先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話 作:Calく
「ドクター、もしかして……」
煙に目を細めながら、ロックロックが声を漏らした。
「見て、煙の中から誰か出てきた! ……またサルカズっ! ロック十七号――」
砲口が持ち上がる。
だが。
「どうしていつも武器が私の方を向いてるのかしらね?」
煙の向こうから、女の声がした。
「それに……また新しい子?」
煙がゆっくりと流れ、輪郭が現れる。
サルカズの女。
長い外套。
無造作な笑み。
「ちょっと。これがあんたの援軍に対するもてなし方なの?」
ロックロックが眉をひそめる。
「……ロドスの人?」
アーミヤは一歩前に出た。
「ロックロックさん、彼女から照準を外さないでください」
白髪のサルカズ傭兵は肩を竦める。
「ウサギちゃん、少し会わなかったくらいでそんなに冷たいの?」
くすり、と笑う。
「それじゃ……悲しいじゃない」
アーミヤは構えを崩さないまま、後方に声を投げた。
「フェイストさん、付近にまだ源石爆弾があるか確認できますか?」
「そんな時間がない」
フェイストは即答した。
「まだ救出しないといけない人がいるし……」
「そうよ、残念ね」
サルカズの女傭兵が指を鳴らす。
「お互いに挨拶する時間もないなんて」
彼女は視線を巡らせ――やがて一人に止めた。
「ハイディ、こっちへ来てもらえるかしら」
呼ばれたフェリーンの女がわずかに目を見開く。
「……私を訪ねてきたのですか?」
女は面倒そうに息をついた。
「あのね、そんな渋らないでくれない?」
「会ったばっかりだし、あんたドクターのこともそんな好きじゃないでしょ」
肩をすくめ、続ける。
「もしあのババア……えーっと」
「あんたがだーい好きなあいつから来るよう言われてなきゃ、あたしだって来たくなかったわ」
くるりとナイフを回す。
「ここのサルカズならみーんな知ってるわよ」
「あたしのギャラはとっても高いの」
ハイディは息を飲む。
「ケルシーがあなたに依頼を?」
沈黙が落ちる。
彼女の視線が、女の持つ爆弾装置へと移った。
「爆発が得意なサルカズの傭兵……」
ゆっくりと、名前を口にする。
「あなたは……」
「あなたが Wさん ですか?」
サルカズの女はにやりと笑った。
瓦礫の山に囲まれた退路は、もはや「道」と呼べるものではなかった。
崩れた壁の隙間からは、黒い煙と砂塵が絶えず吹き込み、足元の石畳は爆風でひび割れている。
そんな中で、アーミヤは必死に声を張り上げた。
「Wさん、まだ共有できていない情報がたくさんあります。まずは撤退を……!」
だが、返ってきたのは、いつもの調子を少しだけ崩した、乾いた笑いだった。
「……撤退? 簡単に言うわね」
Wは片手で爆薬の信管を弄びながら、周囲を一瞥した。
その表情には余裕があるように見えて、実際には一秒先の死地まで計算し尽くしている目だった。
「喜びなさい、追っ手はタルラじゃないわ。あのドラコの炎特有の、傲慢臭さがないもの。だけど……」
言い終えるより早く、遠方で金属がぶつかる激しい音がした。
次の瞬間、路地の向こうから怒号が雪崩れ込む。
「ここを囲め!」
「――八隊九隊、壁の向こう側へ行け! あっちの道を塞ぐんだ!」
サルカズ傭兵たちだった。
鍛え上げられた足取り、ためらいのない包囲、そして何より、こちらの逃走経路を一息で潰しにかかる統率の良さ。
数も、機動も、ただの雑兵ではない。
アーミヤが息を呑む。
「……こんな短時間でこれだけの人数を?」
彼女の視線が、包囲網の薄い箇所を探して揺れる。
だが、そこへ辿り着く前に、背後からさらに別の足音が増えていくのが分かった。
「いけません、ドクター、ハイディさんたちがまだ完全に脱出できてません!」
言いながらも、アーミヤはすぐに頭を切り替えた。
撤退の優先順位を組み直し、視線で周囲の仲間を探す。
そこにいたのは、傷ついた者、疲弊した者、武器を握り慣れていない者たちばかりだった。
フェイストが、肩で息をしながらうなだれる。
「ごめんよ、アーミヤさん……」
「今はその話はやめましょう。話すなら、無事戻ってからにしてください」
その声は静かだったが、強かった。
今この場で誰かを責めることに意味はない。
あるのは、連れて行くべき者を連れて行き、落とすべきものを落とさずに抜けることだけだ。
小さく頷く。
「……わかった」
アーミヤは一歩、前に出る。
自分がここで壁になるしかない。そう覚悟した、その瞬間だった。
「ここは私が……えっ」
不意に、横から伸びてきた手に腕を掴まれる。
「Wさん、な、なんでつかむんですか?」
Wはアーミヤの肩を引き寄せるようにして、半ば強引に後ろへ押しやった。
まるで荷物をまとめるような手際だった。
「ウサギちゃん、あんたは体力を温存しておかなきゃでしょ。こいつらを見てみなさい、職人、怪我人、ろくでなし……どいつに戦闘力があるっていうの?」
フェイストが思わず抗議する。
「うっ……確かに間違っちゃいないけど、俺らだって全力を尽くすって……」
ロックロックも咳き込みながら、拳を握った。
「あたしたちは……ゴホゴホッ……足を引っ張ったりしない」
Wは呆れたように鼻で笑う。
「やめてちょうだい、あたしの足には、そもそも引っ張られるような余分なお肉はないの。いいから黙って逃げることに体力を使いなさい」
その言い方はひどく雑で、ひどく乱暴だった。
だが、その乱暴さの奥にあるものを、アーミヤは見逃さなかった。
Wは本当に、こういうことを言うのが似合わない。
そう思っているのが、はっきりと分かる。
彼女は短く息を吐いた。
「はぁ……こんなことほんとは言いたくないんだけど。ぜんっぜん、あたしっぽくないじゃない」
自嘲に近い声音だった。
それでも、視線だけは一切逸らさない。
「でもハイディは生きててくれないと。あのクソババアに、はっきりしてもらわなきゃいけないことがあるから」
その一言で、場の空気が僅かに変わる。
アーミヤはWの横顔を見た。
軽口と挑発の裏に、確かな“個人的な理由”がある。
それが、今のWを前へ立たせている。
「Wさん……」
呼びかけると、Wは片眉を上げた。
「ウサギちゃん、そこどいて。連れて行くべき人を連れて行って、燃えないゴミを残さないようにしてね」
アーミヤは一瞬だけ沈黙した。
そして、言葉を探すように唇を開く。
「Wさん!」
「ん?」
真正面から見つめられて、Wはほんの少しだけ動きを止めた。
アーミヤの瞳は、もう恐れてはいない。
「……どうかご無事で。私たちはあなたを待ってますから」
Wの表情が、ほんの一瞬だけ緩む。
それは笑みとも、困惑ともつかない、ひどく短い変化だった。
「早く行きなさい」
けれど次の瞬間には、いつものWに戻っている。
軽口の仮面を被り直し、指先で爆薬の栓を弾いた。
「それとも爆弾でお見送りしてほしいのかしら?」
その言葉に、アーミヤは小さく息を吸った。
そして、深く頷く。
まだ聞きたいことは山ほどある。
まだ共有すべきものも、伝えたい言葉もある。
だが今は、Wが作ってくれたわずかな隙を逃がしてはいけない。
アーミヤは仲間たちへ振り向いた。
「行きましょう。今です」
背後で、Wが爆薬の安全栓を外す金属音が鳴る。
それは命綱を切る音にも、敵を迎える合図にも聞こえた。
そしてWは、誰にも聞こえないほど小さく呟く。
「……ちゃんと生きて戻りなさいよ」
その声は軽かった。
だが、確かに優しかった。