先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
間違えて数話ほど先の話を投稿してしまったので投げ直しました。
奴らは来たか?
「まだ動きはありません」
マンフレッドはわずかに頷いた。
「では引き続き監視しなさい」
「はっ」
「ヘドリーの調査結果は?」
「傭兵たちはまだ工場の各建物で我々の捕虜を見張っています。すでに半日以上が経ちましたが、捕えた人数が多いので、一人一人調べるには時間がかかります」
「それに中の奴も頑固な野郎で、どう聞いても口を割ろうとしません……」
「ふむ」
マンフレッドは腕を組んだ。
「ヘドリーには最後まで詰めさせなさい。もしそれでも収穫がなかったら――」
「ならまた僕の出番だ、だろ?」
声は、背後からだった。
「うあ――き、貴様――!」
兵士が慌てて剣を抜く。
だが。
「――刀をしまえ」
低く、鋭い声が落ちた。
「将軍! こいつどうして!」
「君は外を守っていなさい。ここは私が処理する」
兵士はなおも警戒の視線を向けたが、やがて歯噛みして頷いた。
「わかりました……将軍、くれぐれもお気を付けて!」
扉が閉まる。
静寂が落ちた。
そこに立っていたのは――サルカズではない異族の姿をしている。
だが、その輪郭はどこか曖昧で、視界の端で形を変えているようにも見えた。
変形者。
自救軍の戦士が、ふいに笑った。
「知ってるでしょ~?たとえあいつに斬りつけられても、僕たちは傷を負わないよ」
マンフレッドはため息をついた。
「……私の戦士をあまり驚かさないでいただけますか」
冷ややかな声だった。
「彼らは今、とても気を張っているのです」
自救軍戦士は肩をすくめる。
「わかったよ。僕たちはただ遅れたくなかっただけでしょ」
そして、通路の奥へ視線を向ける。
「ほら。中はもう静かになったぞ」
マンフレッドは短く頷いた。
「……つまり、ちょうどいい時に来てくださいました」
「ま、良いけどさ」
軽い声。
そして、何気ない調子で続ける。
「そう言えば――彼は今どうしてるんだい?」
マンフレッドの眉が、わずかに動く。
「テレシスのお供? それとも彼女の護衛かな?」
「いえ」
「……あの将軍には、別の任務を与えました」
変形者は目を細めた。
「へぇ」
興味深そうに笑う。
「彼が何か?」
マンフレッドは問い返す。
変形者は軽く手を振った。
「いやいや」
そして笑う。
「ま、彼とはそこそこ付き合いがあるからね」
「ちょっと知りたかっただけさ」
その言葉に、マンフレッドの視線がわずかに鋭くなる。
変形者は気にした様子もない。
「僕たちは僕たちの仕事をこなす。君も将軍の仕事をこなす。そうだろう、将軍。君は気にする必要はない」
そうして変形者はその場を去った。
変形者の脳裏に過ぎる記憶。
あれはロンディニウムに軍事委員会の将軍が新たに赴任してきた頃。
変形者は、何気ない顔でその男に声をかけた。
「君が新しい将軍?」
新顔のサルカズは振り返った。
炎のような角を持つ男。
その眼差しは、戦場に慣れた者のそれだった。
だが。
彼の動き――
剣を握る指。
姿勢。
言葉を選ぶ間。
それらが妙に懐かしかった。
男は礼儀正しく頭を下げた。
「ええ。そうです」
至極丁寧な声。
「フローガと申します」
変形者はその時、すぐに理解した。
顔ではない。
種族でもない。
所作だ。
何千年も生きてきた自分が、何度か見たことのある動き。
「……ああ」
変形者はその時、笑った。
「やっぱり君か」
スヴェルドフレムは、わずかに首を傾げた。
変形者はそれ以上何も言わなかった。
ただ思っただけだ。
「僕と君の仲なんだから、そんな寒い演技は辞めてよ」
変形者がくすくすと笑いながら肩をすくめる。灯りの下でその輪郭は微かに震え、まるで影が笑っているように見えた。
「……しかし」
「ちょっと。他に誰も居ない場所でもやるつもりかい?フローガ」
その呼びかけに、フローガ――炎火を思わせる角を持つ男は一瞬だけ観念したように溜息を吐いた。
「分かった。お前がそう言うならそうしよう。……久しいな、変形者」
変形者の笑い声が廊下に柔らかく溶ける。だが、その笑みの裏にある知識の深さは消えない。二人の間には、言葉にならない歳月の重みが漂っていた。
「君は相変わらずだ」
変形者が手を差し向けるように近づく。彼らの距離は近いが、そこに不協和はない。まるで古い友人が再会を喜ぶような、静かな安心感があった。
「お前も変わらないな」
「そうかい? でも、君がここに居るのは……想像できなかったかな」
変形者の顔に、薄い驚きと懐かしさが滲む。彼の輪郭は今もどこか揺れていたが、声は確かに昔を知る者の調子だった。
フローガは唇を歪めると、腰の辺りで何かを確かめるように手を動かした。そこに見えるのは、火で焼け焦げた布切れ――かつての装束の残滓か、あるいは戦場で使い古した護りの一片かもしれない。
短い沈黙ののち、変形者はふと真面目な顔を作ってフローガを見つめる。
「で、将軍。君は本当に、軍の枠に収まったのかい? それとも――別の道を歩むつもりで来たのか?」
その問いは、ただ情報を求めるだけのものではない。古くからの友が、相手の在り方を確かめるために投げかける問いだ。
フローガの瞳が、わずかに細まる。燃えるような赤が、冷たい鋼の光と溶け合った。
「この職にいる以上は」
フローガは、少しだけ視線を逸らす。胸元に触れ、短く吐息をついた。
「俺は今、違う旗の下に立っている——しかし、守るべき者のために剣を振るうという点だけは、昔と変わらない」
変形者はあらためてじっとフローガを見つめる。部屋に漂う微かな緊張が、どこか別のものに変わっていくのを彼は感じた。
「それならいい。長くて退屈な時代を一緒に過ごした仲だ。君が何を選ぼうと、少なくとも僕たちは君を“見ている”だろう」変形者は手を差し出すような仕草をし、いつもの軽口をひとつ添えた。
フローガはその手元を見つめ、小さく頷いた。古い友情の確認。それは刃を交える前の儀礼にも似ていた。
「なら、話は早い。お互いの役割を果たそう」
――彼らの声が重なり、廊下の向こうから新たな足音が近付く。
二人は互いに一度だけ目を合わせた。その表情は、戦場でのみ交わされる約束のようにも見えた。