先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
マンドラゴラ分からせが急に書きたくなったので
灰色の空の下、崩れかけた城壁の影で、マンドラゴラのアーツが不穏に揺らめいた。
地面に刻まれた術式が、彼女の苛立ちをそのまま形にしたかのように脈動する。
「チッ、遅いわね。サルカズの将軍様ってのは、こうも優雅な訳?」
挑発と同時に、空気が重く沈んだ。
威嚇――だが、彼女にとってはいつもの交渉術だ。
力を誇示し、主導権を握る。それがダブリン幹部としてのやり方。
……返事はない。
代わりに、足音が一つ。
いつからそこにいたのか、誰も分からなかった。
――サルカズの将軍フローガは立っていた。
「優雅?」
低い声。嘲りでも怒りでもない。
「私が遅れたのは、予定外の刺客を“処理”していたからだ」
彼の視線が、揺れる石像へと落ちる。
それだけで、マンドラゴラの周囲の空気が一瞬、軋んだ。
「……脅しのつもりか、フェリーン」
「何よ。盟友同士でしょう?」
彼女は笑みを浮かべる。
「それとも、サルカズは威圧されるのが嫌い?」
「遅れたことは謝罪しよう。だが、その背後の石像はなんだ?」
マンドラゴラの背後に従者の如く控える石像へと目を向ける。
「見て分からない?サルカズの将軍様に、分かりやすく見せてあげてるの」
「サルカズってのは、力を見せないと信用しないんでしょ?」
「私たちダブリンと同盟を結んだのだって、あんた達サルカズの、国取りごっこが始まりでしょ」
「国取りごっこ、か」
スヴェルドフレムは、わずかに目を伏せた。
嘲笑でも、憤怒でもない。
それは――疲労に近い沈黙だった。
「……なるほど。貴様らには、そう見えるのだな」
彼は一歩、前に出る。
それだけで、マンドラゴラの背後に控えていたダブリン兵が、無意識に息を呑んだ。
「我々が剣を取った理由が、“遊び”に見えるほど――ダブリンまだ余裕があるらしい」
「なによ、その言い草」
マンドラゴラは肩をすくめる。
余裕のある笑みを崩さない。
崩せない。
「サルカズがロンディニウムに集まってるのは事実でしょ? 魔王だの、血統だの、過去の亡霊だの……どうせまた、奪うために来たんじゃない」
「――奪うためなら、この都市はもう灰になっている」
彼の視線が、再び巨石の像へ向く。
「それが、貴様の切り札か?」
「ええ。サルカズの将軍様にも、理解しやすいと思って」
マンドラゴラは指を鳴らす。
石像が、低い轟音とともに動き出す。
地面が揺れ、瓦礫が跳ねる。
「力を示せば、従う。従わなければ、踏み潰す。単純でしょ?」
「……」
スヴェルドフレムは、剣に手を掛けない。
代わりに、静かに告げた。
「ダブリンが欲しいのは“勝利”だろう」
「だが、サルカズが欲しいのは“明日”だ」
低く置かれたその言葉に、周囲の空気が一瞬だけ沈んだ。
勝敗ではない。
生き延びた先に何があるのか――その差を、スヴェルドフレムは突きつけていた。
緊迫した空気が、部屋の隅々にまで張り付いていた。
誰もが無意識に呼吸を浅くし、言葉一つが引き金になりかねない沈黙の中で、
それでも――方針のすり合わせは行われた。
勝利条件、作戦区域、介入の可否。
互いに譲れぬ一線だけを慎重になぞり、越えてはならない境界線を、あえて言葉にして確認していく。
それは信頼ではない。
ましてや理解でもない。
破綻させないための最低限の合意だった。
スヴェルドフレムは多くを語らない。
必要な点だけを、簡潔に、冷たく提示する。
感情を挟めば破裂すると知っているからだ。
ダブリン側も同様だった。
先ほどまでの挑発は影を潜め、代わりに残ったのは、現実を直視した者の硬い表情だけ。
「――以上だ」
短い言葉で締めくくられる。
誰も異議を唱えない。
異議を唱える余地が、もう残されていないことを全員が理解していた。
会合は、拍子抜けするほどあっさりと終わった。
だがその背後には、いつ破綻してもおかしくない緊張が、確かに横たわっている。
「――同盟を組んでいる以上、仕事はこなしてやる」
彼は視線を逸らさない。
「貴様らの事情に興味は無いが、線引きは守れ」
「それはあんたもでしょ、将軍様」
フェリーンの女は笑った。
薄く、挑発的に。
自分がまだ“対等な立場”に立っていると信じて疑わぬ者の笑みだった。
その瞬間、スヴェルドフレムは目を細める。
「いつ俺が、貴様ら異族を憎んでないと言った?」
吐き捨てるような声音。
だが、怒りはそこにない。
あるのは――選別だ。
「まぁいい」
一歩、踏み込む。
「だがその下らん威圧を続けるなら――貴様の首と胴は泣き別れだ」
その刹那、風が鳴った。
――フェリーンの女の頬に、スッと赤い筋が浮かぶ。
遅れて、熱。
さらに遅れて、血。
「……っ」
声にならない息が漏れた。
次いで、背後の石像の一体が崩れ落ちる音。
自分が“斬られた”と理解した時には、すでに終わっていた。
スヴェルドフレムは、何事もなかったかのように背を正す。
「勘違いするな」
静かに告げる。
「貴様がまだ生きているのは、同盟が“有効”だからだ」
女の視線が揺れる。
怒りでも恐怖でもない。
――理解だ。
自分は今、許されているだけなのだと。
最後に一言。
「――異族を見境なく切る程、暇では無い。が、敵となれば別だ」
血を伝わせたまま、フェリーンの女は後退する。
「……ええ。よーく理解したわ、将軍様」
フェリーンの女はそう言って、ゆっくりと口角を吊り上げた。
それは余裕の笑みではない。
精一杯の虚勢だった。
頬を伝う血を、乱暴に拭う。
赤い跡が残ったままでも構わない――そう言わんばかりに。
「線引き、ね……」
一歩、後ろへ。
さらにもう一歩。
「あなたの言い分は尊重するわ。同盟が続いている“今”のうちは」
視線だけは外さない。
だが、先ほどまであった軽薄な挑発は消えていた。
スヴェルドフレムは答えない。
「けれど――」
一瞬だけ、視線を鋭くする。
「お忙しい将軍様は、こんな所で暇を潰す時間はおあり?」
それは、探りだった。
同時に、最後の抵抗。
サルカズの将軍は答えない。
ただ、冷え切った眼差しで彼女を見下ろしている。
そのまま、足音は遠ざかっていった。
残された空間に、静寂が戻る。
血の匂いと、張り詰めた緊張だけが、まだ消えずに残っている。
その場に残ったフェリーンの女は、視線を向ける。
「……まさか、あいつに見破られてたって言うの?」
マンドラゴラは、砕けた石像の残骸を蹴り、低く舌打ちした。
瓦礫の中、ひときわ不自然に潰れた一点。
そこに埋め込まれていたはずの“目”は、粉々に砕け散っている。
――小型カメラ。
石像の装飾に偽装し、遠隔で戦場を監視するためのもの。
「チッ……」
彼女は屈み込み、破片を指先で拾い上げる。
精密だったはずの機構は、完全に的確な一撃で破壊されていた。
「偶然じゃない……」
カメラだけが、選び抜かれたように壊されている。
石像全体を破壊する前に、“まず目を潰す”という手順。
「……ほんと、嫌になる」
マンドラゴラは立ち上がり、空を仰いだ。
「力任せのサルカズの将軍、ってわけじゃないわね……」
あの男の視線。
石像を見ていたのではない。
構造と役割を見抜き、そこから最も重要な一点を選んでいた。
再び、舌打ち。
「やっぱり、面倒なのに目をつけられたわ……」
瓦礫の向こう、既に姿を消した背中を思い出す。
振り返りもしなかった。
勝ち誇りも、余韻もない。
「……次は、同盟って言葉だけじゃ済まなそう」
そう呟きながら、マンドラゴラは壊れた“目”を踏み潰した。
書きたいネタはあるにはあるんですけど、話をどう纏めようかで悩んでおります。ちまちま書きます