先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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ヒロック郡騒動②

 

無事ヒロック郡を離脱したOutcastを待ち構えていたのは、白衣に身を包んだケルシーの姿だった。

 

「Outcast。君の報告を聞かせてくれ」

「ありゃ手練れだね。傭兵にしちゃ、動きが妙に洗練されてた。サルカズにしては、やたらと大柄だった」

「それに――あの剣。変わった形のアーツユニットを使ってたねぇ」

事前情報には無いその報告に、ケルシーのカルテを書き連ねる動きが止まった。

剣の形をしたアーツユニット。

詳細を問おうとして――あるサルカズ戦士の姿が、脳裏をよぎった。

エリートオペレーターOutcastがヒロック郡で負った傷は、

致命傷には至らずとも、いずれも的確に身体機能に影響を与えるものだった。

身体能力に影響を与える傷でありながら、致命には至らず、戦線復帰の猶予だけを残している。

技量の問題ではない。

意図的だ。

……だが、軍事委員会には、同様の手口を使える者も存在する。

「その他の特徴は?」

「仮面を被っていたくらいだね。……ただ、妙だった。

目を合わせようとすると、無意識に視線を外してしまう」

「……」

特殊な巫術、もしくはアーツによる精神干渉の疑い。

ただし、確証なし。

推測を事実として扱うべきではない。

――早合点は、最も避けるべき判断だ。

ケルシーは書き連ねたカルテを閉じた。

「君の協力に感謝しよう、Outcast」

「生きて戻ったこと自体が、十分な成果だ。無理をする必要はない」

「はは……それを言われると、年寄り扱いされた気分だね」

「ロドスがそれを忘れない限り、

私は何度でも前に出るさ」

老兵はそう言って、何事もなかったかのように背を向けた。

――その背中が、今回の戦いの異常さを雄弁に物語っていた。

「……戦争は、必ずしも前兆があるとは限らない」

「だが今回の件は、それに当てはまるものだろう」

ケルシーは、指先で通信記録をなぞった。

エルデルからの奇妙な報告。

沈黙が多すぎるロンディニウム。

そして、動きすぎているダブリン。

どれも単体では、説明がつく。

説明できてしまうがゆえに――なおさら不穏だった。

「兆しとは、騒音ではない」

「静まり返った中で、揃っていく歯車の音だ」

ヴィクトリアは今、音を立てずに軋んでいる。

軍事委員会は都市を掌握し、

ロドスは“来るべき事態”を想定して人員を動かしている。

そして、ダブリンもまた――

嵐の中心を見誤るほど、愚かではない。

ケルシーはカルテを閉じた。

「……準備を進めよう」

「戦争が始まる前に、できることは多くない」

「だが、できないわけでもない」

それは宣告ではなく、長い歴史を生きてきた者の――静かな判断だった。

 

 

 

 

 

 

スヴェルドフレムに、軍事委員会が求めたものは忠誠だった。

クイサルトゥシュタの手による巫術――そのいかなる拘束をもってしても、それだけでは足りなかった。

物理的な首輪は、行動を縛る。

だがそれだけでは、意思までは縛れない。

軍事委員会が欲したのは、彼の判断そのものを縛る枷だった。

だからこそ、命じられた。

ダブリン幹部の闇討ちを。

それは成果を求めた任務ではない。

忠誠を測るための試金石――。

そして、彼自身の手で背後を断ち切らせるための儀式だった。

 

Outcastは、ロドスのエリートオペレーターだ。

ここで討てば、敵対勢力の中枢を一つ削ることができる。

事実、スヴェルドフレムにはそれが可能だった。

剣は届いていた。

首級を挙げる機会も、確かに存在していた。

だが、彼の任務は明確だった。

――ダブリン幹部の闇討ち。

それ以上でも、それ以下でもない。

任務外の殺しは、成果ではなく逸脱だ。

そして逸脱は、首輪を締める。

だから、スヴェルドフレムは刃を収めた。

それは慈悲ではない。

計算された抑制だった。

 

古びた通信機を通して、テレシスの重々しい声音が落とされた。

「……此度の任はうまく果たせたようだな、スヴェルドフレム」

「……奴らの甘さが、事をうまく運びました」

「ほう。ロドスの老兵も、その“甘さ”の一部か?」

一瞬の沈黙。

「――任務対象は、ダブリンの幹部です」

スヴェルドフレムは淡々と答える。

「それ以外に、刃を振るう理由はありません」

「相変わらず、そなたは線を引くのが上手いな」

それは賞賛ではない。

牽制だ。

「――次の任では、より良い“成果”を期待していよう」

「はっ」

 





軍事委員会への干渉を禁じられたエルデルだったが、主であるサルカズへの援助活動まで禁じられているわけではなかった。
彼らがロンディニウムで行っていたのは、戦闘ではない。
感染症と栄養失調に対する医薬品の供給。
偽造ではない通行許可の融通。
孤児や高齢者の密かな退避。
そして、万が一のための簡易診療所――。
いずれも、武器を必要としない。
だが、武器以上に危険な行為だった。
占領下にあるロンディニウムでは、日を追うごとに、サルカズへの悪感情が増幅していた。
王庭軍や傭兵であれば、刃に抗う術もあるだろう。
だが、名もなき市民にそれを求めるのは酷というものだ。
彼らが恐れているのは、サルカズではない。
「戦争の兆し」そのものだった。

とは言え、サルカズによる援助活動が露呈すると襲撃されかねないとし、そうした活動は漠然とした噂に紛れ込ませることで、印象を抑えている。
「誰かが薬を配っているらしい」
「通行証が回ってきた家がある」
それらは決して一つの線に結ばれない。
名も、旗も、組織名も残らない。
人々の記憶に残るのは、ただ「そういった噂がある」という感覚だけだ。

軍事委員会側も、そうした噂を把握していないわけではなかった。
だがそれらは、あくまで「援助」という名目の範疇に収まっている。
武装もなく、組織名も掲げず、
軍事委員会の作戦行動を直接阻害するものではない。
だからこそ、彼らは黙認した。
見逃しているのではない。
今は、摘み取る必要がないと判断した。

――エルデルの仮設の救護施設では、エルデル所属のサルカズ達が窓辺に視線を向けていた。
「ちっ。また見られてんな」
「仕方ねえ。……あまり構うなよ。奴らにとって、俺たちが危険分子ってことに変わりはねぇからな」

周囲に目を向ければ、視線は一つや二つではない。
露骨な監視ではない。
偶然を装った配置、巡回の間隔、視線の重なり――監視されていると「分からせる」ための監視だ。

スヴェルドフレムとエルデルが接触する機会は、軍事委員会の監視下で、綿密に排除されていた。
軍事委員会が都市のあらゆる場所に目を向けているように、エルデルもまた、視線の届かぬ隙間を探っていた。

それは反撃ではない。
生き延びるための、極めて静かな戦いだった。

激化する圧力の中で、
占領下のロンディニウムには、四つの意志が集おうとしていた。
都市を支配する者(軍事委員会)
都市に溶け込む者(エルデル)
都市へ踏み込む者(ロドス・アイランド)
そして――
都市を焼き尽くす覚悟を秘めた、ターラー人復興組織ダブリン。

大きなうねりの中で、誰にも止められぬまま、戦争の火蓋が切られようとしていた――。
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