先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

88 / 100
仮面の男と若き将軍

スヴェルドフレムもといフローガの存在については、軍事委員会の一部の人間にのみ知らされている。

仮面の認識阻害の効果は、真実を知る者や特異なアーツを持つものには効果がない。

よって、将軍となったマンフレッドもまた真実を知る一人となったのだ。

「……私はあなたを、どう呼ぶべきでしょうか」

将軍の地位を与えられた炎魔の末裔。

かつて剣を教えた師でもあるスヴェルドフレムの扱いを、マンフレッドは持て余していた。

 

仮面の奥で、フローガ――否、スヴェルドフレムは、わずかに目を伏せた。

 

その場に漂う沈黙は、戦場のそれとは異なる。

剣も、アーツも、殺意も介在しない。

ただ、知ってしまった者同士の間にしか生まれない、重い間だった。

仮面の認識阻害は、彼には効いていない。

将軍フローガの立ち姿、呼吸、剣の間合い。

記憶の奥に刻まれた“師”のそれと、寸分違わぬことを。

 

スヴェルドフレムは、答えを急がなかった。

 

マンフレッドの言葉が詰まる。

彼の中で、将軍としての理性と、弟子としての感情が衝突していた。

 

「私はあなたに、剣を教わりました」

「生き残るための構えも、退くべき時も……」

 

一瞬、視線が揺れる。

 

「それでも今、私は――あなたと同じ“将軍”です」

 

スヴェルドフレムは、仮面越しに彼を見た。

その視線は、評価でも試験でもない。

 

「……だからこそだ」

 

短く、そう告げる。

 

「今ここで、私を“どう呼ぶか”に意味はない」

 

静かな執務室だった。

戦場の喧騒は遠く、壁越しに伝わるのは、移動都市の低い駆動音だけ。

 

仮面の下で、スヴェルドフレム――フローガは、しばし沈黙した。

その言葉の一つ一つが、偶然ではなく、覚悟の上で選ばれたものだと分かっていたからだ。

マンフレッドの瞳が向けられた。

 

「貴方がテレジア殿下の元へと行かれた時――まさかこのような事が起きるとは思いもしませんでした」

 

懐かしさと、悔恨と、そして敬意。

それらがない交ぜになった声。

 

「どのような形であれ……貴方と共に行動出来る事は、喜ばしい」

 

たとえ――スヴェルドフレム自身が、この戦争を望んでいなかったとしても。

 

「……フローガとお呼びした方が、良いのでしょうか」

 

問いは静かだった。

だが、その重みは、剣の切っ先よりも重い。

スヴェルドフレムは、ゆっくりと視線を向けた。

仮面越しの視線が、相手を射抜く。

 

「……好きにしろ」

 

低く、しかし拒絶ではない声音。

 

「名など、今の私には意味がない」

 

一歩、近づく。

 

「私はここにいる。それだけで十分だ」

 

沈黙。

だが、言葉はそこで終わらなかった。

 

「テレジア殿下の元へ行ったのは、選択だ」

「そして戻らなかったのも、選択だ」

 

仮面の奥で、目を伏せる。

 

「……その結果が、今の私だ」

 

再び顔を上げる。

 

「フローガと呼べ」

「ここでは、それでいい」

 

短く付け加えられた一言は、かつての師が、弟子に与える最後の許しのようだった。

 

「全てが終わった後に――まだ呼びたい名が残っているなら、その時に決めろ」

 

それ以上、語ることはない。

フローガは背を向け、執務室を後にする。

 

その背中は、かつてテレジアに仕えた忠臣であり、今は戦争に縛られた将軍のものだった。

 

そして同時に――完全には折れていない男の背中でもあった。

 

 

 

廊下を渡っていたスヴェルドフレムは、肌を刺すような違和感に、ぴたりと足を止めた。

 

空気が、歪んでいる。その流れが、意図的に撹拌されていた。

 

「おや。流石は英雄といったところでしょうか――壮健そうで何よりです、スヴェルドフレム」

 

背後からかけられた声に振り返るまでもない。

 

白い角。薄く貼りついたような笑み――聴罪師。

 

「……用件はなんだ?」

 

仮面越しに、低く吐き捨てる。

 

「お前の実験は、つい先日受けてやっただろう」

「ええ。感謝いたします」

 

聴罪師は、まるで本心から礼を述べているかのように、胸に手を当てた。

 

「もっとも、今回は別件です」

 

彼は一歩、廊下の中央へと進み出る。

 

「ダブリンの幹部との会合――が、ありまして」

 

その言い回しに、わずかな含み。

スヴェルドフレムは眉をひそめる。

 

「マンフレッド将軍は、現在“火種の鎮圧”に向かっております」

 

淡々とした報告。

だが、その裏にあるものを、彼は理解していた。

――鎮圧という名の■■。

 

「……現状、軍事委員会には将軍が二人」

 

聴罪師は、にこやかに続ける。

 

「ですので――貴方に、白羽の矢が立ちました」

 

沈黙。

廊下の奥で、装置の駆動音が低く唸る。

そのリズムが、やけに不快だった。

 

「……俺に、それをやれと?」

 

スヴェルドフレムの声は冷えている。

 

「サルカズの将軍が出向く意味、分かっていて言っているのか」

「ええ、もちろん」

 

聴罪師は即答した。

 

「だからこそ、です」

 

彼は微笑む。

その言葉に、スヴェルドフレムの視線が鋭くなる。

 

「……俺を、道具にするつもりか」

「おや」

 

聴罪師は肩をすくめた。

 

「我々は、最初からそうでしょう?」

 

一拍。

 

「それに」

 

声が、わずかに低くなる。

 

「貴方も、分かっているはずです」

 

白い角のサルカズは、囁くように告げた。

 

「この同盟は、いずれ必ず崩れる」

「その“いつか”を、少しでも先延ばしにするためには――英雄の顔が必要なのです」

 

スヴェルドフレムは、しばらく黙っていた。

やがて、短く息を吐く。

「*古代サルカズスラング*――」

「貴様の処置は、やはり正しかったようだな。もし可能ならば、貴様の魂ごと焼き尽くしていただろう」

「……会合の場所と時間を寄越せ」

「お引き受け下さる、と」

「ああ」

 

仮面の奥で、目が細まる。

一歩、聴罪師に近づく。

 

「俺はダブリンのためでも、軍事委員会のためでもない」

 

低く、確かな声で■■を告げた。

その言葉に、聴罪師は一瞬だけ、本物の興味を宿した目をした。

 

「……素晴らしい」

 

微笑みが、ほんの僅かに深くなる。

 

「では、将軍フローガ。またお会いしましょう」

 

背を向け、去っていく足音。

 

廊下に残されたスヴェルドフレムは、しばしその場に立ち尽くしていた。

 

テレジアの理想。

アーミヤの未来。

そして、自身が背負わされた“役割”。

 

――また一つ、逃げ場のない選択肢が、増えただけだった。

 






記憶の読み取りの実験で、何人かの聴罪師達は膨大な記憶に耐えきれず廃人になっている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。