先史文明研究員がテラ人になって転生し続けている話   作:Calく

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ヴィクトリア②

瓦礫が崩れる音が、地下霊廟の空間に重く響いた。

蒸気騎士の巨体が倒れ込み、石柱を砕きながら崩れ落ちる。

 

蒸気の白煙がゆっくりと広がり、視界を覆う。

 

その中心に、アラデルはいた。

だが、彼女の顔には奇妙なほど穏やかな表情が浮かんでいた。

 

蒸気騎士の巨大な装甲が、すぐ傍に横たわっている。

 

 

「……ふふ」

 

小さく、笑い声が漏れる。

 

胸の奥で、遠い昔の記憶が蘇る。

 

幼い頃。

屋敷の奥に保管されていた蒸気装甲。

 

埃をかぶった巨大な鎧を見上げながら、彼女は言った。

 

——いつか、私も騎士になる。

 

誰もが笑った夢だった。

 

貴族の娘が戦場に立つなど、あり得ない。

蒸気騎士は選ばれた英雄だけの称号だったからだ。

 

それでも彼女は夢を捨てなかった。

 

だが現実は違った。

 

政治。

陰謀。

貴族の争い。

 

そして彼女自身も、その渦に飲み込まれていた。

 

シージの腰に剣を向けた時。

公爵の命令に従おうとした時。

 

彼女は自分が何者なのか、分からなくなっていた。

 

騎士なのか。

貴族なのか。

それとも、ただの駒なのか。

 

だが——

 

蒸気騎士が目の前で立ち上がった瞬間、その答えははっきりした。

 

あの巨体は、敵味方を区別していなかった。

 

ただ一つだけ。

 

「ヴィクトリア」

 

その誇りのために、最後まで剣を振るった。

 

裏切られようと。

忘れ去られようと。

騎士は騎士だった。

 

「……そうか」

 

アラデルは静かに目を閉じる。

 

「忠誠なんて……」

 

彼女の唇がわずかに動く。

蒸気騎士の装甲から、まだ微かに蒸気が漏れている。

それはまるで、最後の呼吸のようだった。

 

アラデルは瓦礫の隙間から、その鋼鉄の巨体を見上げる。

 

「あなたは……最後まで騎士だった」

 

その声は、祈りに近かった。

 

「なら、私も……」

 

小さく息を吐く。

 

その顔には、戦いの前に見せた迷いはもうない。

 

ただ、どこか満足そうな微笑みだけが残っていた。

 

崩れた霊廟の天井から、石片が落ちる。

 

暗闇と蒸気の中で、

 

アラデルは蒸気騎士と共に静かに。

 

まるで——

長い夢を終えた騎士のように。

 

 

 

 

 

地下の遺跡から脱出したシージ一行は、道中でエルデルの構成員と遭遇した。

ミュトロゴスと名乗る怪しげな術師の幻術に救われたことで、彼らはその実力を認め、どうにか危機を脱する。

そして、クロヴィシアとの合流を果たした。

「クロヴィシアさん、私たちは諸王の眠る地で蒸気騎士にまみえた」

シージの声音は、静かだった。

だが、その静けさの底には、なお消えきらぬ重みがあった。

「恐らく、彼は最後の蒸気騎士だ」

四年前。

公爵の軍は蒸気騎士を諸王の眠る地へと誘い込み、サルカズに待ち伏せさせて一網打尽にした。

あの地下空間は、最初から蒸気騎士たちの墓となるよう仕組まれていたのだ。

クロヴィシアは、ゆっくりと目を伏せた。

「この目で実際に見ずとも、その光景がどれほど悲惨なものであったかは想像がつく」 「彼はキミたちを攻撃したのだろう? 彼は……ヴィクトリアの王位継承者を攻撃した」

「……彼はただ、自身の責務を果たしただけだ」

シージは、そう言った。

 

「彼はいまだ『諸王の息』を守っていた。たとえそれが……当時、全ての蒸気騎士を墓に騙し入れるための口実にすぎなかったとしても」

 

クロヴィシアは、すぐには応えなかった。

長い沈黙ののち、低く言う。

 

「戦友たちが次々に敵に殺されていくのを目の当たりにし、これだけ長い間、暗闇の中で一人守り続けてきたのだ。彼は恐らく、意識が朦朧とするほどの苦しみに苛まれていたのだろう」

「……いや」

 

シージは、静かに首を振った。

 

「そんな、簡単な言葉では到底あの戦士の意志を表すことはできない」

 

視線が、遠い何かを見るように僅かに定まる。

 

「目の前には諸王の墓、そして傍らには戦友の死体。彼はあの静寂の墓を守り、数え切れないほどの昼夜を耐え抜いたのだ」

「彼は気狂いでも、亡霊でもない。彼の意志は……死を打ち払えるほどに強大である」

シージの声には、確かな敬意があった。

「彼はその意志で、自身を裏切ったヴィクトリアに復讐をした」

「同様に己の意志で、ヴィクトリアの象徴を守っていたんだ」

「……」

「我々が彼に再び会うかどうかはわからない。だが……」

シージは、わずかに顔を上げる。

 

「もし、彼があの暗闇から抜け出せたなら……」

 

「また……彼が守りたいものを見つけられることを願っている」

 

場の空気が、沈みかけた。

 

その沈黙を、明るい声が軽々と押し流す。

 

「悼むのは良いことだけれど、僕たちのことを忘れてないかな?」

 

煙の向こうで、術師――ミュトロゴスがニッコリと笑った。

その背後には、物々しい装備を背負った一団が、整然と控えている。

 

「――すまない、ミュトロゴス。確かに、恩人たる君たちに失礼なことをしてしまったな」

 

クロヴィシアが静かに頭を下げた。

 

「場の雰囲気を壊すようで申し訳ないけど……僕たちの目的を、まだ話していなかったからね」

 

ミュトロゴスは肩をすくめる。

その声音は軽い。だが、ただ軽薄なだけではない。

危うさと、確かな余裕が同居していた。

 

「さあ、遠慮せずに聞いてくれたまえ。

僕たちは、ただの通りすがりというわけでもないんだ」

 

その言葉に、シージはわずかに視線を上げた。

クロヴィシアもまた、静かに耳を傾ける。

 

ミュトロゴスは、煙の残る通路の先を一度だけ見やり、

それから、何でもないことのように続けた。

 

「君たちがこれから向かう場所には、まだ見えていない“壁”がある。そして僕らは、その壁の向こう側から来たんだ」

 

軽口のようでいて、内容は妙に重い。

だが、彼の背後に立つ者たちは誰一人として動じていない。

その様子だけで、クロヴィシアは理解した。

 

この男たちは、ただの案内人ではない。

少なくとも、あの幻術は伊達ではなかった。

 

「……話を聞こう」

 

そう言ったクロヴィシアの声は、先ほどまでより幾分か落ち着いていた。

沈みかけた空気は、ミュトロゴスの一言で形を変えた。

緊張は消えていない。

だが、それはもはや停滞ではなく――次へ進むための緊張だった。

 

ミュトロゴスは満足げに目を細める。

 

「それでこそ。では、まずは僕たちが何者で、どこまで君たちを手伝えるか――そこから始めようか」

 

煙の残滓が、ゆっくりと風にほどけていく。

その先で、ロンディニウムの夜が、まだ静かに牙を隠していた。

 

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