主に短編を扱っております。
香蓮は帳の中にいた。香炉から漂う蓮の香だった。夜着を纏い、簪だけで留めた髪は項からこぼれている。
「香蓮」
声と共に帳が捲れた。そこに目をやると偉丈夫がたっていた。関羽である。
「旦那様」
関羽は彼女を抱き寄せた。
香蓮は黄巾の乱までは曹家の家妓であった。曹操の妻、夫人卞氏と彼女は同じ師で学んだ義姉妹であったから、その縁で家妓になれたのである。
そこで香蓮は一人の男と出会う。夏侯元譲である。二人は恋に落ちた。激しく、甘美な愛であった。
「元譲様、わたくしめは幸せにございます」
彼の厚い胸板に顔を埋めながら香蓮は言った。
「俺もだ…」
「愛しております……お慕い申し上げております」
二人は顔を見合わせ口づけを交わした。
「香蓮、なぜ泣いている?」
香蓮は関羽の言葉で我に返った。黄巾の乱で二人は離れ離れになり、香蓮は関羽に保護されて妾になったのだ。愛しい男は死んだと聞かされていた。
しかし、香蓮は知ってしまった。激しく愛した男、愛しい男は生きていたのだ。
「何でも、何でもございません……」
いつか逢える日を思いながら香蓮は関羽を抱きしめるのだった。
この想いを知られてはならい。けれども伝えてほしい。月明かりのように、月光のように、射し込む光となってあの方に伝えられたらどんなに楽だろうか。
香蓮はいつもそう思うのだった。関羽に体をゆだねるとき目をつぶり、愛しい男を思い出す。それは悲しい行為であり、自傷行為であった。
「香蓮、愛している……だから、常に傍に置きたくなるのだ」
「そのお気持ちは嬉しく思います。ですが、わたくしめは……」
「その先は子どもたちのことであろう?」
「はい……わたくしめは疎まれているでしょうね……」
「何を言うか。妻が亡き後、奥向きを仕切り、銀屏の世話など献身的にしてくれたではないか!そのような者を誰が疎もうか!」
「贖いなのです……」
香蓮は小さく言った。この身を捧げた贖罪を誰しも献身という。それが偽善のようで彼女は嫌いだった。全て愛しい男のために捧げたかった。だが、それができなくなり命のために身を捧げた。あの時、命を惜しんだことをいまでも彼女を苦しめている。
悲しみに翼を、命に涙を。
どうして愛している方に身も心も捧げられないのでしょう。
それが悔しいのです。悲しいのです。
愛は時に孤独の碧海です。
わたくしめはその孤独に漂いましょう。
いつか、あなた様にお逢いできるよう、心だけは漂わせながら生きていきましょう。