先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
――ロンディニウム到達より少し前。
ロドス艦内、格納区画の端。
整備灯だけが淡く照らす静かな空間に、重い足音が止まった。
ACEは、義肢の調整を終えたばかりだった。
失った腕の代わりに取り付けられた鋼鉄は、冷たい光を返している。
その視線の先に、灰色の外套。
サルカズの女傭兵――W。
「あら」
気だるげに笑う。
「誰かと思えば、辛気臭い面ねぇ」
軽口。
だが、その瞳は笑っていない。
ACEは何も言わない。
ただ、まっすぐに彼女を見る。
沈黙が落ちる。
Wは肩を竦め、続けた。
「ちょっと。あたしがあいつを――サルカズの英雄の卵を、殺したくてやったと思ってる訳?」
整備灯の下、白い髪が揺れる。
「あたしは契約をこなしただけ。あいつも同じ」
乾いた声。
「あたしが言うのもなんだけど……あいつは英雄よ。間違いなくね」
チェルノボーグ。
崩壊する都市。
迫り来るレユニオン。
退路を確保するために残った部隊。
ACEは、あの時すでに負傷していた。
血を流しながら、それでも撤退指揮を続けていた。
「また会おう、ACE」
それが最後の言葉だった。
Scout隊を追い詰めたのは、Wの部隊。
爆薬と罠。
容赦のない挟撃。
そして――契約。
Wは、Scoutと取引をしていた。
邪魔なサルカズの上司を、Scoutが殺す。
その見返りに、Scoutは“時間”を買う。
命で。
「……理解はしている」
ACEの声は低い。
「傭兵の契約。戦場の常。感情で曲げるものではない」
義肢の指が、静かに鳴る。
「だが――」
わずかな間。
「受け入れることと、理解することは違う」
Wは鼻で笑う。
「そう」
一歩、近づく。
「でもね、ACE。あいつは“選んだ”のよ」
瞳が鋭くなる。
「ロドスを生かすってね」
空気が張り詰める。
ACEは動かない。
「……お前は、躊躇わなかったのか」
「当たり前でしょ」
即答。
「躊躇ったら、契約違反。あたしが死ぬ。あたしの可愛い傭兵達もね」
「後悔は」
「あると思う?」
即答。
だが、その一瞬後に続く沈黙が、わずかに長い。
Wは視線を逸らす。
「……あいつは最後まで、言ってたわ」
小さく。
「ロドスは逃げられる、って」
ACEの胸の奥で、何かが軋む。
怒りではない。
憎悪でもない。
空白だ。
「お前を恨めば、楽だった」
ぽつりと漏らす。
「だがそれは、Scoutの選択を否定することになる」
Wの目がわずかに揺れ――探るように細められる。
バイザーで隠れたACEの表情は影に沈んでいる。
「俺はロドスのオペレーターだ」
静かに告げる。
「私情で動けば、あいつの死を無駄にする」
沈黙。
整備灯が小さく唸る。
「ねぇ、ACE」
Wが、不意に言う。
「あたしを殺したい?」
真正面からそう告げたWに、ACEは答えない。
だが、その沈黙は否定でも肯定でもない。
長い時間の後、ACEは言った。
「今は、違う」
「……ふぅん」
Wは薄く笑う。
「優等生」
踵を返す。
去り際、肩越しに。
「でも」
「もしあたしが、ロドスを裏切ったら?」
ACEの声が、鋼のように落ちる。
一瞬煮えたぎる激情を抑え、口を動かした。
「その時は、契約も理屈も関係ない」
一瞬で、殺気が立ち上る。
「――俺がお前をやる」
Wは振り返らない。
「上等」
軽く手を振り、去っていく。
残された格納区画。
ACEは、義肢の拳を握る。
理解している。
契約。傭兵の本分。戦場の常。
それでも。
Scoutの最期の背中が、焼き付いて離れない。
「……英雄、か」
小さく呟く。
ロドスは今日も航行を続ける。
生き残った者と、死んだ者の選択を背負って。
ロドス艦内、医療区画に隣接する訓練室。
金属床に響くのは、義手が打ち据えられる重い衝撃音。
片腕を失ったACEは、戦闘用義手の出力調整を終えたばかりだった。
照準、反動制御、近接格闘への転用。
戦場に立つ以上、“不完全”であることは許されない。
監修に立つのは、ケルシー。
白衣の裾を揺らし、静かに記録端末を閉じた。
「ACE。君の精神力には感嘆するばかりだ」
淡々とした声色。
だが、そこに嘘はない。
ACEは呼吸を整え、義手の指を一度握る。
サーボが低く唸った。
「任務に戻るためだ。戦闘要員である以上、役割は果たす」
「それだけではないはずだ」
ケルシーの視線が、わずかに鋭くなる。
「君は“責任”を背負っている」
沈黙。
チェルノボーグ。
撤退戦。
失われた部隊員。
そして、Scout。
「……生き残った者の義務だ」
短く、重く。
ケルシーはわずかに目を伏せる。
「生存は義務ではない。結果だ」
一歩、距離を詰める。
「君が戦場に戻る理由が“贖罪”であるなら、私は止める」
ACEは顔を上げる。
「いや、違う」
即答だった。
「俺は――選んだ」
義手を持ち上げる。
「この腕も、失った腕も、俺の選択の結果だ」
訓練用ドローンが再起動する。
無機質な光が点滅する。
ACEは構えた。
「恐怖はある」
銃声。
義手が反動を吸収する。
「躊躇いもある」
近接ドローンを叩き落とす。
火花が散る。
「だが、それでも前に出る」
最後の標的を撃ち抜き、静寂が戻る。
ケルシーは静かに頷いた。
「……良い答えだ」
端末に最終評価を入力する。
「肉体的適応率、基準値を超過。精神状態――安定。ただし過負荷傾向あり」
「過負荷?」
「自覚がないのなら尚更だ」
わずかに、柔らかい声音。
「ACE。強さとは、折れないことではない。折れてもなお、形を変えて立つことだ」
義手の駆動音が、静かに止まる。
ACEは小さく息を吐いた。
「……了解」
ケルシーは踵を返す。
去り際に、わずかにだけ言葉を残した。
「ロドスは君を“兵器”として扱ってはいない。それを忘れるな」
扉が閉じる。
訓練室に一人残ったACEは、義手を見つめる。
鋼鉄は冷たい。
だが、その内側で脈打つのは、生きている鼓動だ。
「まだだ」
小さく呟く。
生半可な覚悟では立てない戦場へ。
精神も、肉体も、そして選択も。
すべてを背負って、ACEは再び構えを取った。
公式アニメで破滅系魔王アーミヤの世界線がちらっと写った時に、ACEの欠損具合が盛られててちょっと笑いました。