先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

86 / 100
テラ歴1098年〜:ヴィクトリア「ロンディニウム」
序幕


 

曇天。

高く聳え立つビル群が連なる移動都市ロンディニウム。

その冷たい輪郭を前に、双生の魔王は佇んでいた。

「多くのサルカズは、今なお大地を彷徨っている」

「明日のパンを見つめるだけで精一杯だ。遠くの夢を見る余裕など、ない」

「王庭でさえ――十王庭の伝説を持つというのに、王の帳の奥は、いまだ大半が空席だ」

「……だから、あなたはこの戦争を選んだのね、テレシス」

「否。私の望みではない」

一拍を置き、魔王は続ける。

「サルカズが――必要としているのだ」

「此度の争い、戦火は我らの足元から燃え広がる。ヴィクトリア、ウルサス、リターニア……難を逃れられる都市は、一つもない」

「百年の間、彼奴らにカズデルへ視線を向ける余力はなくなる」

否。

それだけでは終わらぬ。

「我らが嵐を率いる力を得た時――」

「彼奴らは、サルカズの視線そのものを恐れる。嵐の暴虐を恐れるが如くな」

 

その言葉を、断ち切るように。

「軍事委員会は王庭と共に、この戦争の勝利を担保する」

声は感情を持たず、

理想も、歴史も、誇りも語らない。

ただ、結果だけを要求していた。

「テレジア。そなたに知らせるべきことが、もう一つ――」

一拍。

「そなたの忠臣である、スヴェルドフレム……いや、【  】の――褒賞についてだ」

 

 

 

 

 

アーミヤとドクター率いるロドス・アイランドは、ロンディニウム内にドローンを飛ばし周囲を探索していた。

「私たちについてきてくれた十数名のオペレーター、それに先行しているMiseryさんとLogosさんの小隊は……」

 

「みなさん任務の目標を明確に理解したうえで、志願して今回の作戦に参加してくれました」

 

「今のところ計画の第一段階および第二段階は成功していて、次の第三段階は――」

 

「――都市に入ることです」

 

アーミヤはそう言って、ウィンドウの向こうに広がる灰色の輪郭を見つめた。

雲に沈んだロンディニウムの外縁。

無数の光点が、軍事委員会の監視網を示している。

ドローンから送られてくる映像が、次々と画面に重なった。

崩れた街区、封鎖線、検問、そして――人影のない居住区。

「……思ったより、静かすぎますね」

それは安堵ではなく、警戒の言葉だった。

「都市は生き物です」

「何も起きていないように見えるときほど、内部では何かが積み上がっている」

アーミヤはドクターの方を向く。

「軍事委員会は、この都市を“戦場に変えられる状態”にして維持しています」

「だからこそ、私たちはその一歩手前に入り込まなければなりません」

一拍。

「エルデルの支援網も、ダブリン勢力も、そして……軍事委員会も」

 

「ロンディニウムは、もうただの占領都市じゃありません」

「複数の勢力が、同じ場所で息を潜めている――」

アーミヤは小さく息を吸い、そして静かに言った。

 

「――嵐の中心です」

 

ロドスの艦影は、ゆっくりと雲の縁を越え、その“中心”へと滑り込んでいった。

 

協定は、とうに死んでいた。

エルデルとロドスを結んでいた紙切れも、署名も、今では何の効力も持たない。

それでも――彼らは同じ地図を見ていた。

ロンディニウム。

軍事委員会の占領下に置かれ、ダブリンの勢力が蠢き、サルカズの避難民が影のように街区を渡り歩く、歪な戦場。

かつてなら、スヴェルドフレムがその間に立った。

エルデルの意志と、ロドスの理を、彼は一人で繋ぎ止めていた。

だが今、その名は――どこにもない。

彼が死んだのか。

捕らえられたのか。

あるいは……敵に回ったのか。

その答えは、誰にも分からない。

分からないからこそ、両者は動かざるを得なかった。

利害は異なる。

だが、敵だけは一致している。

エルデルは彼を見捨てられない。

ロドスは彼を無視できない。

だから彼らは手を組む。

信頼のためではなく、彼という空白を埋めるために。

それは協力ではない。

追跡だ。

捜索だ。

あるいは、覚悟だ。

ロンディニウムという嵐の中心で、二つの組織は同じ問いを抱えていた。

――スヴェルドフレムは、どこにいる?

――そして、どちらの側に立っている?

その答えを見つけるまでは、彼らは離れられなかった。

 

エルデルにとってもまた、軍事委員会はサルカズのためを名乗りながら、彼らを再び“争いの因果”へと引きずり込む存在だった。

二百年。

カズデルが滅び、散り散りになったサルカズが、ようやく根を下そうとした時間。

軍事委員会が掲げる戦争は、そのすべてを賭け金にする行為に等しい。

勝てば、故郷は守られるかもしれない。

だが大敗すれば――今度こそ、サルカズという民そのものが擦り潰される。

エルデルは知っている。

“必要な戦争”という言葉が、どれほど多くの孤児と亡骸を生んできたかを。

だからこそ彼らは、テレシスの大望とも、軍事委員会の計算とも、距離を取ろうとしてきた。

だが今、その距離を保つ余裕はない。

ロンディニウムで何が起きているのか。

スヴェルドフレムは――まだ“こちら側”にいるのか。

エルデルは、戦争を望まない。

だが、戦争に巻き込まれずに済むほど、世界は彼らに優しくなかった。

だから彼らは動く。

ロドスと手を組み、軍事委員会の影を踏み、嵐の中心へと踏み込む。

それは裏切りでも、屈服でもない。

――サルカズが、これ以上“必要とされる戦争”の餌にされぬための、最後の抵抗だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。