が僅かに歪むのを感じる。あれを一度でも真正面から受ければ、防御など成立しないだろう。

 距離は、十歩もない。

 近すぎる。

 銃撃戦の間合いではない。アーツを纏った近接戦闘の距離だ。

 Outcastの脳裏で、経験則が次々と否定されていく。遮蔽物はない。退路も、あってないようなものだ。ここはロンディニウムの裏路地――逃げた先に、何が待つかは想像するまでもない。

 それでも、相手は動かない。

 その静止が、何よりも恐ろしかった。

 獣のように飛びかかるでもなく、殺気を解き放つでもない。ただ、こちらがどう動くかを“見ている”。

 Outcastは理解する。これは待ちの姿勢ではない。確信だ。自分がどんな選択をしても、斬り伏せられるという確信。

 五人の幹部を撃ち抜いた直後だというのに、心拍は異様なほど落ち着いていた。

 いや、違う。落ち着いているのではない。感情を切り捨てているのだ。

 生き残るために、幾度となくやってきたこと。

 残り一発。

 本来なら、もう存在しないはずの弾丸。

 ぞわり、と背筋をなぞる悪寒。

 それは敵意ではない。Outcast自身の経験が警鐘を鳴らしている。

 ――撃たれる。

 いや、斬られる前に終わる。

 思考がそこへ至るより早く、身体が反応していた。

 予備の銃を抜き、狙いを定めるという行為をすっ飛ばして、引き金を引く。

 甲高い金属音が夜気を裂いた。

 弾丸は弾かれた。

 否、正確には――斬られたのだ。

 剣が振るわれた形跡すらない。ただ一瞬、剣身の輝きが揺らいだだけで、弾道は粉砕され、路地の壁に散った。

 仮面の奥で、視線が細くなる気配がした。

 評価が、更新されたのだ。

 その瞬間、Outcastは確信する。

 この刺客は、ただの暗殺者ではない。

 戦場で名を残し、幾つもの強敵を屠り、生き延びてきた者――

 サルカズの中でも、選り抜きの剣だ。

 まだ、Outcastは息をしている。

 そして目の前には、本来なら交わらぬはずの「死」が立っている。

 Outcastは銃を下ろさない。

 勝ち目がないことと、抗わないことは、同義ではないのだから。

 

 生粋のガンマンであるOutcastの銃撃は、サルカズの手足を削れど、致命傷にまでは至らない。

弾丸は正確だった。

関節を掠め、筋を裂き、動作を鈍らせる。

だが、倒れない。

サルカズの戦士は、一歩も止まらずに踏み込んでくる。

痛覚を無視しているのではない。

それを織り込んだ動きだ。

血が落ちる。

それでも剣は揺らがない。

Outcastは理解する。

――弾は、通っている。

だがこれは、「削り合い」ではない。

彼我の差は、技量ではない。

殺す覚悟でもない。

“どこまで踏み込めるか”という、

戦場でしか測れない領域の差だった。

 

 剣は、致命を狙わなかった。

それでも――

逃げ場は、残されていなかった。

一閃。

衝撃が、骨を通して全身を揺さぶる。

Outcastの身体が宙に浮き、背中から地面に叩きつけられた。

次の瞬間、視界が歪む。

痛覚が遅れて追いつき、呼吸が途切れた。

剣先は喉元を外れ、

肩、肋、脚――

動きを司る箇所だけを、正確に削いでいく。

血は出る。

だが、死には至らない。

立ち上がろうとした瞬間、力が抜けた。

神経を断たれたわけではない。

だが、戦場に戻るには――致命的な“間”が欠けている。

サルカズの戦士は、距離を保ったまま剣を下ろした。

まだ、生きている。

だが、当分先の戦いには戻れないかもしれない。

 

 Outcastの指が、六発目の引き金にかかる。

 空気が、鳴いた。

 ――その予兆だけで、夜が悲鳴を上げる。

 路地の影が歪み、瓦礫が微かに浮き上がった。

 その瞬間。

 サルカズの戦士が、一歩、退いた。

 攻撃ではない。

 防御でもない。

 ――中断だ。

「それ以上は、互いに無意味だ」

 初めて発せられた声は、低く、感情を削ぎ落としていた。

 Outcastは、引き金を引かない。

 代わりに、銃口をわずかに逸らす。

「……お前さんのような強者なら、私を殺せただろうに」

 

 サルカズは答えない。

 

「――この戦場から手を引くことだ、サンクタ」

 それだけを残し、サルカズの戦士は闇へと溶けた。

 六発目の弾丸は、放たれなかった。

 だが――

 Outcastは確信している。

 今夜、引き金を引かなかったのは、敗北ではない。

 これは、戦争の前触れだ。

 

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